【完結】神柱小町妖異譚

じゅん

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一章 水神の怒りと人柱(始まりの物語)

一章 2

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 ドンドンと戸を叩く音がした。
「どうした、入れ」
 特に戸締りはしていない。
 父が声をかけると、菅笠と簑を身に着けた村長が、数人の村人を連れて土間に入ってきた。戸が開くと激しい雨の音が大きく部屋に響いた。
「お揃いで、どうしたね」
 父は立ち上がって土間におりた。小藤の知る限り、こんな時間に大人数で押しかけてくるなんて初めてだ。母も不安顔になっている。
「この大雨で、溢れんばかりに川が荒れておる。このままでは堤防が崩れて氾濫するだろう。幸いまだ田植え前だ、万が一のことがあっても田んぼの方はなんとかなろう。問題なのは、何十年もかけて作った橋が壊れそうなことだ。あれを作るのに何人も人が死んだ。橋を架ける前も、無理に渡ろうとして人が死んだ。あの橋だけは守らんとならん」
 深いしわの刻まれた顔を曇らせて村長が話す。
 村は向こう岸が遠くに見えるほど広い川に面している。橋がないと半日以上かけて迂回せねばならず、生活に支障をきたす。
「守るといっても、なにができるね。お天道様次第だろう」
「そうだ、お天道様に頼むのだ」
「……頼むって、どうやって」
「人柱だ」
「人柱……」
 父は顔をしかめた。
「人身御供で人を生きたまま埋めたり沈めたりする、あれかい」
「そうだ」
 村長は沈痛な面持ちで顔を上げ、父親をしっかりと見据えた。
「おまえの娘を一人、差し出してほしい」
「ひっ」
 菊は小さく声を上げて小藤に抱きついた。小藤は菊の華奢な背中を宥めるように擦る。
 小藤も不安で胸が一杯だ。生きたまま沈めるなんて、なんと恐ろしい風習なのか。
「バカなことを言うな!」
 父は叫んだ。
「仕方がない、協議の結果だ。水神様の怒りを鎮めるには、若く清らかな娘を差し出すほかない。条件に合うような家は少ない。しかもあんたのところは二人もおる」
「なにが協議だ、勝手に決めるな。うちの娘はやれん」
「申し訳ないが村のためだ。反対しても決まったことなのだ」
「頭を冷やしてくれ。人柱で雨がやむものか」
「黙って従え。おまえのところは不幸があったから、年貢の割付を甘くしてやっているだろう」
 父親は身体を強張らせた。小藤も一年程前の光景を思い出して胸が苦しくなる。
「……それをわかっていながら、うちの娘を差し出せというのか」
 父親は歯を擦らせ、低く唸るように言った。
「せめてもの情けだ。どちらにするか、おまえが決めろ」
「決めろと言われても……」
 父親は怒りと遣り切れなさとで額を押さえた。
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