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終章 2人が歩むプレリュード
2人が歩むプレリュード 4【完結】
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「九月に、入学式?」
繰り返した拓斗は、はっと目を見開いた。
「まさか、雄一郎の行く指揮科の大学って……」
「スイスの芸術大学だ。欧州でもトップクラスの名門なんだよ。言葉にも若干不安があるからな、課題が山積だ」
「そんな、海外だなんて聞いてないよ」
「拓斗には初めて言ったから当然だな」
雄一郎は肩をすくめる。
「茶化さないでよ。どうしてそういう大事なことを、いつもぼくに言ってくれないんだよ」
「これは仕方がないだろう。本当に迷っていたんだ」
雄一郎は苦笑したあと、柔らかな笑みを浮かべた。
「おまえがガッツを見せてくれたおかげで俺もやる気が出たよ。やっと覚悟ができた。ありがとうな、拓斗」
「そんな、そんなこと……」
拓斗は涙ぐむ。
雄一郎は近所の幼なじみで、会おうと思えばいつでも会えた。ずっと一緒に音楽をやってきて、性格は全く違うけれど不思議と気が合った。
こんなに遠くに行ってしまうとわかっていれば、意地になって半年以上も連絡を取らないなんてことはしなかったのに。
雄一郎は以前、「ピンチになったら地球の裏側にいても助けに行く」と言っていた。拓斗は大げさだと笑ったが、雄一郎は本気だったのだろう。
「本当に地球の裏側に行くなんて思わないじゃないか」
「真裏ってほど遠くねえよ」
それに、と言って雄一郎はニッと笑う。
「そもそもおまえ、このコンクールで入賞すればデビュー確定だって噂が流れていたじゃねえか。早く世界を飛び回るようになって、俺に会い来いよ」
「言われなくてもそうするよ!」
食ってかかった拓斗は、こぼれそうになった涙を頭を振って飛ばし、なんとか笑顔を作った。
「いままで本当にありがとう。雄一郎のことは忘れないよ」
幼いころから一緒にいてくれてありがとう。
閉じこもっていた部屋から連れ出しくれてありがとう。
シェアハウスのみんなに会わせてくれてありがとう。
――友人でいてくれて、ありがとう。
「今生の別れみたいな言い方をするな。ビデオ通話ですぐ話せるだろ」
「そうなんだ。やり方がわからないから、旅立つ前に教えて」
「おいおい、オンライン授業を受けてねえのかよ」
「ああ、あれと同じなのか」
「拓斗はホント、ものを知らねえな」
二人は軽く笑う。
「俺は耳の良さで絶望したが、救ってくれたのも耳だった。おかしなもんだ」
「それはすごい武器だもんね。雄一郎はヴァイオリンも似合ってたけど、指揮棒もしっくりくるよ」
「まあ、俺はなんでも似合うからな」
いつもの調子が戻ってきた雄一郎は、拓斗に笑みを向けた。
「本選、頑張れよ」
「雄一郎も指揮者に向けて頑張って」
二人は励ましのように、決意のように、軽く拳を突き合わせた。
了
繰り返した拓斗は、はっと目を見開いた。
「まさか、雄一郎の行く指揮科の大学って……」
「スイスの芸術大学だ。欧州でもトップクラスの名門なんだよ。言葉にも若干不安があるからな、課題が山積だ」
「そんな、海外だなんて聞いてないよ」
「拓斗には初めて言ったから当然だな」
雄一郎は肩をすくめる。
「茶化さないでよ。どうしてそういう大事なことを、いつもぼくに言ってくれないんだよ」
「これは仕方がないだろう。本当に迷っていたんだ」
雄一郎は苦笑したあと、柔らかな笑みを浮かべた。
「おまえがガッツを見せてくれたおかげで俺もやる気が出たよ。やっと覚悟ができた。ありがとうな、拓斗」
「そんな、そんなこと……」
拓斗は涙ぐむ。
雄一郎は近所の幼なじみで、会おうと思えばいつでも会えた。ずっと一緒に音楽をやってきて、性格は全く違うけれど不思議と気が合った。
こんなに遠くに行ってしまうとわかっていれば、意地になって半年以上も連絡を取らないなんてことはしなかったのに。
雄一郎は以前、「ピンチになったら地球の裏側にいても助けに行く」と言っていた。拓斗は大げさだと笑ったが、雄一郎は本気だったのだろう。
「本当に地球の裏側に行くなんて思わないじゃないか」
「真裏ってほど遠くねえよ」
それに、と言って雄一郎はニッと笑う。
「そもそもおまえ、このコンクールで入賞すればデビュー確定だって噂が流れていたじゃねえか。早く世界を飛び回るようになって、俺に会い来いよ」
「言われなくてもそうするよ!」
食ってかかった拓斗は、こぼれそうになった涙を頭を振って飛ばし、なんとか笑顔を作った。
「いままで本当にありがとう。雄一郎のことは忘れないよ」
幼いころから一緒にいてくれてありがとう。
閉じこもっていた部屋から連れ出しくれてありがとう。
シェアハウスのみんなに会わせてくれてありがとう。
――友人でいてくれて、ありがとう。
「今生の別れみたいな言い方をするな。ビデオ通話ですぐ話せるだろ」
「そうなんだ。やり方がわからないから、旅立つ前に教えて」
「おいおい、オンライン授業を受けてねえのかよ」
「ああ、あれと同じなのか」
「拓斗はホント、ものを知らねえな」
二人は軽く笑う。
「俺は耳の良さで絶望したが、救ってくれたのも耳だった。おかしなもんだ」
「それはすごい武器だもんね。雄一郎はヴァイオリンも似合ってたけど、指揮棒もしっくりくるよ」
「まあ、俺はなんでも似合うからな」
いつもの調子が戻ってきた雄一郎は、拓斗に笑みを向けた。
「本選、頑張れよ」
「雄一郎も指揮者に向けて頑張って」
二人は励ましのように、決意のように、軽く拳を突き合わせた。
了
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