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三章 家族で仲良く暮らしたい、城島啓太

家族で仲良く暮らしたい、城島啓太 12

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「言ってくれなきゃわかるわけないでしょ」
 夫婦はお互いに動揺しているようだ。
「陽子を家政婦だなんて思ったこともない。信頼して家を任せていただけだ」
「物は言いようね」
「仕事を詰め込んでいたのも、さっさとポジションをあげてしまいたかったからだ。時間に自由が利くようになるし、給与も上がる」
「またお金の話。どうでもいいって言ってるのに」
 陽子はため息をついた。
「どうでもいいわけないだろ。おまえみたいな育ちのいい女と結婚したんだぞ」
「ほらまた、世間知らずだってバカにするんでしょ」
「違う。金で苦労をかけたらおまえにも、お義母さんたちに申し訳がないだろ」
「えっ……」
 陽子は目がこぼれそうなほど見開いた。あまりにも意外な言葉だったようだ。
「若い女との会食というが、前にも言ったように本当に後輩だ。会社を辞めようか迷っているというから励ましていたんだ。トラブルも抱えていたから他のヤツに任せられなかった。その処理もあって業務も増えていた。それより、家にも帰らず損な役回りを頑張っているのに、浮気を疑われてショックだったよ」
「だってあなた、なにも言わないから……」
「仕事の話なんてしてもつまらないだろ」
「つまらなくてもいいから話してよ。言ってくれなきゃあなたの気持ちなんてわからないわよ」
 陽子の瞳が揺れて、涙がこぼれた。
「夕涼み会だって、本当に行くつもりだった。仕事の進行が悪くて押したんだ。俺だって行きたかったよ」
「どうしてそういうこと、言ってくれないのよ」
「弱音も言い訳もみっともないだろ」
「それで離婚するところだったのよ」
 テーブルの上にある、結婚指輪のはまったほっそりした陽子の手を隆は握った。
「もう離婚なんて言葉で俺を脅すな」
「だったらあなたも、もう少し私の話を聞いて」
「わかったよ」
 拓斗は知らず力んでいた肩の力を抜いた。どうやら元の鞘に収まったようだ。
「パパ、ママ、お話終わったの?」
「ああ、終わった」
 隆は立ち上がって啓太を抱き上げた。
「家に帰るか、啓太」
「えっ、帰っていいの?」
 啓太が目を丸くする。
「あなた、仕事は?」
「今日の分は終わらせてきた。明日からもてっぺん越えしないよう毎日帰るよ。事情をメンバーに話して抱えすぎていた仕事を分配した。みんな快く引き受けてくれたよ。部下からの人望は厚いからな」
 メガネの位置を直しながら隆に視線を向けられて、拓斗はドキリとする。昼間の意趣返しだろうか。その得意げな顔は、腹立たしいようにも、可愛げがあるようにも思える。
「啓太の歌のとおりになったな」
 その声に顔を上げると、雄一郎がニッと笑っていた。
 ――星に願えば夢は叶う。運命はいつも優しさであふれている。
「よかったね、啓太くん」
「うん!」
 話しかけると、父親に抱かれた啓太は満面の笑みを浮かべた。
 親子三人はシェアハウスを出ていった。
 庭先で見送っていた拓斗は、空にキラリとした輝きを見つけた。
「あっ、流れ星!」
 そう言っている間に星は消えてしまった。
「ああ、もったいないな。三回願いを言えば叶うんだっけ。でも今のじゃ、短すぎて間に合わないか」
「自力で叶えろってことだな。流れ星を見つけただけでも幸先がいいじゃないか」
 雄一郎はシェアハウスに足を向けている。
「うん、そうだね」
 昨日は久しぶりにピアノを弾けた。今日も弾けた。きっと明日も弾けるに違いない。
 そう思いながら、拓斗は雄一郎の背中を追った。
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