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三章 家族で仲良く暮らしたい、城島啓太

家族で仲良く暮らしたい、城島啓太 11

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 啓太は見事に歌い上げ、わずか数分のリサイタルは終了した。
 客席が拍手で沸いた。舞台上の三人は頭を下げる。リビングダイニングに明かりがともった。
「パパ、どうだった?」
 啓太は隆に駆け寄った。隆は息子を抱き上げる。
「最高に格好良かったよ」
「でしょ!」
 キャッキャとはしゃぐ啓太の背後から、陽子は冷えた眼差しで隆をみつめた。
「啓太、ばあばのところに行っていなさい。ママはパパに話があるの」
「えぇっ、今すぐ?」
「そうよ」
 啓太は渋々と大家のもとに向かい、二人はダイニングのテーブルについた。入居者は啓太に声をかけながら、それぞれの部屋に戻っていく。
「ぼくたちも部屋に戻ろうか」
「残ってようぜ。俺たちは御用聞きをして回ったんだ、決着を見届ける権利くらいあるさ。おまえだって気になるだろ」
「そりゃ、少しは」
 戸惑いはしたものの、邪魔だと言われたら部屋を出ればいいかと、拓斗はそのままピアノ前の椅子に座り続けた。雄一郎は椅子の背もたれに手をのせて脇に立つ。
 夫婦はテレビの前のソファに座った。静かになったリビング内では、拓斗たちに充分声が届く距離だ。
「すぐに会社に戻らなきゃいけないなんて言わないわよね。私と話す気になったから来たんでしょ」
「言いたいことがあるのはおまえだろ。甥っ子に愚痴ってないで俺に言え」
「聞く耳を持たなかったのはあなたでしょ」
 陽子は眉をつり上げた。いきなり険悪なムードになり、拓斗はハラハラする。
「啓太はなぜかあなたに懐いているようだけど、離婚したら会わせません。啓太が生まれてから、いいえ生まれる前から、啓太は私に任せっきり。夜泣きが激しいときに家を逃げ出したことは一生忘れませんから。これからは私を家政婦扱いする代わりに、あなたのご自慢の給料で本物の家政婦を雇ってちょうだい。若い女の子と会食をする時間があっても、啓太のイベントごとには一切顔を出さない。そんなの父親でも夫でもないわ。反論でもあるかしら」
 陽子は一気にまくし立てた。隆は静かに首を振る。
「全て違うな」
「なにを言ってるの。裁判で私を妄想癖だとでも主張する気? 啓太は渡さないわよ」
「そうじゃない。解釈が違うと言っているんだ」
「解釈?」
 陽子は眉を寄せた。
「俺は家族をないがしろにしていたつもりはない。啓太が夜泣きをしていた頃、確かに寝不足になると仕事に差支えるとは思ったが、家を出たのは啓太のためだ」
「いい加減なこと言わないでよ」
「あの頃、熱帯地域のロケに行っていた。感染症の予防接種は受けたが、数週間は啓太に接触しないほうがいいと考えた。一才未満のあたりが、一生の中で一番免疫力が低いと聞いたからだ」
「……そんなこと、一言も言わなかったじゃない」
「おまえに業務内容を説明する必要はない」
「あるわよ! 急に出ていったら、啓太にうんざりしたんだと思うじゃないの」
「そんな理由で俺が出ていくわけがないだろ」
「言ってくれなきゃわかるわけないでしょ」
 夫婦はお互いに動揺しているようだ。
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