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三章 家族で仲良く暮らしたい、城島啓太

家族で仲良く暮らしたい、城島啓太 1

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 手が震えるようになって以来、やっとピアノを弾くことができた翌日。
 朝食が終わって落ち着いた時間帯に、拓斗と雄一郎はリビングのピアノの前に集まった。
「コンクールに申請した曲は?」
「ショパンの『バラード第二番』とか」
 雄一郎は拓斗を手でピアノに促した。
 少し緊張するけれども、あれだけ昨日弾けたのだ。もう大丈夫だろう。
 拓斗は椅子に座り、姿勢を正した。
「いくよ」
 拓斗がゆっくり手を鍵盤にかざすと……。
「冗談だろ」
 雄一郎がつぶやいた。
 拓斗の手は震え、やはりピアノに近づけることができなかった。
「こんな質の悪い冗談なんて、やらないよ」
 信じられない思いで震える手を見る。力を入れても、震えが激しくなるばかりでピアノに触れられない。
「あれだけ弾いておいて、なんでだよ」
「そんなの、ぼくが聞きたい」
 もう逃げてはいない。ピアノと向き合おうとしている。弾きたいと思っている。
 なのに、なぜ手が震えるのだろうか。
「愛紗は無理矢理ピアノに触らせたって言ってたよな」
「やめてよ、なんかビリッとして怖いんだから」
 雄一郎に手を取られるまえに、拓斗は慌てて引っ込めた。
 それに無理に指を押しつけるのは違う気がする。ピアノに、自分の身体に拒絶されない方法があるはずなのだ。
 昨日と今日で、なにが違うのだろう。
「じゃあ、昨日弾けた曲を試してみろよ。あのアニメの」
「『美少女義賊団マジック・エンジェルズ』?」
「タイトルは言わなくていい。頭に刷り込まれそうだ」
 雄一郎は顔をしかめた。
「もう雄一郎だって覚えたでしょ。いいじゃないか、愛紗ちゃんの思い出の作品なんだから」
「わかったから弾けって」
 拓斗は鍵盤に指をのせようとすると、手が震える。これもだめなのか。
「昨日は弾けた曲なのに……」
 さすがにショックを受けた。
「治ったのかなって期待してたんだけど」
 拓斗は鍵盤蓋を閉めながら肩を落とす。
 昨日弾けたきっかけはなんだったか。後ろ向きで弾けばいいのか。
「本気で弾きたいって思ってるんだよな?」
「思ってるよ」
 疑わしそうな目を向けてくる雄一郎を、眉根を寄せて見返した。
 まだ「弾きたい」という気持ちが足りないのだろうか。
 ピアノを弾きたい。ピアノが楽しいことは昨日よくわかったから。
 ただ、心当たりがあるとすれば……。
 月末のコンクールに出場したいのかと聞かれたら、素直に頷けないことだ。
 しかし、そんなことはこれまでと同じだ。どんなコンクールだって、出場するまでに緊張も恐怖も伴った。コンクールが待ち遠しいという時期はあったが、成長するにつれて薄れていった。
 こんなに弾きたいと思っているのに、コンクールへの戸惑いが震えに繋がるのなら、理不尽ではないか。
 それとも、それを乗り越えろという試練を与えられているとでもいうのだろうか。
 愛紗が昨日言っていた、成長痛や壁の話を思い出す。
 本当に、そういう時期が来ているのか。
「悪い、おまえが一番つらいよな。前進はしてるんだ。きっと近いうちに弾けるようになる。弾けるようになってもらわないと俺も困るしな」
 雄一郎は慰めるように拓斗の肩を叩いた。
 拓斗はその言葉がひっかかった。雄一郎を見上げる。
「ぼくが弾けるようにならないと、なぜ雄一郎が困るの?」
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