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二章 目指せ声優! 鈴華愛紗

目指せ声優! 鈴華愛紗 11

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 そういえば、音楽って楽しいものだった。
 当たり前のことなのに衝撃を受けるということは、最近はそれを忘れ、音楽を楽しめていなかったということだ。
「拓斗さん、続けて」
 拓斗が手を動かすと、愛紗も隣りに並んで同じ曲を弾きだした。拓斗よりも断然早い。そのテンポに合わせようと、拓斗の手も早くなる。愛紗の音は、やっぱりメチャクチャだ。しかし拓斗の音と重なると、大人しい猫が元気な猫と出会い、踊りだすような映像が浮かんできた。二匹の猫につられて、たくさんの猫が集まってわいわいと賑やかに踊る。
 気づけば一曲、弾ききっていた。
「さすが拓斗さん。後ろ向きで弾けちゃいましたね!」
 拓斗は振り向いた。自分でも信じられない。
 そっとピアノの屋根から側板をなでる。
 少しは自分を受け入れてくれたのだろうか。
「ピアノに慣れてきたようだし、もうボイトレできるんじゃないですか?」
 愛紗は肝心なことを忘れていなかった。「できそうな気がする」と言って、拓斗は改めて椅子をピアノの前に移動して座り直した。
「そうだ拓斗さん、さっき、聴いた曲は弾けるって言いましたよね?」
「そうだね」
「そうしたら、ピアノで弾いてもらいたい曲があるんですけど、曲を聞いてもらってもいいですか?」
 拓斗がうなずくと、愛紗はテレビの前のテーブルに置いていたスマートフォンを急いで持ってきた。そこから流れてきた曲はポップで、まるで愛紗のような高い女性の声がボーカルだった。
「この曲は?」
「わたしが声優を目指すきっかけになったアニメ『美少女義賊団マジック・エンジェルズ』の主題歌です」
 なんとも突っ込みどころのあるタイトルだった。
「弾けそうですか?」
「楽曲自体はオーソドックスな構成で、覚えやすいフレーズだからね。一度聞けば充分だよ」
 拓斗はピアノに軽く触れる。反発はない。大丈夫だ、まだ触らせてくれるらしい。
 拓斗はリクエスト曲を弾き始めた。
「すごい、『マジック・エンジェルズ』だ! 歌っていいですか?」
「もちろん」
 愛紗は歌いだす。スマートフォンから流れてきたボーカルと声がそっくりだ。元々声質が似ているのだが、寄せて歌っているのかもしれない。なかなか上手い。
 一曲終わると、「もう一回」とねだられた。再び同じ曲を弾き始めると、愛紗は歌いながら踊りだす。
「このアニメ、オープニングでキャラクターが踊るんですよ。小学生の時、何度も繰り返し見て覚えたんです!」
 いつの間にか愛紗は後ろで結っていたゴムをはずしていて、くるくると回るたびライトブラウンの巻き髪とスカートがひるがえった。
「すごいね」
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