上 下
21 / 62
一章 漫画家志望の猫山先輩

漫画家志望の猫山先輩 18

しおりを挟む
「ぼくの言いたかった本題は、実はここからなんですけど」
「え、まだあんの? オレしゃべり疲れた」
 猫山はうんざりとした顔をして、ソファーに深く沈んだ。
「ぼく、なにか飲み物持ってきます」
「やった、サンキュー。オレ温かいミルクティーがいい。はい、これによろしく」
 猫山からマグカップを受け取った。名前代わりに猫のマークが描かれている。かわいい。
 キッチンには大家の厚意で、誰でも自由に飲めるコーヒーや紅茶が置いてあった。マイカップのない拓斗は、設置してある紙コップを使ってコーヒーを入れた。
「わあい。冷房の効いた部屋で温かい飲み物を飲むって、サイコーに贅沢だよな」
 嬉しそうにミルクティーを飲んでいる猫山の姿を見ていると、とても年上には見えなかった。
「ところで、本題って?」
「はい、あくまで提案なんですけど」
 あの話の後では、にわか仕込みの話を披露していいものか少し迷う。
「昨日パソコンを触っていて気づいたんですけど。色の情報って、RGBとCMYKがありますよね」
「色を数値化する概念のことか? もっとあるよ。LABとかLRVとかHEXとか」
「やめてください、さっぱりわかりません」
 やはり釈迦に説法だった。
 RGBとは光の三原色、R(レッド)・G(グリーン)・B(ブルー)のことで、混ぜるほど白に近くなる。
 CMYKは、色料の三原色、C(シアン)・M(マゼンタ)・Y(イエロー)にK(ブラック)を加えたもので、Kを抜いた三色を混ぜると黒に近くなる。
 大事なのは、どちらにしてもパソコンのツール上で、色の割合が数値化されていることだ。
「RGBなら、全て〇なら黒、全て二五五なら白になります」
「そうだな」
「Rだけが二五五なら赤で、RとGが二五五なら黄色です」
「知ってるよ」
「そういう知識がある猫山先輩なら、数値を入力して思い通りの色を表示できますよね」
「えっ、あっ……」
 猫山は何度かまばたきをした。今までモノクロームばかり考えていて盲点だったのかもしれない。
「いや、さすがのオレだって、微妙な色彩や中間色まで、入力だけじゃ色を想像できない」
「だいたいわかればいいじゃないですか。さっき、濃淡はわかると言っていましたよね。ある程度入力したら、画面に表示されているカラーピッカーで微調整できます。あとから、その色だけ入れ替えたり、濃淡を変えることだってできます。そこはセンスがある人と相談して仕上げればいい。きっとそれは、色が見える人だってすることです」
 昨夜、拓斗は部屋に帰ってから、猫山が使っているパソコンのツールを検索したのだ。知らない言葉だらけだったので苦労したが、そこまではなんとか調べることができた。
「後日、絵を見返すときには、どこに何色を塗ったのか忘れているかもしれない。紙は何色だと教えてくれませんが、デジタルなら数値で答えてくれます。猫山先輩が勇気を出して、紙を捨ててデジタルに切り替えたからこそできることです」
「そうかもしれない」
 猫山はうなずいた。
「零か百かでもありません。これからだって紙で線画を描いたり、水墨画を描いてもいい。モノクロの油絵だっていいじゃないですか。いろいろな手法の一つとしてなら、パソコンで漫画を描くのも楽しめるかもしれません。そしてカラーイラストだって、きっと描けます」
「……カラーの絵、また描けるかな」
 猫山がポツリとつぶやいた。
「描けますよ! 目には見えなくても、猫山先輩の頭にある鮮やかな色彩は消えません」
 猫山は大きな瞳を見開いて拓斗を見ていたが、その目が潤みだして慌てて下を向いた。
「なよっちいくせに、泣かせるなよ、バカ」
「ぼくができることがあれば手伝いますから」
「言ったな。こきつかってやる」
 うつむいたままの猫山は鼻声で、しかしその声は明るかった。
しおりを挟む

処理中です...