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一章 漫画家志望の猫山先輩
漫画家志望の猫山先輩 10
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ピアノを弾けない恐怖。
それと同時に、手が震えているうちは弾かなくてもいいという安堵もあった。
どちらも拓斗にとっては本物の気持ちで、自分はどうしたいのだろうと考えていた。
答えが出ないうちに、今日、雄一郎が訪ねてきた。
「大学に行ってないって噂で聞いたけど、結局なにしてるんだよ。将来やりたいことを大学で探すんじゃなかったの?」
拓斗が尋ねた。
「まあ、俺にも色々考えがあるんだよ」
「本当かなあ」
どれくらい湯に浸かっているのだろうか。頭が回らなくなってきて、まるで酔っ払いのような絡み方になってきた。
「だいたいさ、雄一郎のせいで風邪をひいて、留学できなくて、硬球に当たってピアノが弾けなくなったのに、全然連絡をよこさないでさ」
「それ、俺のせいなのか?」
「そうだよ!」
頭がクラクラする。長湯をしすぎた。
「別に着拒したわけじゃねえんだから、淋しいなら連絡してきたらよかっただろ」
「淋しいわけないでしょ。理不尽だって言ってるだけ。被害者はぼくなのに、なんでぼくから連絡しないといけないのさ」
支離滅裂なことを言っている気がしてきた。もう限界だと湯船からあがる。風呂場から出よう。髪を洗っていないが明日でいいだろう。
「おい、フラフラしてるぞ。倒れるなよ、真っ裸の男なんて運びたくないぞ」
「ぼくだってイヤだよ」
慎重に壁伝いに歩いて風呂場から出た。
吐き気がしてきて、なんとかバスタオルで身体を包むと、その場に座り込んでしまった。
気持ちが悪い。吐きそうだ。
とても座っていられず、拓斗は横になった。少しは楽になる。
「おい、大丈夫か」
心配して様子を見に来たのだろう、雄一郎が近くにいた。
「のぼせたみたい」
「見ればわかる」
しょうがねえな、と言いながら、雄一郎は下半身だけ急いでジャージを身に着けた。
「昔の美女を連れてくる。俺に介抱されるよりはマシだろ」
そう言って雄一郎が出ていった。それからすぐに駆け足の足音が聞こえてくると、大家が脱衣所に入ってきた。
「拓斗くん、はい、水を飲んで」
大家にペットボトルを渡されて、横になったまま飲んだ。火照った身体を通って水が胃に落ちていくのがわかる。
「少しは落ち着いた?」
「はい。でもまだ頭がグルグルします。のぼせってこうなるんですね。いつもシャワーですませていたから……」
「もうしばらく、このまま休んでいたほうがいいようね。おばあちゃんの膝枕でよかったら使う?」
なんと答えようかと迷っていたら、拓斗の頭の下に膝を入れられた。肉付きの薄い柔らかな膝が気持ちよかった。
「すみません、服が濡れますよね」
「気にしなくていいのよ」
「朝からなにも食べていなかったので、そのせいかもしれません」
「まあ、それじゃあ脱水よ、危険だわ。お風呂で毎年たくさんの人が亡くなっているんだから、甘く見ちゃダメ」
「すみません」
拓斗はしゅんとした。
「これから気をつければいいわ。お風呂から上がったら、お粥を作ってあげましょうね」
大家に濡れた頭をなでられて、扇風機が身体の体温を冷ましていく。まだめまいはしているが、このまま眠ってしまいたいくらい気持ちがよかった。
「大家さんは、なぜこのシェアハウスを始めたんですか? 家賃一万円じゃ、マイナスですよね」
拓斗は気になっていたことを聞いてみた。
それと同時に、手が震えているうちは弾かなくてもいいという安堵もあった。
どちらも拓斗にとっては本物の気持ちで、自分はどうしたいのだろうと考えていた。
答えが出ないうちに、今日、雄一郎が訪ねてきた。
「大学に行ってないって噂で聞いたけど、結局なにしてるんだよ。将来やりたいことを大学で探すんじゃなかったの?」
拓斗が尋ねた。
「まあ、俺にも色々考えがあるんだよ」
「本当かなあ」
どれくらい湯に浸かっているのだろうか。頭が回らなくなってきて、まるで酔っ払いのような絡み方になってきた。
「だいたいさ、雄一郎のせいで風邪をひいて、留学できなくて、硬球に当たってピアノが弾けなくなったのに、全然連絡をよこさないでさ」
「それ、俺のせいなのか?」
「そうだよ!」
頭がクラクラする。長湯をしすぎた。
「別に着拒したわけじゃねえんだから、淋しいなら連絡してきたらよかっただろ」
「淋しいわけないでしょ。理不尽だって言ってるだけ。被害者はぼくなのに、なんでぼくから連絡しないといけないのさ」
支離滅裂なことを言っている気がしてきた。もう限界だと湯船からあがる。風呂場から出よう。髪を洗っていないが明日でいいだろう。
「おい、フラフラしてるぞ。倒れるなよ、真っ裸の男なんて運びたくないぞ」
「ぼくだってイヤだよ」
慎重に壁伝いに歩いて風呂場から出た。
吐き気がしてきて、なんとかバスタオルで身体を包むと、その場に座り込んでしまった。
気持ちが悪い。吐きそうだ。
とても座っていられず、拓斗は横になった。少しは楽になる。
「おい、大丈夫か」
心配して様子を見に来たのだろう、雄一郎が近くにいた。
「のぼせたみたい」
「見ればわかる」
しょうがねえな、と言いながら、雄一郎は下半身だけ急いでジャージを身に着けた。
「昔の美女を連れてくる。俺に介抱されるよりはマシだろ」
そう言って雄一郎が出ていった。それからすぐに駆け足の足音が聞こえてくると、大家が脱衣所に入ってきた。
「拓斗くん、はい、水を飲んで」
大家にペットボトルを渡されて、横になったまま飲んだ。火照った身体を通って水が胃に落ちていくのがわかる。
「少しは落ち着いた?」
「はい。でもまだ頭がグルグルします。のぼせってこうなるんですね。いつもシャワーですませていたから……」
「もうしばらく、このまま休んでいたほうがいいようね。おばあちゃんの膝枕でよかったら使う?」
なんと答えようかと迷っていたら、拓斗の頭の下に膝を入れられた。肉付きの薄い柔らかな膝が気持ちよかった。
「すみません、服が濡れますよね」
「気にしなくていいのよ」
「朝からなにも食べていなかったので、そのせいかもしれません」
「まあ、それじゃあ脱水よ、危険だわ。お風呂で毎年たくさんの人が亡くなっているんだから、甘く見ちゃダメ」
「すみません」
拓斗はしゅんとした。
「これから気をつければいいわ。お風呂から上がったら、お粥を作ってあげましょうね」
大家に濡れた頭をなでられて、扇風機が身体の体温を冷ましていく。まだめまいはしているが、このまま眠ってしまいたいくらい気持ちがよかった。
「大家さんは、なぜこのシェアハウスを始めたんですか? 家賃一万円じゃ、マイナスですよね」
拓斗は気になっていたことを聞いてみた。
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