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一章 漫画家志望の猫山先輩
漫画家志望の猫山先輩 5
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無理矢理連れてこられたとはいえ一応小さく礼を述べると、雄一郎と別れて部屋に入ることにした。
その拓斗の後姿を、雄一郎は階段を上る途中で足をとめて眺めていた――。
「ここかな」
一階の奥に「スターチス」と書かれた部屋がある。
ドアを開けると、窓から日差しが差し込んでいた。電気がついていたとはいえ廊下が薄暗かったので、余計に明るく感じる。
六畳ほどの洋間のようだ。ベッドと机が設置されていて収納スペースもある。きちんと清掃された清潔感のある部屋でほっとした。温められた部屋の温度を下げるために、急いでエアコンをつける。
まだ鍵をかけていないことを思い出してドアに戻ると、既に雄一郎に教えてもらったシェアハウスのルールが書かれた張り紙があった。
そして、この部屋「スターチス」の写真と花言葉も。
スターチス
イソマツ科の一年草または多年草で、花期は五~六月
花言葉は「変わらぬ心」「変わらぬ誓い」
ドライフラワーにしても、花色があせにくいことが由来だといわれています
あなたの夢が色あせず貫かれますように
文字は手書きだ。大家が書いたのだろうか。かっちりとした達筆で読みやすく、そしてなにより、その文字からは愛情が感じられた。
写真には小さな花が束になっているような、紫色と桃色の色鮮やかで可愛らしい花が写っている。この花なら、花束をもらったときによく含まれていた気がした。
「変わらぬ心、変わらぬ誓い」
鍵をかけながら拓斗はそうつぶやいて、ぱふりとベッドに寝転がった。
子供のころから夢はずっとピアニストだ。それ以外を考えたことはない。
それはなぜかと考えれば、母親にずっと、そう言われ続けていたからだ。
母親はピアニストになるという夢があり、有名な音楽大学に入学したまではいいが、周囲との実力差に限界を感じてきっぱりとピアノを辞め、一般企業に就職したそうだ。
そしてその夢は、そのまま拓斗に委ねられた。
拓斗は四歳からピアノを始め、一日中ピアノ漬けだった。拓斗のスケジュールは、学校か、ピアノ教室か、防音室での母との個人レッスンで埋められていた。
それは拓斗にとって苦ではなかった。上達する喜びがあったし、なにより結果を出すと母がほめてくれた。それが拓斗も嬉しかった。
――拓斗くんはピアノばっかりでかわいそう。
小中学生のころはよくそう言われたが、コンクールで入賞を繰り返すうち、そんな声は聞かなくなった。練習をしているのは当たり前の人として認識されたのだろう。
そもそも拓斗は、自分がかわいそうだと思ったことは一度もない。
ピアノを弾くのは楽しい。
それに、同じような境遇で苦楽を分かり合える友達がいたからだ。
それが瀬田雄一郎だ。
近所の幼なじみで、幼、小、中、高と同じ学校だった。
彼はヴァイオリン奏者で、ずっとトップクラスの成績だった。
一緒に音楽の道を歩み続けると思っていた。
それなのに。
「裏切者……」
仰向けになっている拓斗は、光を遮るように腕を顔の上にのせた。
エアコンから噴き出す冷風が心地いい。大きく息を吐きだすと、身体がベッドに沈んでいくようだった。
最近、拓斗は睡眠がとれていなかった。眠りたいのに寝付けずに、寝返りを繰り返しているうちに朝になっていた。
ここにいれば、母にピアノを弾けとせっつかれることもない。
動かない指に苦しむこともない。
完全にピアノと決別することができるかもしれない……。
そう思いながら、拓斗の意識は薄れていった。
その拓斗の後姿を、雄一郎は階段を上る途中で足をとめて眺めていた――。
「ここかな」
一階の奥に「スターチス」と書かれた部屋がある。
ドアを開けると、窓から日差しが差し込んでいた。電気がついていたとはいえ廊下が薄暗かったので、余計に明るく感じる。
六畳ほどの洋間のようだ。ベッドと机が設置されていて収納スペースもある。きちんと清掃された清潔感のある部屋でほっとした。温められた部屋の温度を下げるために、急いでエアコンをつける。
まだ鍵をかけていないことを思い出してドアに戻ると、既に雄一郎に教えてもらったシェアハウスのルールが書かれた張り紙があった。
そして、この部屋「スターチス」の写真と花言葉も。
スターチス
イソマツ科の一年草または多年草で、花期は五~六月
花言葉は「変わらぬ心」「変わらぬ誓い」
ドライフラワーにしても、花色があせにくいことが由来だといわれています
あなたの夢が色あせず貫かれますように
文字は手書きだ。大家が書いたのだろうか。かっちりとした達筆で読みやすく、そしてなにより、その文字からは愛情が感じられた。
写真には小さな花が束になっているような、紫色と桃色の色鮮やかで可愛らしい花が写っている。この花なら、花束をもらったときによく含まれていた気がした。
「変わらぬ心、変わらぬ誓い」
鍵をかけながら拓斗はそうつぶやいて、ぱふりとベッドに寝転がった。
子供のころから夢はずっとピアニストだ。それ以外を考えたことはない。
それはなぜかと考えれば、母親にずっと、そう言われ続けていたからだ。
母親はピアニストになるという夢があり、有名な音楽大学に入学したまではいいが、周囲との実力差に限界を感じてきっぱりとピアノを辞め、一般企業に就職したそうだ。
そしてその夢は、そのまま拓斗に委ねられた。
拓斗は四歳からピアノを始め、一日中ピアノ漬けだった。拓斗のスケジュールは、学校か、ピアノ教室か、防音室での母との個人レッスンで埋められていた。
それは拓斗にとって苦ではなかった。上達する喜びがあったし、なにより結果を出すと母がほめてくれた。それが拓斗も嬉しかった。
――拓斗くんはピアノばっかりでかわいそう。
小中学生のころはよくそう言われたが、コンクールで入賞を繰り返すうち、そんな声は聞かなくなった。練習をしているのは当たり前の人として認識されたのだろう。
そもそも拓斗は、自分がかわいそうだと思ったことは一度もない。
ピアノを弾くのは楽しい。
それに、同じような境遇で苦楽を分かり合える友達がいたからだ。
それが瀬田雄一郎だ。
近所の幼なじみで、幼、小、中、高と同じ学校だった。
彼はヴァイオリン奏者で、ずっとトップクラスの成績だった。
一緒に音楽の道を歩み続けると思っていた。
それなのに。
「裏切者……」
仰向けになっている拓斗は、光を遮るように腕を顔の上にのせた。
エアコンから噴き出す冷風が心地いい。大きく息を吐きだすと、身体がベッドに沈んでいくようだった。
最近、拓斗は睡眠がとれていなかった。眠りたいのに寝付けずに、寝返りを繰り返しているうちに朝になっていた。
ここにいれば、母にピアノを弾けとせっつかれることもない。
動かない指に苦しむこともない。
完全にピアノと決別することができるかもしれない……。
そう思いながら、拓斗の意識は薄れていった。
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