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一章 漫画家志望の猫山先輩

漫画家志望の猫山先輩 4

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「そう。漫画家デビューを狙ってるんだ」
 胡坐をくんだ膝の上にタブレットを乗せている。タブレットペンでなぞった線がパソコン画面に反映しているようだ。
「へえ、上手いですね」
「だろ。オレにかかれば漫画なんて、ちょちょいのちょいだ」
 ニッと口角を上げながら好戦的な眼差しでパソコン画面を見つめている。雄一郎と同じく、自信家なタイプなのだろうと拓斗は思った。
「読んでみたいな。もう描きあがった作品はあるんですか?」
 思えば、拓斗は漫画を読んだことがなかった。
「ねえよ。まだ練習中なんだ」
「そうなんですか、残念です」
 てっきり既に投稿していて、それなりの成績をおさめたことからくる自信なのかと思った。
「漫画家を目指すと決めてから、まだ二か月だからなあ」
 そう言われて改めて見れば、テーブルに広がる黒い線画の人物はディフォルメされたものからリアルなものまで様々だ。タッチがまだ定まっていないのだろう。
 一番目を引いたのは、墨だけで書かれたような風景画だ。湖畔であったり、このシェアハウスの庭だったりする。まるでプロの画家の作品のように繊細で美しい。若干ドットのようになっているので、パソコン上で描いたものをプリントアウトしたようだ。
「この絵、すごいですね」
「ああ、こんなのダメダメ」
 猫山は紙をひっくり返した。
「水墨画って合わないんだよな。パソコンなら上手くいくかと思ったけど、思ったように描けねえや。やっぱり漫画しかねえな、儲かりそうだし」
 猫山はまたタブレットペンを持つ手を動かし始めた。ペンを持つ中指は変形するほどのタコができている。二か月程度でこんなにタコが大きくなるものだろうか。
 集中し始めた猫山の作業を邪魔しないように、拓斗はそっとその場を離れた。
「猫山先輩、変わってるだろ? まあ、ここには変わり者しかいないけどな」
「そうなんだ」
 二人は歩きながら小声で話す。いつの間にか大家がいなくなったキッチンで足を止めた。
「ここにあるものは好きに使っていい。ただし、冷蔵庫に物を入れるときには名前を書かないと誰かに食われる。鍋や皿は使ったら洗って拭いて元に戻すこと。マイカップを棚に置くなら、やっぱりこうやって名前を書かないと紛失する」
 棚の一角にいくつかマグカップが並んでいて、全てに名前が書かれていた。
「持ち物に名前を書いて置くなんて、小学生ぶりな気がするよ」
「共同生活だからな」
 キッチンには業務用として見かける銀色の大きな冷蔵庫が設置されていた。コンロは四口、炊飯器は三つ、電子レンジは二つある。
 玄関とは別方向のドアを開けてリビングダイニングから出ると、廊下が続いていた。
「トイレは二階と一階にあって、どちらも男女別。こっちの乾燥機付き洗濯機は、中に洗濯物が入りっぱなしだったら取り出していいことになってる。二つあるから、両方埋まってることはそうないけどな。あと風呂も男女分かれてるから、二十四時間いつ入ってもいい。結構広いぞ」
「トイレとかお風呂は共有なんだね」
「なんだ、潔癖症か?」
「こういうのは久しぶりすぎて……」
 中高の修学旅行は個室のホテルだったので大浴場がなかった。おそらく小学生の時にはクラスメイトと一緒に風呂に入ったはずだが記憶にない。
「裸の付き合いもいいもんだ」
 あとは、門限やら自転車利用などについて話を聞いて雄一郎の案内は終わった。
「そうだ、手ぶらで来たから着替えもなにもない」
「それなら夕方には届くよ。おばさんに伝えてあるからな」
 用意周到なことだ。
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