上 下
6 / 62
一章 漫画家志望の猫山先輩

漫画家志望の猫山先輩 3

しおりを挟む
「えっ、どこ?」
 大型の液晶テレビの前に設置されたローテーブルを囲うように、三人かけのソファーが三つ置かれている。ソファーの背に隠れてよく見えないが、テーブルの上にはノートバソコンや紙がのっているようだ。しかし人影はない。
「誰もいないじゃないか」
 そのとき、ソファーの背からひょこっと丸い頭が現れた。赤っぽいふわふわの猫っ毛だ。
「オレのことか」
 猫っ毛頭がピョンと跳ねたかと思うと振り返った。ソファーの上に立ち上がったのだ。Tシャツに短パンというラフで涼し気な格好をしている。丸い頬に小さな鼻と口、そしてつり気味で三白眼の大きな瞳が印象的だった。身長は百六十センチ半ばくらいだろう。
「オレは猫山涼だ。新入りも名を名乗れ」
 猫山は細い腕を組んでふんぞり返った。腕白坊主のようで微笑ましく思った拓斗は、数歩近づいて猫山を見上げる。
「ぼくは白河拓斗。猫山くんは高校生かな?」
「はあ? おまえの目は節穴か!」
 猫山が顔を真っ赤にして、ソファーの上で地団駄を踏んだ。なぜ怒っているのだろうかと拓斗は首をかしげる。
「彼は二十六歳だ」
 ニヤニヤとしている雄一郎に耳打ちされて、拓斗は目を見開いた。
「まさか、ぼくたちより年上なの?」
「敬え! オレのことは先輩と呼べよ」
「は、はい、猫山先輩」
「よし」
 ビシリと指先を突きつけられた拓斗は、勢いに押されてうなずいていた。
「拓斗はなにを目指してるんだ?」
 猫山に尋ねられて拓斗は戸惑った。「それをこれから探すんです」とは言えない。そこで雄一郎の視線に気づき、「ピアニストを目指していることにしておけ」と言われたことを思い出した。
「ピアニストを。一応、音大の一年です」
 まだ大学を辞めていないのだからウソではない。
「そうなんだ。そこにピアノがあるから、いつでも弾けるな」
「えっ、ピアノがあるんですか?」
 猫山が顎で指した場所に、確かにアップライトピアノがあった。柱の陰になり、しかも全体に白いカバーがかかっていて気づかなかった。
「雄一郎」
 拓斗は雄一郎を睨んだ。
 どうせピアノを見て毎日泣くだけだから環境を変えたほうがいい、と言ったのは雄一郎だ。
「ここにピアノがないとは言ってない」
 雄一郎は平然としている。
「なに考えてるんだよ」
 内心ため息をつきながら、拓斗は視線を猫山に戻した。
「猫山先輩は、なにを目指しているんですか?」
「おう、見ればわかるだろ」
 猫山がすとんとソファーに座った。また後頭部の先しか見えなくなる。拓斗がソファーを回り込むと、テーブルの上の紙やノートパソコンにイラストが描いてあった。コマ割りされているものもある。
「漫画、ですか?」
「そう。漫画家デビューを狙ってるんだ」
 胡坐をくんだ膝の上にタブレットを乗せている。タブレットペンでなぞった線がパソコン画面に反映しているようだ。
しおりを挟む

処理中です...