【完結】夢追い人のシェアハウス ~あなたに捧げるチアソング~

じゅん

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序章 破られた平穏の殻

破られた平穏の殻 1

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 白と黒の羅列を見ていると、それらが浮き上がり、身体にまとわりついて締めつけられる気がした。
 鍵盤に触れようとすると、指先が小刻みに震える。
 白河しらかわ拓斗たくとは下唇を強く噛みしめながら手を引くと、鍵盤蓋を叩きつけるように閉めた。黒いグランドピアノの内側で、抗議するように弦が鈍く響く。
 両手を蓋にのせたまま頭を垂れた。紅茶色の髪がさらりと流れて、拓斗の悲痛に歪んだ表情を隠す。
「おい、拓斗」
 拓斗は身体を強張らせた。
 防音の厚いドア越しでもわかる。部屋の外から名前を呼んだ低い声は、かつて唯一といっていい友人だった、瀬田雄一郎だ。
「聞こえてるんだろ、ここ開けろよ。おまえ引きこもってるんだって? なにやってんだよ」
 拓斗は細い眉をつり上げた。めまいが起きそうなほど頭に血がのぼる。
 スリッパで床を蹴るようにしてドアに近づくと、拓斗は壁を叩いた。
「雄一郎にだけは言われたくないっ」
「なんだって? 聞こえねえよ、ここ開けろ」
「……うそつくな」
 また唇を噛むと、今度はヒリッとした痛みが走った。先ほど噛んだ時に切れていたようで、口の中にじわりと血の味が広がる。
「久しぶりに会いに来た友人を、顔も見ずに追い返す気か。冷てえな」
 嘆いているようで、その声は確信に満ちている。このドアが開くことを微塵も疑っていない。相変わらずの自信家だ。
 拓斗はしばし悩んだものの、ため息をつきながらグレモン錠を開けた。廊下から温かい空気が流れ込んでくる。顔を上げると、長身の部類に入る拓斗よりも更に背の高い男がニヤリと口角を上げた。
「思っていたより早かったな」
 ボリュームのある黒髪を左に流して、形のいい額と切れ長で鋭い瞳を晒している。厚めの唇は厚情にも軽薄にも見え、相変わらず鍛えているのか、しっかりとした筋肉をまとっている。最後に会った昨年と変わっているのは、服が涼し気になったことくらいだ。
「ぼくが無視するって考えないわけ?」
「ドアが開くまで居座るつもりだった。おまえだって、さすがに餓死するつもりはねえだろ」
「そんなことだろうと思ったよ」
 だから拓斗はあっさり扉を開けたのだ。気力の塊のような男と根競べをしても勝ち目はない。
 雄一郎は断りもなく「おっ、冷房がきいてる」などと言いながら防音室に入ってきた。グランドピアノとソファーしかない、十畳のシンプルな洋室だ。電気は点けていないが、大きな二重の窓から入る太陽光で部屋は明るい。
「ぼくの前によく顔を出せたね。なにしに来たんだよ」
 あの裏切りの日から、音沙汰もなかったくせに。
「おまえのおふくろさんに頼まれたんだよ。月末にコンクールがあるのに部屋に引きこもっちゃったんです、助けてください、ってさ」
「余計なことを……」
 拓斗は四人掛けの白いソファーに腰を下ろした。雄一郎はその正面に立って腕を組み、表情を引き締める。
「ピアノが弾けなくなったんだってな」
 拓斗は膝の上で組んだ手を強く握りしめた。
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