隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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三章 魔法王国アーウィン

魔法王国アーウィン 2

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「わっ」
ベランダには全身黒の人影があり、アレクサンドラは驚いて仰け反った。一瞬、聖樹教団かと思ったが、ウエストを絞った膝下まである黒いジュストコールで、魔道連隊の制服だとすぐに分った。
「オスカーさんか、びっくりした」
 改めて周囲を見ると、窓は別々でも二階のベランダは全て繋がっている造りだった。オスカーは隣室なのだ。
「眠れないようですね」
 壁にもたれて腕を組んでいるオスカーは、アレクサンドラを気遣わしげに見ている。
「えっ、もしかして見てたの?」
 アレクサンドラが頬を染めて慌てるのを、オスカーは「いいえ」と静かに否定した。
「これだけ近ければ、気配で分ります」
「そ、そう?」
 気配を探られているというのも落ち着かない気もしたが、それは仕方のないことだろう。
「オスカーさん、ずっと外にいたの?」
「ええ。廊下にはフランシスが待機しています」
 二人は寝ずに、アレクサンドラの護衛をするようだ。
「寒いでしょ。なにか羽織れるもの持ってくるね」
「結構です。機動力が下がるほど冷え込めば、自分で用意します」
「そう?」
 空には砂を撒いたように細かい星まで無数に見え、三日月からの光がオスカーの肌を青白く照らしていた。短時間なら気持ちよく感じそうな若干肌寒い外気は、しかし何時間も晒されていれば身体の芯まで冷え込みそうだった。
「でもオスカーさんの手、こんなに冷たい」
 白い手袋をはめているオスカーの手を取ると、ビクリとその手が震えた。
「あっ、そうだった。ごめんなさい」
「いえ」
 慌てて離そうとしたアレクサンドラの手を、オスカーは握り返した。
「しばらく、手をお借りしても?」
「え、ええ」
 オスカーは両手で握ったアレクサンドラの手をそっと額に当て、グリーンの目を閉じた。
「わたしは軍人です。軍の命令には、どんなことでも従ってきました。逆らったこともなければ内容に疑問を持ったこともない。正確に迅速に遂行することだけを考えてきました」
 オスカーが薄く目を開ける。彫の深い顔立ちに月光が陰影をつけ、更に精悍さを増している。
「しかしわたしは、迷っている」
 オスカーがアレクサンドラを流し見た。そのグリーンの瞳には、苦悩が浮かんでいた。
「王女殿下をこのまま王都にお連れするのが正しいのか、わたしは分からないのです」
 目の前の生真面目な軍人が任務と私情に揺れているのが、はっきりと見て取れた。
「オスカーさん……」
 アレクサンドラは黙ってオスカーの横顔を見つめていたが、オスカーの正面に立って手袋ごしの手を両手で力強く包んだ。
「もちろん、連れて行ってください」
 アレクサンドラは高い位置にあるつり気味の瞳を見上げて微笑んだ。
「自分のことなのに、私は知らないことが多すぎるみたい。全てを理解してから、自分で判断するわ。まだ私はスタートラインにすら立っていないんだもの。だからオスカーさんは気に病まないで」
「王女殿下……」
 オスカーはアレクサンドラのヘーゼルの瞳を見つめ、アレクサンドラの手を離してうやうやしく跪いた。
「このオスカー。王女殿下のお力になれるよう、尽力してまいります」
「オスカーさん、立って。今までだってずっとお世話になりっぱなしですから」
 アレクサンドラは慌ててオスカーを立ち上がらせた。
「そうだ、フランシスさんがオスカーさんのこと、すごく感謝してるって言ってたよ」
 いじめから救ったこと、出自にとらわれることなく昇進させていったことなど、乗馬中にフランシスから聞いた話をオスカーに伝えた。
「そんなことを殿下に」
 オスカーは苦笑した。
「フランシスさんに慕われているのも分る気がする。規則を破ってまでフランシスさんを寄宿舎の同室にしたって聞いたんだけど、オスカーさんが規則を破るって珍しいんだろうなって」
「そうですね。公私合わせて考えても、約束や規律を破ったことは、その一度しかありません」
 超がつくほど生真面目な男だった。
「そこまでして、フランシスさんを守ったのね」
 アレクサンドラは感動して、胸の前で両手を組んだ。
「確かに、フランシスを守ったことにもなるでしょう」
「?」
 オスカーの引っかかる物言いに、アレクサンドラは首を傾げた。オスカーは腕を組んで壁に寄り掛かった。
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