16 / 57
二章 発情トラブル
発情トラブル 2
しおりを挟む
「俺はぁ、世界で一番強いと思ってたのね。それなのにアーシェンに負けちゃったから、嬉しくてさ。早くアーシェンに勝って、この身体の血を一滴も残さず飲み干したいんだぁ。だから一緒にいるの」
エルネストにペロリと首筋を舐められて、背筋が冷えた。
ひえっ、怖い!
ぼくは無表情を貫きながら、内心、震えた。
記憶が戻る前のぼくは、こんなエルネストに少しも動じなかったのだから、さすが世界一の魔力の持ち主というか、肝が据わっているというか、弟以外のことに無関心すぎというか。
エルネストは吸血族だ。
見た目は二十代半ばくらいでぼくとあまり変わらないのだけど、魔族の中では若い方なので血気盛んなのだ。若いと言っても、長生きの魔族に生きた年数がどこまで関係するのか、よくわからないけれど。
「不快だ」
ヴィンセントはぼくの手を引っ張って、エルネストから引き離した。
「ちょっと、なにすんの?」
エルネストがムッとして眉を上げる。
「アーシェンはオレのパートナーだ。ベタベタしないでもらえないか」
「はあ? だったら俺は、アーシェンの執事ですけどぉ」
やめて、お気に入りのオモチャを取り上げられた子供みたいな言い合いをしないで。
本当に子供ならいいけれど、二人とも手練れなのでヒヤヒヤする。
「着いたぞ」
ぼくは手早くドアをノックした。「どうぞ」と硬質な声が聞こえた瞬間にドアを開ける。
「おやおや、これは魔王さま、こんなところにおいでとは珍しいですね」
四天王の四番目であるレザードが、白衣姿でにこやかにぼくたちを出迎える。常になにか企んでいそうな胡散臭い笑顔を見て、ほっとする日が来ようとは。
でも、これでやっと話の本題に入れそうだ。
彼も一筋縄ではいかない人物だけれど、理路整然とはしているので、おかしなかたちで精神力を削られることはない。
「相談がある。時間をもらえるか」
「ええ、いいですよ。先日提出した、研究費の割り増し案をのんでくださるのなら」
……うん、レザードは本当にわかりやすい。
ぼくは承諾し、四人で六人掛けのテーブルを囲んだ。ぼくの両隣がヴィンセントとエルネストで、正面にレザードが座っている。いびつな布陣だ。普通は二対二で向き合うだろうに。
ここはぼくの部屋と同じくらい広いのに、物が多すぎて狭く感じる。棚には書籍や、液体や粉が入ったビンがびっしりと詰め込まれていている。ビンのなかにはうごめいているものもあり、それがなんであるのかは確かめたくない。
いくつかある釜からは蒸気があがっていて、なんとも形容しがたい刺激臭があたりを漂っていた。
よくこの部屋にいられるな。
レザードは女性的で綺麗な相貌だ。目尻はやや下がり気味で睫毛が長く、アッシュブルーの瞳をしている。同色のショートの髪は軽くウェーブがかっていた。フレームレスの眼鏡や隙のないノリのきいた白衣、硬質な声から神経質そうな性分が垣間見える。
そこまではいいのだけど、人を小バカにしているような慇懃無礼な態度と研究オタクぶりで、変わり者揃いの魔族の中でも突出した存在になっていた。
「それで、相談というのはなんですか?」
軽く自己紹介をすませた後、レザードは手袋をはめた指先で眼鏡の位置を直しながらぼくに尋ねた。
エルネストにペロリと首筋を舐められて、背筋が冷えた。
ひえっ、怖い!
ぼくは無表情を貫きながら、内心、震えた。
記憶が戻る前のぼくは、こんなエルネストに少しも動じなかったのだから、さすが世界一の魔力の持ち主というか、肝が据わっているというか、弟以外のことに無関心すぎというか。
エルネストは吸血族だ。
見た目は二十代半ばくらいでぼくとあまり変わらないのだけど、魔族の中では若い方なので血気盛んなのだ。若いと言っても、長生きの魔族に生きた年数がどこまで関係するのか、よくわからないけれど。
「不快だ」
ヴィンセントはぼくの手を引っ張って、エルネストから引き離した。
「ちょっと、なにすんの?」
エルネストがムッとして眉を上げる。
「アーシェンはオレのパートナーだ。ベタベタしないでもらえないか」
「はあ? だったら俺は、アーシェンの執事ですけどぉ」
やめて、お気に入りのオモチャを取り上げられた子供みたいな言い合いをしないで。
本当に子供ならいいけれど、二人とも手練れなのでヒヤヒヤする。
「着いたぞ」
ぼくは手早くドアをノックした。「どうぞ」と硬質な声が聞こえた瞬間にドアを開ける。
「おやおや、これは魔王さま、こんなところにおいでとは珍しいですね」
四天王の四番目であるレザードが、白衣姿でにこやかにぼくたちを出迎える。常になにか企んでいそうな胡散臭い笑顔を見て、ほっとする日が来ようとは。
でも、これでやっと話の本題に入れそうだ。
彼も一筋縄ではいかない人物だけれど、理路整然とはしているので、おかしなかたちで精神力を削られることはない。
「相談がある。時間をもらえるか」
「ええ、いいですよ。先日提出した、研究費の割り増し案をのんでくださるのなら」
……うん、レザードは本当にわかりやすい。
ぼくは承諾し、四人で六人掛けのテーブルを囲んだ。ぼくの両隣がヴィンセントとエルネストで、正面にレザードが座っている。いびつな布陣だ。普通は二対二で向き合うだろうに。
ここはぼくの部屋と同じくらい広いのに、物が多すぎて狭く感じる。棚には書籍や、液体や粉が入ったビンがびっしりと詰め込まれていている。ビンのなかにはうごめいているものもあり、それがなんであるのかは確かめたくない。
いくつかある釜からは蒸気があがっていて、なんとも形容しがたい刺激臭があたりを漂っていた。
よくこの部屋にいられるな。
レザードは女性的で綺麗な相貌だ。目尻はやや下がり気味で睫毛が長く、アッシュブルーの瞳をしている。同色のショートの髪は軽くウェーブがかっていた。フレームレスの眼鏡や隙のないノリのきいた白衣、硬質な声から神経質そうな性分が垣間見える。
そこまではいいのだけど、人を小バカにしているような慇懃無礼な態度と研究オタクぶりで、変わり者揃いの魔族の中でも突出した存在になっていた。
「それで、相談というのはなんですか?」
軽く自己紹介をすませた後、レザードは手袋をはめた指先で眼鏡の位置を直しながらぼくに尋ねた。
16
お気に入りに追加
338
あなたにおすすめの小説
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる