脱いだら死ぬ「愛してる」と言ったら死ぬセックスしたら死ぬ

冲令子

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戦慄!昆虫パニック

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 自分が人とは違うのかもしれないと思うようになったのは、中学二年生の時だった。
 きっかけとなったのは、隣のクラスの女子からの告白だ。
 その時点では彼女との接点はほとんどなく、なんとなく顔を知っているという程度の仲だったけど、控えめで優しそうなところはかなりタイプだった。
 とりあえず友達から始めようということで、休みの日に近くのショッピングモールへ映画を観に行くことになった。

 ちょうど、ずっと見たかった映画が公開されるタイミングだった。デート向けの映画ではないというのはわかっていたが、海外のコミュニティサイトで情報を見て以来、気になっていた映画だ。
 彼女が『何でもいい』と言ってくれたのに甘えて、その映画を観ることに決めた。

 上映開始から三十分後、彼女は吐いた。

「ごめん、俺がこれを観ようって言ったから……」
麻乃あさのくんは悪くないよ……本当はこういう映画ちょっと苦手なんだけど、正直に言えなくて、迷惑かけてごめんね」

 俺はその映画に誘ったことを謝りつつも、彼女の介抱のために途中退席しなければならなかったことに、内心とても落胆していた。中学生の小遣いでは、月に何度も映画を観ることは難しいのだ。
 一方、彼女は俺を責めることもせず、ゲロの後始末をさせた事をひどく恥じていた。

 いい子だとは思ったものの、その出来事のせいで彼女に対する気持ちはすっかり冷めてしまった。
 だって、その映画はPG12で、グロいシーンなんてほとんどなかった。むしろストーリーとしてはパニックスプラッターの定形をなぞりつつ捻りを加えた、いい映画だったのだ(後日一人でもう一度観に行った)。
 結局、その出来事以来お互いになんとなく気まずくなり、彼女とは正式に付き合うこともなく疎遠になってしまった。

 その数ヶ月後、初めて彼女ができた。
 告白してきたのは彼女の方からだったが、同じクラスで元々仲が良かったこともあり、その場で付き合うことを決めた。
 前回の失敗を教訓に、一緒に映画を観るのは避けていたのだが、何回目かのデートで映画に行かないかという話になった。
 その際も俺の希望は封印して彼女の観たいものを選び、少女漫画が原作だという恋愛映画に決めた。

 開始十分で寝てしまった。

「ごめん、こういうの興味なかったよね。今度は麻乃くんの観たいやつにしよう。わたし、アクションとかホラーとかも好きだよ」

 二回目のデートでテーマパークに行った時、彼女は自分からホラーアトラクションに入りたいと言って、実際とても楽しんでいた。

 彼女なら、大丈夫かもしれない。

 ちょうどその頃、マニアだけでなく一般的にも話題のスプラッター映画が公開されていた。

「これとかどうかな……ちょっと残酷なシーンもあるみたいだけど」

 おそるおそる提案すると、彼女は、私もちょっと観たいと思ってた! と快く了承してくれた。ホラーとはいえコメディタッチで、有名な俳優も出演していたので抵抗がなかったのかもしれない。

 結論から言うと、この映画は大当たりだった。
 笑えて、ハラハラドキドキして、最後にアッと驚く仕掛けもある。何よりスプラッターシーンの独創性が素晴らしかった。
 今でも個人的なオールタイムベストに入るくらいの映画だ。

 上映後、興奮した表情で隣に座る彼女を見ると、面白かったね! と笑ってくれた。
 その時の俺は、映画の面白さと、それを共有できる相手がいることに有頂天になっていた。
 前の彼女のときは、昆虫パニックモノだったのが悪かったのだ(女の子は虫が苦手な子が多いから)。

 観終わった後、俺はフードコートで、さっきの映画がいかに素晴らしいかということを滔々と語った。
 スラッシャー映画の古典的なお約束をなぞることで観客に安心感を与えつつ、現代的な視点もある。特に、殺人鬼の殺しの手法とその映像表現は、今の技術と監督の独創性の賜物だろう。
 なにより、恐怖と笑いが表裏一体になっているところが最高だった。

 二時間ほど喋りまくったあと、ふと我に返った。
 どのジャンルでも同じだと思うが、オタク語りというのは、興味がない人にとってはうざくて気持ち悪いものである。
 ましてや、交際してまだ日が浅い相手に殺戮シーンの独創性について嬉々として語っていたら、異常者だと思われても仕方がない。
 彼女は困ったような表情で、でも文句も言わずに微苦笑を浮かべて俺の話を聞いていた。
 俺は長々と話した事を詫びると、その後は彼女の買い物に付き合った。

 色々あったものの、笑顔で『また明日』とデートを終えた翌日、俺は彼女に振られた。

 当たり前だが、スラッシャー映画が好きだからといって、現実の殺人や残虐行為を肯定するわけじゃない。

 俺は、どんなに酷い方法で倒されても、何度でも起き上がって執念を燃やすスラッシャー映画の殺人鬼を崇拝しているが、フィクションのキャラクターだということは充分理解している。
 アメコミ映画のヒーローに憧れているからといって空を飛ぼうとは思わないのと同じで、殺人鬼のファンだからといって、人殺しがしたいわけじゃない。

 でも、世間はそうは思わない。
 連続殺人魔に憧れ、斬新で残虐な殺し方をすればするほど熱狂する俺は、サイコなヤバい奴らしい。

 それを自覚して以来、人前で好きな映画の話をすることは封印した。
 ホラー映画なんて観たこともないような、人畜無害な顔をしていれば、周りは勝手に俺のことを好青年だと思ってくれる。
 それはとても過ごしやすいけれど、自分を偽っているような罪悪感があった。そして、好きなものを好きと言えない、好きなものを誰とも共有することができないのは、酷く虚しかった。
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