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三日目1
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十一時前に三階の営業部を訪ねると、芹はすぐに俺に気づいて近寄ってきた。
「吉澤さんが 第二営業部に来るの、珍しいですね」
お前が朝イチに来るって言ってたのに来ないから、様子見に来たんだよ。
ジトっとした目で芹を見上げたが、顔が良くてびっくりした。この男とセックスしたんだと思うと、不満そうに作っていた表情はあっさり崩れて、ぽーっと顔が赤くなる。
「もしかして、俺から会いに行った方がよかったですか? 月曜の朝なんて忙しくて迷惑かなって思ったんですけど」
困り顔でコソコソ話す様子に、思わずイラっとした。
「だって、来るなって言われたし」
何でそこは物分かりいいんだよ。いや、来られても困るけど。
わざわざ芹の部署まで来たけど、歓迎されなさすぎて居た堪れない。
「これ……」
クリアファイルに入れた冊子を芹に渡そうとした時、吉澤さんだ、と名前を呼ばれた。
「お久しぶりです」
芹と同期の横瀬という女子社員だった。前に少しだけ一緒に仕事をしたことがあるが、アピールが強めで苦手なタイプだった。
俺は横瀬に愛想笑いを返すと、これ読んどいて、と冊子を芹に押し付けて、そそくさと部屋を出た。
大股でテーブルまでやってきた芹を、ジトっと見上げる。十二時を少し過ぎて、店内はすでにほぼ満席だった。
芹は向かいの席に座ると、手短に注文を済ましてニヤニヤと俺を見た。
「……なんだよ」
「和さんに誘ってもらえるって思ってなかったんで、嬉しくて」
芹は会社支給のものではない、プライベートのスマホを取り出して、テーブルの上に置いた。
「……それ、捨てろよ」
これ見よがしに画面に貼ってある付箋を剥がそうとすると、芹はサッとスマホを避難させた。
「記念に取っておこうかなって」
俺は手を伸ばして、『昼飯 大東楼』と書かれた付箋を剥がすと、クシャッと丸めた。
「ああ~……俺のなのに」
大げさにシュンとする芹へ、呆れた顔を向ける。
「気づいてなかったくせに」
「わざわざ紙の資料持ってくるなんて、おかしいなとは思ったんですけど、まさかそんなのが挟まってると思わないじゃないですか」
「読めって言ったじゃん!」
昼前になっても何の反応もなかったので、これ絶対わかってねえなと察した俺は、結局電話で芹を呼び出したのだった。
「ていうか、社内チャットでよくないですか?」
「ログが残るだろ」
「悪さした時くらいしか、ログチェックなんてしないですよ。それに、昼飯の相談くらい普通にするでしょ」
確かに。
自分の行動のアホさに、俺は手のひらに顔を埋めた。
「だいたい、プライベートの連絡先知ってるじゃないですか」
芹が新入社員のときにメンターをしていた関係で、お互いの私用の連絡先は知っている。メッセージアプリの履歴は奥底に沈んでいるので、連絡先から検索してトーク画面を呼び出した。
最後のメッセージは二年前のものだった。
「え……今更これでやり取りするの恥ずかしいんだけど」
「付箋でやり取りする方が恥ずかしくないですか」
正論を言うな。
黙り込んだ俺を、芹はまじまじと見た。
「……なに?」
「なんか、意外とグイグイ来るなって思って。和さん、無理してないですか」
正直に言うと、俺はまともな恋愛をしたことがない。そもそも、特定の相手と継続して会うことが自体があんまりないし、あってとしても、セフレなのか彼氏なのかよくわからん関係がしばらく続いて終了──のパターンばっかりだった。
「え……距離感間違ってる?」
「全然間違ってないです」
芹は食い気味に否定したが、
「前にも言ったけど、和さんのペースに合わせるんで無理しなくていいですからね」
と目を細めた。
その穏やかな口調に、ちょっとときめいてしまった。俺は自分で思ってるより、芹のことが好きなのかもしれない。
「和さんって、T駅の辺りに住んでましたよね。俺、昼からあっちの方に出かけて直帰する予定なんで、仕事終わったら和さんちに行ってもいいですか?」
一瞬前のときめきは消えた。
「お前、俺のペースでいいって言ったばっかりだろうが」
「時間が合えばでいいんで。家じゃなくても、駅の近くでもいいし」
これは最初に無理めの提案をしてから、ハードルを下げて要求を飲ませるやり方だな、とは思ったが、俺は、まあいいけど、と呟いた。
いきなり家に上げるつもりはないし、あんまり懐かれても面倒だなと思うのに、夜にもまた芹に会うと思うとドキドキした。
「吉澤さんが 第二営業部に来るの、珍しいですね」
お前が朝イチに来るって言ってたのに来ないから、様子見に来たんだよ。
ジトっとした目で芹を見上げたが、顔が良くてびっくりした。この男とセックスしたんだと思うと、不満そうに作っていた表情はあっさり崩れて、ぽーっと顔が赤くなる。
「もしかして、俺から会いに行った方がよかったですか? 月曜の朝なんて忙しくて迷惑かなって思ったんですけど」
困り顔でコソコソ話す様子に、思わずイラっとした。
「だって、来るなって言われたし」
何でそこは物分かりいいんだよ。いや、来られても困るけど。
わざわざ芹の部署まで来たけど、歓迎されなさすぎて居た堪れない。
「これ……」
クリアファイルに入れた冊子を芹に渡そうとした時、吉澤さんだ、と名前を呼ばれた。
「お久しぶりです」
芹と同期の横瀬という女子社員だった。前に少しだけ一緒に仕事をしたことがあるが、アピールが強めで苦手なタイプだった。
俺は横瀬に愛想笑いを返すと、これ読んどいて、と冊子を芹に押し付けて、そそくさと部屋を出た。
大股でテーブルまでやってきた芹を、ジトっと見上げる。十二時を少し過ぎて、店内はすでにほぼ満席だった。
芹は向かいの席に座ると、手短に注文を済ましてニヤニヤと俺を見た。
「……なんだよ」
「和さんに誘ってもらえるって思ってなかったんで、嬉しくて」
芹は会社支給のものではない、プライベートのスマホを取り出して、テーブルの上に置いた。
「……それ、捨てろよ」
これ見よがしに画面に貼ってある付箋を剥がそうとすると、芹はサッとスマホを避難させた。
「記念に取っておこうかなって」
俺は手を伸ばして、『昼飯 大東楼』と書かれた付箋を剥がすと、クシャッと丸めた。
「ああ~……俺のなのに」
大げさにシュンとする芹へ、呆れた顔を向ける。
「気づいてなかったくせに」
「わざわざ紙の資料持ってくるなんて、おかしいなとは思ったんですけど、まさかそんなのが挟まってると思わないじゃないですか」
「読めって言ったじゃん!」
昼前になっても何の反応もなかったので、これ絶対わかってねえなと察した俺は、結局電話で芹を呼び出したのだった。
「ていうか、社内チャットでよくないですか?」
「ログが残るだろ」
「悪さした時くらいしか、ログチェックなんてしないですよ。それに、昼飯の相談くらい普通にするでしょ」
確かに。
自分の行動のアホさに、俺は手のひらに顔を埋めた。
「だいたい、プライベートの連絡先知ってるじゃないですか」
芹が新入社員のときにメンターをしていた関係で、お互いの私用の連絡先は知っている。メッセージアプリの履歴は奥底に沈んでいるので、連絡先から検索してトーク画面を呼び出した。
最後のメッセージは二年前のものだった。
「え……今更これでやり取りするの恥ずかしいんだけど」
「付箋でやり取りする方が恥ずかしくないですか」
正論を言うな。
黙り込んだ俺を、芹はまじまじと見た。
「……なに?」
「なんか、意外とグイグイ来るなって思って。和さん、無理してないですか」
正直に言うと、俺はまともな恋愛をしたことがない。そもそも、特定の相手と継続して会うことが自体があんまりないし、あってとしても、セフレなのか彼氏なのかよくわからん関係がしばらく続いて終了──のパターンばっかりだった。
「え……距離感間違ってる?」
「全然間違ってないです」
芹は食い気味に否定したが、
「前にも言ったけど、和さんのペースに合わせるんで無理しなくていいですからね」
と目を細めた。
その穏やかな口調に、ちょっとときめいてしまった。俺は自分で思ってるより、芹のことが好きなのかもしれない。
「和さんって、T駅の辺りに住んでましたよね。俺、昼からあっちの方に出かけて直帰する予定なんで、仕事終わったら和さんちに行ってもいいですか?」
一瞬前のときめきは消えた。
「お前、俺のペースでいいって言ったばっかりだろうが」
「時間が合えばでいいんで。家じゃなくても、駅の近くでもいいし」
これは最初に無理めの提案をしてから、ハードルを下げて要求を飲ませるやり方だな、とは思ったが、俺は、まあいいけど、と呟いた。
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