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告白
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「峯川くん」
ゴミ捨てに行く途中、春子ちゃんに名前を呼ばれた。手伝うと言われ、大した量じゃないので断ったが、春子ちゃんはそのままゴミ捨て場までついてきた。
「宮坂くん、最近峯川くんのこと、名前で呼んでるよね」
さすが、男二人が同じコマにいるというだけで本を一冊作ってしまう生物は観察力が違う。
「……みんなが下の名前で呼んでるから、なんとなくだよ」
「でも、今日ちょっとぎくしゃくしてない?」
俺はギクッと体を揺らして、立ち止まってしまった。
「何かあった?」
全然心配していない、興味本位100%の顔で訊かれて、思わずしゃがみこんだ。
ほんの数センチ先で微かに震えるまつ毛や、押し殺した息遣い、唇を開くときに響いたリップノイズ……キスする寸前の宮坂が甦って、うわぁ……と小さく呻く。
春子ちゃんはそばにしゃがんで俺の顔を覗き込むと、お話聞かせて? と優しい声で囁いた。
ゴミ捨て場の裏の人気のない場所に移動して、俺はポツポツと今までのことを打ち明けた。
といっても、宮坂のことを勝手にべらべら話すわけにもいかないので、最近になって宮坂との関係が少し変わったこと、そのせいでどう接していいのかわからなくなったことを、ぼやかしながら伝える。
「……つまり、好きになっちゃったってこと?」
「はあ!?」
ど直球で訊かれて、大きく首を振った。
「いや、そういうんじゃないけど!」
さすがに、そこまでじゃない。
ちょっと意識はするけど、宮坂はただの友達……というか、チームメイトとか、クラスメイトと言った方がしっくりくる関係だ。
昨日、思わずキスしそうになったけど、あれだって密室の雰囲気に呑まれただけだ。
「なんか、相手がこっちを意識してるのかなって思ったら、俺も意識しちゃうじゃん」
「だから、それが好きってことだろ」
膝を抱えてちんまりとしゃがんでいたはずの春子ちゃんは、いつのまにか脚を広げたヤンキー座りになっていた。
「とりあえず、付き合ってみたらいいじゃん」
軽……
脳筋すぎる春子ちゃんの発言に、思わず黙り込んだ。
「付き合ってみて、なんか違うなって思ったら、別れたらいいんだし」
「いや、さすがにそれは……」
自分の欲望をぶつけ過ぎでは? と思ったが、ヤンキー育ちを隠さなくなった春子ちゃんに、面と向かって言う気力はなかった。
今の状態が嫌なわけじゃない。
なんなら、もっと一緒にいていろんなことを話したいし、宮坂のことを知りたいと思った。
ただ、どうしていいのかわからなかった。
宮坂は思わせぶりな態度をとるし、こっちがそれに反応すると拒絶されるし、どうすればいいのか全然わからん。
俺がこんなに悩んでいるのに、宮坂は昨日あんなことがあったにもかかわらず、今朝目が合った時は、いつも通りの無表情だった。
だいたい、俺が宮坂を好きじゃないとキスしないってなんだよ。それって、キスするかどうか俺にかかってるってことじゃん。いや、キスしたいとかじゃ全然ないけど!
「ごめんね、無責任なこと言って」
黙り込んでしまった俺を気遣うようにそう言った春子ちゃんは、いつも通りの大人しい様子に戻っていた。
「まあ、とりあえず今まで通り接してみるわ」
「応援してるからね」
「要らねえ~」
二人で共犯めいた含み笑いをしながら教室に入ると、こちらを見る宮坂と目が合った。
顔を曇らせた宮坂に思わずイラッとする。昨日俺を拒否しておいて、そんな顔をするのはずるいと思った。勝手に傷つけバーカ、と心の中で貶した直後、猛烈に後悔した。
宮坂があんまり淋しそうな表情で俯いたからだ。
「……早く行こうぜ」
宮坂を促して部室に向かう途中、隣をそっと見上げる。
宮坂は無表情だと思ってたけど、意外と表情豊かでわかりやすい。俺は落ち込んだ宮坂の顔が見たくなくて、
「春子ちゃんとは何にもないからな」
と言ったけど、宮坂は困ったような表情で黙り込んだままだった。
掃除当番で出遅れたせいで、部室にはもう誰もいなかった。
今まで何とも思わずに着替えていたはずなのに、二人きりだと思うと、急に宮坂を意識して気まずさが込み上げてくる。
「……あのさ」
制服のまま声をかけると、すでに上を脱いだ宮坂がこちらを向いた。張りのある大胸筋に目がいき、咄嗟に顔を伏せた。
「昨日、なんか変なこと訊いちゃってごめん。宮坂のことからかうとか、そういうつもりじゃないから」
宮坂は上半身裸のまま戸惑った表情を浮かべたが、グッと口を引き結ぶと、俺のそばに来た。どきどきしながら目の前の宮坂を見上げる。
「……俺は暢大のこと好きだよ」
何の前振りもない、いきなりの告白だった。動揺して何も言えなかったけど本当は、うわーっと大声で飛び跳ねたい気分だった。
宮坂の顔は真っ赤で、俺も同じくらい赤面していたと思う。心臓が痛いくらい高鳴って、唇が震えた。
「じゃ……じゃあ、俺たち付き合う?」
春子ちゃんに言われたときは絶対ありえないと思ったのに、すんなりと提案の言葉が出てきた。
「え…………」
口を半開きにして言葉を失った宮坂の反応に、じわじわと焦りが込み上げてくる。予想していた反応となんか違うぞ……
宮坂の顔には、ほんの一瞬だけ嬉しそうな表情が浮かんだが、それもすぐに消えると、戸惑いや困惑すらなくなって、いつも通りの無表情に戻った。
なんだかそれが、すごく淋しかった。
俺のことで、もっと心を乱してほしいと思った。
焦る俺を見て、宮坂が困っているのがわかって、さらに焦る。
「……一方的にこんなこと言われても困るよな。ごめん。付き合うとか、気を遣わなくていいから」
宮坂は急いで着替えると、先に部室を出て行ってしまった。
ちょっと待て。これって『もっとちゃんと話し合えよ』って、読者のストレスが溜まるやつじゃん。
宮坂のことを好き……とはまだ言えないけど、気を遣って言ったわけじゃないから! そこはテンプレでいいだろ! とりあえず付き合えよ!
パタンと小さな音を立てて閉まったドアを見つめたまま、呆然と立ち尽くした。
俺はあっさり振られた。
ゴミ捨てに行く途中、春子ちゃんに名前を呼ばれた。手伝うと言われ、大した量じゃないので断ったが、春子ちゃんはそのままゴミ捨て場までついてきた。
「宮坂くん、最近峯川くんのこと、名前で呼んでるよね」
さすが、男二人が同じコマにいるというだけで本を一冊作ってしまう生物は観察力が違う。
「……みんなが下の名前で呼んでるから、なんとなくだよ」
「でも、今日ちょっとぎくしゃくしてない?」
俺はギクッと体を揺らして、立ち止まってしまった。
「何かあった?」
全然心配していない、興味本位100%の顔で訊かれて、思わずしゃがみこんだ。
ほんの数センチ先で微かに震えるまつ毛や、押し殺した息遣い、唇を開くときに響いたリップノイズ……キスする寸前の宮坂が甦って、うわぁ……と小さく呻く。
春子ちゃんはそばにしゃがんで俺の顔を覗き込むと、お話聞かせて? と優しい声で囁いた。
ゴミ捨て場の裏の人気のない場所に移動して、俺はポツポツと今までのことを打ち明けた。
といっても、宮坂のことを勝手にべらべら話すわけにもいかないので、最近になって宮坂との関係が少し変わったこと、そのせいでどう接していいのかわからなくなったことを、ぼやかしながら伝える。
「……つまり、好きになっちゃったってこと?」
「はあ!?」
ど直球で訊かれて、大きく首を振った。
「いや、そういうんじゃないけど!」
さすがに、そこまでじゃない。
ちょっと意識はするけど、宮坂はただの友達……というか、チームメイトとか、クラスメイトと言った方がしっくりくる関係だ。
昨日、思わずキスしそうになったけど、あれだって密室の雰囲気に呑まれただけだ。
「なんか、相手がこっちを意識してるのかなって思ったら、俺も意識しちゃうじゃん」
「だから、それが好きってことだろ」
膝を抱えてちんまりとしゃがんでいたはずの春子ちゃんは、いつのまにか脚を広げたヤンキー座りになっていた。
「とりあえず、付き合ってみたらいいじゃん」
軽……
脳筋すぎる春子ちゃんの発言に、思わず黙り込んだ。
「付き合ってみて、なんか違うなって思ったら、別れたらいいんだし」
「いや、さすがにそれは……」
自分の欲望をぶつけ過ぎでは? と思ったが、ヤンキー育ちを隠さなくなった春子ちゃんに、面と向かって言う気力はなかった。
今の状態が嫌なわけじゃない。
なんなら、もっと一緒にいていろんなことを話したいし、宮坂のことを知りたいと思った。
ただ、どうしていいのかわからなかった。
宮坂は思わせぶりな態度をとるし、こっちがそれに反応すると拒絶されるし、どうすればいいのか全然わからん。
俺がこんなに悩んでいるのに、宮坂は昨日あんなことがあったにもかかわらず、今朝目が合った時は、いつも通りの無表情だった。
だいたい、俺が宮坂を好きじゃないとキスしないってなんだよ。それって、キスするかどうか俺にかかってるってことじゃん。いや、キスしたいとかじゃ全然ないけど!
「ごめんね、無責任なこと言って」
黙り込んでしまった俺を気遣うようにそう言った春子ちゃんは、いつも通りの大人しい様子に戻っていた。
「まあ、とりあえず今まで通り接してみるわ」
「応援してるからね」
「要らねえ~」
二人で共犯めいた含み笑いをしながら教室に入ると、こちらを見る宮坂と目が合った。
顔を曇らせた宮坂に思わずイラッとする。昨日俺を拒否しておいて、そんな顔をするのはずるいと思った。勝手に傷つけバーカ、と心の中で貶した直後、猛烈に後悔した。
宮坂があんまり淋しそうな表情で俯いたからだ。
「……早く行こうぜ」
宮坂を促して部室に向かう途中、隣をそっと見上げる。
宮坂は無表情だと思ってたけど、意外と表情豊かでわかりやすい。俺は落ち込んだ宮坂の顔が見たくなくて、
「春子ちゃんとは何にもないからな」
と言ったけど、宮坂は困ったような表情で黙り込んだままだった。
掃除当番で出遅れたせいで、部室にはもう誰もいなかった。
今まで何とも思わずに着替えていたはずなのに、二人きりだと思うと、急に宮坂を意識して気まずさが込み上げてくる。
「……あのさ」
制服のまま声をかけると、すでに上を脱いだ宮坂がこちらを向いた。張りのある大胸筋に目がいき、咄嗟に顔を伏せた。
「昨日、なんか変なこと訊いちゃってごめん。宮坂のことからかうとか、そういうつもりじゃないから」
宮坂は上半身裸のまま戸惑った表情を浮かべたが、グッと口を引き結ぶと、俺のそばに来た。どきどきしながら目の前の宮坂を見上げる。
「……俺は暢大のこと好きだよ」
何の前振りもない、いきなりの告白だった。動揺して何も言えなかったけど本当は、うわーっと大声で飛び跳ねたい気分だった。
宮坂の顔は真っ赤で、俺も同じくらい赤面していたと思う。心臓が痛いくらい高鳴って、唇が震えた。
「じゃ……じゃあ、俺たち付き合う?」
春子ちゃんに言われたときは絶対ありえないと思ったのに、すんなりと提案の言葉が出てきた。
「え…………」
口を半開きにして言葉を失った宮坂の反応に、じわじわと焦りが込み上げてくる。予想していた反応となんか違うぞ……
宮坂の顔には、ほんの一瞬だけ嬉しそうな表情が浮かんだが、それもすぐに消えると、戸惑いや困惑すらなくなって、いつも通りの無表情に戻った。
なんだかそれが、すごく淋しかった。
俺のことで、もっと心を乱してほしいと思った。
焦る俺を見て、宮坂が困っているのがわかって、さらに焦る。
「……一方的にこんなこと言われても困るよな。ごめん。付き合うとか、気を遣わなくていいから」
宮坂は急いで着替えると、先に部室を出て行ってしまった。
ちょっと待て。これって『もっとちゃんと話し合えよ』って、読者のストレスが溜まるやつじゃん。
宮坂のことを好き……とはまだ言えないけど、気を遣って言ったわけじゃないから! そこはテンプレでいいだろ! とりあえず付き合えよ!
パタンと小さな音を立てて閉まったドアを見つめたまま、呆然と立ち尽くした。
俺はあっさり振られた。
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