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侶鶴の片割れ2
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泣き疲れてそのまま眠ってしまった余雪は、翌日の朝日で目を覚ました。
よろよろと立ち上がり、美しい朝焼けの光に虚しく照らされる廃墟を後にする。
煤で真っ黒に汚れてしまった余雪は、近くに温泉があることを思い出した。幼い頃に永芳に連れられて行ったきりだが、場所はわかる。
かつて永芳と二人で入ったときは大きな野湯だと思ったが、十年たった今見ると大して広くもない。
余雪は汚れた服を脱ぎ捨て、湯に浸かった。じんわりとした熱が、こわばった体に染み渡っていく。
余雪は岩肌に背中を預けると、静かに目を閉じた。
──これからどうしようか……
永芳を探すにしても、魔教の拠点は複数ある上に、部外者が正確な場所を知ることは難しい。
おまけに、余雪はたった一人きりだ。永芳を見つけられたとしても、魔教の手練れ相手に救い出せる自信もない。
老人は対魔教のための剣譜があると言っていたが(剣譜の話は黄世楊の出まかせなのだが、余雪にわかるはずもない)、それを探して習得するのには何年もかかるだろう。
何より、もう既に永芳が生きていなかったら……
余雪は息が苦しくなるほどの動悸を覚えて、ハッと目を開けた。
「うわっ!」
目の前に、大きな鶴がいた。
鶴は細い脚を湯につけて、余雪の顔を覗き込むように長い首を傾げていた。
越冬の時期は、とうに過ぎている。
初めて間近で見る鶴に、余雪はびっくりして固まってしまった。
鶴は珍しい物を確認するように、嘴の先で余雪の顔を何度か軽く突くと、湯から脚を抜いた。
片脚を引きずるように、ひょこひょこと歩く様子を見て、余雪は慌てて湯から出た。
「お前、怪我しているのか」
鶴は、余雪が脚に触るのにも大人しくしていた。骨に異常はなく、腫れもほとんど引いている。
ここは霊湯と呼ばれるほど効能のある温泉で、永芳の脚も歩けないほどの状態だったのが、ここでの湯治で回復した経緯があった。
鶴がその効能を知っていたわけではないのだろうが、結果としては湯治のおかげで怪我自体はもうほとんど治っているようだった。
おそらく、この脚のせいで群れから置いていかれたのだろう。余雪が哀れみを込めて白い羽を撫でると、鶴は長い首を余雪に摺り寄せた。
余雪が汚れた服を洗って乾かしている間も、鶴はそばをうろちょろして離れなかった。
服が乾くまで裸でまどろんでいた余雪は、脇腹を突かれて目を覚ました。
鶴は咥えていたミミズを余雪の目の前に落とすと、さらに嘴で地面を突いて幼虫を掘り出し、余雪に差し出した。
「お前と一緒にいたら、食いっぱぐれることはなさそうだな」
余雪はミミズを摘むと口を大きく開いて、鶴へ見せつけるように飲み込んだ。口に入れるのに抵抗がないわけではなかったが、老人に飲まされた血よりは、よっぽどましな味だった。
鶴は満足そうに頭を振ると、また嘴で地面を突き始めた。
「もう腹一杯だから、いらねえって!」
慌てて止めに入った余雪は、鶴が根を引きずり出そうとしていた花に目をやった。
白い花弁が幾重にも重なる花を、そっと掘り起こして両手で包む。
横から嘴を伸ばしてくる鶴の頭を押さえて、鼻先を花弁に寄せる。微かな甘い匂いは、永芳の香りだった。
鶴は食べようとした根を取られて怒ったのか、バサバサと翼をはためかせて向こうへ行ってしまった。
その後ろ姿をじっと見つめていた余雪は、ゆっくりと立ち上がると、怪我をして以来初めて剣を抜いた。
永芳に教えられた通りに内功を使い、剣を振るう。
鶴の動きが永芳の姿に重なり、その動きをなぞるように剣は自在に動いた。
──わかる……わかるよ、兄さん……
永芳が手取り足取り教えてくれた通りに、体が動く。そばで永芳が見守ってくれているようだった。
剣を振るうことで、永芳と繋がっているのだと感じた。
──兄さん、見て。俺のことを見て、褒めてよ……
今までうまく使いこなせず、持て余していた内功が剣技と噛み合うことで、余雪は飛鶴派剣法の真髄に触れた。
鶴は少し離れていたところで、頭を背中の羽毛にうずめて休んでいたが、余雪が剣をしまうとそばに寄ってきた。
「……お前も一人ぼっちなんだな」
甘えるように擦り寄せる頭を撫でながら、余雪が呟く。
鶴の夫婦は一生共に過ごすのだと、永芳は言っていた。
「俺は、何があっても兄さんを一人にはしない」
──だから、兄さんも俺を一人にしないでよ……
どんなに困難でも、何年かかっても、必ず永芳を見つけ出す。
余雪はそう誓って立ち上がった。
よろよろと立ち上がり、美しい朝焼けの光に虚しく照らされる廃墟を後にする。
煤で真っ黒に汚れてしまった余雪は、近くに温泉があることを思い出した。幼い頃に永芳に連れられて行ったきりだが、場所はわかる。
かつて永芳と二人で入ったときは大きな野湯だと思ったが、十年たった今見ると大して広くもない。
余雪は汚れた服を脱ぎ捨て、湯に浸かった。じんわりとした熱が、こわばった体に染み渡っていく。
余雪は岩肌に背中を預けると、静かに目を閉じた。
──これからどうしようか……
永芳を探すにしても、魔教の拠点は複数ある上に、部外者が正確な場所を知ることは難しい。
おまけに、余雪はたった一人きりだ。永芳を見つけられたとしても、魔教の手練れ相手に救い出せる自信もない。
老人は対魔教のための剣譜があると言っていたが(剣譜の話は黄世楊の出まかせなのだが、余雪にわかるはずもない)、それを探して習得するのには何年もかかるだろう。
何より、もう既に永芳が生きていなかったら……
余雪は息が苦しくなるほどの動悸を覚えて、ハッと目を開けた。
「うわっ!」
目の前に、大きな鶴がいた。
鶴は細い脚を湯につけて、余雪の顔を覗き込むように長い首を傾げていた。
越冬の時期は、とうに過ぎている。
初めて間近で見る鶴に、余雪はびっくりして固まってしまった。
鶴は珍しい物を確認するように、嘴の先で余雪の顔を何度か軽く突くと、湯から脚を抜いた。
片脚を引きずるように、ひょこひょこと歩く様子を見て、余雪は慌てて湯から出た。
「お前、怪我しているのか」
鶴は、余雪が脚に触るのにも大人しくしていた。骨に異常はなく、腫れもほとんど引いている。
ここは霊湯と呼ばれるほど効能のある温泉で、永芳の脚も歩けないほどの状態だったのが、ここでの湯治で回復した経緯があった。
鶴がその効能を知っていたわけではないのだろうが、結果としては湯治のおかげで怪我自体はもうほとんど治っているようだった。
おそらく、この脚のせいで群れから置いていかれたのだろう。余雪が哀れみを込めて白い羽を撫でると、鶴は長い首を余雪に摺り寄せた。
余雪が汚れた服を洗って乾かしている間も、鶴はそばをうろちょろして離れなかった。
服が乾くまで裸でまどろんでいた余雪は、脇腹を突かれて目を覚ました。
鶴は咥えていたミミズを余雪の目の前に落とすと、さらに嘴で地面を突いて幼虫を掘り出し、余雪に差し出した。
「お前と一緒にいたら、食いっぱぐれることはなさそうだな」
余雪はミミズを摘むと口を大きく開いて、鶴へ見せつけるように飲み込んだ。口に入れるのに抵抗がないわけではなかったが、老人に飲まされた血よりは、よっぽどましな味だった。
鶴は満足そうに頭を振ると、また嘴で地面を突き始めた。
「もう腹一杯だから、いらねえって!」
慌てて止めに入った余雪は、鶴が根を引きずり出そうとしていた花に目をやった。
白い花弁が幾重にも重なる花を、そっと掘り起こして両手で包む。
横から嘴を伸ばしてくる鶴の頭を押さえて、鼻先を花弁に寄せる。微かな甘い匂いは、永芳の香りだった。
鶴は食べようとした根を取られて怒ったのか、バサバサと翼をはためかせて向こうへ行ってしまった。
その後ろ姿をじっと見つめていた余雪は、ゆっくりと立ち上がると、怪我をして以来初めて剣を抜いた。
永芳に教えられた通りに内功を使い、剣を振るう。
鶴の動きが永芳の姿に重なり、その動きをなぞるように剣は自在に動いた。
──わかる……わかるよ、兄さん……
永芳が手取り足取り教えてくれた通りに、体が動く。そばで永芳が見守ってくれているようだった。
剣を振るうことで、永芳と繋がっているのだと感じた。
──兄さん、見て。俺のことを見て、褒めてよ……
今までうまく使いこなせず、持て余していた内功が剣技と噛み合うことで、余雪は飛鶴派剣法の真髄に触れた。
鶴は少し離れていたところで、頭を背中の羽毛にうずめて休んでいたが、余雪が剣をしまうとそばに寄ってきた。
「……お前も一人ぼっちなんだな」
甘えるように擦り寄せる頭を撫でながら、余雪が呟く。
鶴の夫婦は一生共に過ごすのだと、永芳は言っていた。
「俺は、何があっても兄さんを一人にはしない」
──だから、兄さんも俺を一人にしないでよ……
どんなに困難でも、何年かかっても、必ず永芳を見つけ出す。
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