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教主 劉玲華2

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 劉は一旦部屋を出ると、紙の束を持って戻ってきた。無言で渡された綴りを、意図がわからないまま受け取る。戸惑いながら読み進めるうちに、頁を捲る永芳の手が震えて止まった。

「飛鶴派の任総帥は、浮浪児を育てる篤志家と言われていましたね」

 紙に記された名前は、見覚えのあるものばかりだった。
 すぐに引き取り手が見つかった子、しばらく一緒に暮らしながら、いつの間にかどこかへ連れていかれた子……事情は様々だったが、そこに書かれていたのは、飛鶴派に身を寄せていた子どもの名前だった。
 そしてその字は、父であり飛鶴派総帥の任家杰の手によるものだった。

「そこに書かれた数字は、売られた金額です。横の名前は買主で、名前がなく金額だけものは……」

 劉は言い淀んで、気遣うように永芳の様子を伺った。

「……売られた子どもはどうなった?」

 大抵の子は、飛鶴派を支援する裕福な家に引き取られていった。帳面に記載された買主の名前も、見覚えはある。養子だと思っていたが、使用人として売られたのか? それならまだいい。住むところもなく盗みや物乞いをして暮らすよりは、余程ましなはずだ。
 そうであって欲しいと、請うように劉を見つめる。

「……慰み者となった子どものほとんどが、引き取られてすぐに命を落としています。金額だけが書いてある子は、臓器を売られているので……」

 金持ちの中には、滋養のために子どもの臓物を食す者がいるという噂は聞いたことがあった。

「あなたの父上だけが、これに関わっていたわけではありません。正派と称する剣派全体の、組織的な犯罪です。そして我が教も、それに加担していた。正邪は争っているように見せかけて、裏では繋がっていたのです。そして……火をつけたのは僕たちじゃない。証拠を隠滅しようとした任総帥です」

 永芳は血の気を失ってよろめいた。込み上げてきた吐き気に、手で口を覆う。
 劉は永芳の背中をさすり、汚れるのも構わずに手のひらを差し出した。永芳は喉元をせり上がる吐瀉物を、我慢しきれずに吐き出してしまう。
 胃が震えて、何度もえずいた。ほとんど何も食べていなかったせいで、生温い胃液だけがぼたぼたと垂れ落ちる。劉は何も言わずに、永芳の反吐を手で受けた。劉の方が恥じ入るような、泣きそうな表情をしていた。

「……あなたにこのことを話すべきか、迷いました。信じなくてもいい。むしろ信じない方が……ただ、武林に出れば、どうしてもこの話を聞いてしまうでしょう。ならば、僕から話をしたかった」

 永芳は寝台にうずくまり、肩を震わせた。
 違和感がなかったわけではない。
 不相応に潤沢な資金、頻繁に出入りする子どもたち、ここ数年の魔教との馴れ合いともいえる不可侵の関係……
 おかしいと思う機会は何度もあったのに、見て見ぬ振りをしたのは永芳の罪だった。
 劉は永芳の体を起こして、じっと目を見つめた。

「あなたの腱を切ったとき、僕はあなたを殺せと言われていました。あなたは才能に溢れていて、権力を独占したい正派の長老たちにとっては邪魔な存在だったのです」

 初めて知る真実に、永芳は声を失った。荒い呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせる。

「……それは、父も知っていたのか」

 震える声を絞り出した永芳へ、劉が戸惑いながら小さく頷く。
 永芳自身、余雪に激しい嫉妬を覚えた。教え子に追い抜かれる恐怖や屈辱は、身をもって理解できた。それでも、余雪が永芳にとって大切な弟子であることに変わりはなかった。殺したいなどと、思うはずもなかった。
 歯を食いしばり、呻き声を漏らす永芳を見る劉の目には、哀しみが透けていた。

「……あの日、飛鶴派本山での会合で、あなた方正派と我が教は正式に手を結ぶと発表する予定でした。権力を得たいがために仇敵と結託するなんて、許せなかった。僕は前教主を倒し、新しい教主の座につきました」

 永芳は困惑の表情で劉の目を見返した。

「お前が教主だと……」

 劉は静かに頷いた。

「そして、あなたに正派の総帥となって欲しい」

 永芳の目は、驚きで見開かれた。

「ばかな。わたしがそんな立場になど──」

 劉は永芳の顎を掴むと、顔を上向かせた。

「保身のためにあなたを殺そうとした長老たちに加担するつもりはないが、僕には正派を──飛鶴派を滅ぼさなければならないという使命がある。任総帥亡き後、ただ一人生き残ったあなたを殺してようやく、僕の宿願は成就する」

 劉は剣を取ると、永芳へ差し出した。

「長老たちがあなたを殺そうとしたのには、もう一つ理由があります」

 永芳は、劉が突きつける剣を受け取ることができず、ただじっと見つめた。

「それは、僕があなた方父子を殺さなければならない理由でもあるのです」
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