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通い弟子2
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狭く暗い物置部屋の片隅で、余雪は膝を抱えて座っていた。明かり取りの小窓さえない部屋では、どれくらいの時間が経ったのかもわからない。
腫れた頬が熱く火照ってじんじんと痛んだ。幸い歯は折れなかったから、おそらく手加減はしてくれたのだろう。
いつかここから出られるのだろうか。余雪がここにいることを、皆んなが忘れていたらどうしよう。心細さから涙が溢れる。鼻を啜ると、埃っぽい空気が肺に流れ込んできた。
温厚な永芳の、初めて見る剣幕だった。
叩かれた痛みよりも、自分に向けられた怒りに胸が苦しくなる。
ひもじさと不安を抱え、涙に濡れた顔を膝に埋めていると、静かに扉が開いた。
「腹が減っただろう」
手燭の弱々しい灯りに、永芳の端正な顔が浮かんだ。
「食べられるかい? 口の中は切れてない?」
永芳がちまきの葉を剥いて、余雪に差し出す。余雪は顔を上げて、おずおずと噛み締めた。福州のしょっぱい味付けとは違う、甘いちまきに一瞬ギョッとするが、そのまま黙々と食べた。
「痛かっただろう。いきなり叩いてすまなかった」
永芳はそっと手を伸ばし、熱を持った頬に触れた。永芳の内力が指先から流れ込んで、痛みが少しずつ和らいでいく。
「……怒らないの?」
「お前はもう反省しているのに、これ以上怒る必要はないだろう」
余雪は甘ったるいもち米を咀嚼しながら、静かに涙を流した。永芳が手巾を取り出して、それを拭う。
「お前を叩いたのは、朱彪に卑怯な手を使ったからじゃない。剣は、誰かと競ったり勝ち負けを決めるものじゃないと言っただろう。剣はお前を守るものなのに、お前は自分を傷つけているじゃないか」
余雪には、永芳の言う意味がよくわからない。朱彪を傷つけようとはしたが、自分を打ったり切ったりはしていない。
「自分の剣に誇りを持ちなさい。そして、惨めになるようなことはやめるんだ」
余雪は言葉を失い、動きを止めた。
口の中のちまきを上手く飲み込むことができない。
恥ずかしさと悔しさで、顔に熱が集まり、目の縁に涙が溜まる。
「……自分だって、頭を下げたじゃないか……」
余雪は震える声を絞り出した。
金持ちの子どもに媚びへつらって機嫌を取る永芳だって、充分惨めじゃないか。
俯いていると涙が溢れそうになるが、怖くて顔を上げることができない。
「わたしは恥ずかしいと思わない。それに、ああでもしないと、雪児が今度こそ破門になってしまう」
涙がぼたぼたと音を立てて、木の床に染みを作った。
「……どうせ俺なんて破門になっても……みんな清々するだけだ」
永芳は余雪の涙を拭くと、慰めるように微笑んだ。
「お前がいなくなるのは駄目だ。……わたしはお前の師父なんだから」
以前、永芳は父である総帥に、余雪の師父になれと言われた。だがそれは、分を超えて口を出した永芳に対する当てつけに過ぎない。
師父を名乗るほどの実力も立場もないことは、永芳本人が一番わかっていた。
今、師父を自認したのは、暗く沈む余雪を元気づけようとした永芳の軽口とわかっていても、冗談にされた言葉は、余雪の胸に針のように突き刺さった。
余雪はしばらく黙り込んだ後、おもむろに座り直すと、床に手を付いて頭を下げた。永芳が困惑しているのが伝わってくるが、構わず口を開く。
「……剣は得物に非ず、己の信念を貫き、俠侶を守るべきものなり。今日、師弟の契りを結んだ限りは、師を信じて道を違わず、全幅の至情を捧げ、門派の繁栄を計るべく剣の道に邁進することをお誓い申します」
入門の誓いを口にするのは、これで二度目だった。
一回目、総帥の任家杰に向かって言ったときは意味もわからず、ただ暗記した内容をそのまま話しただけだった。
でも二回目の今は、言葉の一つ一つが余雪の胸に迫った。
永芳に自覚がなくても構わない。でも、師父だと名乗った以上は、その役割を果たしてもらう。
余雪は誓いの言葉を言い終えると、ゆっくりと頭を上げ、永芳を見つめた。
腫れた頬が熱く火照ってじんじんと痛んだ。幸い歯は折れなかったから、おそらく手加減はしてくれたのだろう。
いつかここから出られるのだろうか。余雪がここにいることを、皆んなが忘れていたらどうしよう。心細さから涙が溢れる。鼻を啜ると、埃っぽい空気が肺に流れ込んできた。
温厚な永芳の、初めて見る剣幕だった。
叩かれた痛みよりも、自分に向けられた怒りに胸が苦しくなる。
ひもじさと不安を抱え、涙に濡れた顔を膝に埋めていると、静かに扉が開いた。
「腹が減っただろう」
手燭の弱々しい灯りに、永芳の端正な顔が浮かんだ。
「食べられるかい? 口の中は切れてない?」
永芳がちまきの葉を剥いて、余雪に差し出す。余雪は顔を上げて、おずおずと噛み締めた。福州のしょっぱい味付けとは違う、甘いちまきに一瞬ギョッとするが、そのまま黙々と食べた。
「痛かっただろう。いきなり叩いてすまなかった」
永芳はそっと手を伸ばし、熱を持った頬に触れた。永芳の内力が指先から流れ込んで、痛みが少しずつ和らいでいく。
「……怒らないの?」
「お前はもう反省しているのに、これ以上怒る必要はないだろう」
余雪は甘ったるいもち米を咀嚼しながら、静かに涙を流した。永芳が手巾を取り出して、それを拭う。
「お前を叩いたのは、朱彪に卑怯な手を使ったからじゃない。剣は、誰かと競ったり勝ち負けを決めるものじゃないと言っただろう。剣はお前を守るものなのに、お前は自分を傷つけているじゃないか」
余雪には、永芳の言う意味がよくわからない。朱彪を傷つけようとはしたが、自分を打ったり切ったりはしていない。
「自分の剣に誇りを持ちなさい。そして、惨めになるようなことはやめるんだ」
余雪は言葉を失い、動きを止めた。
口の中のちまきを上手く飲み込むことができない。
恥ずかしさと悔しさで、顔に熱が集まり、目の縁に涙が溜まる。
「……自分だって、頭を下げたじゃないか……」
余雪は震える声を絞り出した。
金持ちの子どもに媚びへつらって機嫌を取る永芳だって、充分惨めじゃないか。
俯いていると涙が溢れそうになるが、怖くて顔を上げることができない。
「わたしは恥ずかしいと思わない。それに、ああでもしないと、雪児が今度こそ破門になってしまう」
涙がぼたぼたと音を立てて、木の床に染みを作った。
「……どうせ俺なんて破門になっても……みんな清々するだけだ」
永芳は余雪の涙を拭くと、慰めるように微笑んだ。
「お前がいなくなるのは駄目だ。……わたしはお前の師父なんだから」
以前、永芳は父である総帥に、余雪の師父になれと言われた。だがそれは、分を超えて口を出した永芳に対する当てつけに過ぎない。
師父を名乗るほどの実力も立場もないことは、永芳本人が一番わかっていた。
今、師父を自認したのは、暗く沈む余雪を元気づけようとした永芳の軽口とわかっていても、冗談にされた言葉は、余雪の胸に針のように突き刺さった。
余雪はしばらく黙り込んだ後、おもむろに座り直すと、床に手を付いて頭を下げた。永芳が困惑しているのが伝わってくるが、構わず口を開く。
「……剣は得物に非ず、己の信念を貫き、俠侶を守るべきものなり。今日、師弟の契りを結んだ限りは、師を信じて道を違わず、全幅の至情を捧げ、門派の繁栄を計るべく剣の道に邁進することをお誓い申します」
入門の誓いを口にするのは、これで二度目だった。
一回目、総帥の任家杰に向かって言ったときは意味もわからず、ただ暗記した内容をそのまま話しただけだった。
でも二回目の今は、言葉の一つ一つが余雪の胸に迫った。
永芳に自覚がなくても構わない。でも、師父だと名乗った以上は、その役割を果たしてもらう。
余雪は誓いの言葉を言い終えると、ゆっくりと頭を上げ、永芳を見つめた。
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