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▼第16章 終章
▼16-3 玄奘三蔵法師
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ハルシャ・ヴァルダナという人物は、十六歳で王となり、文武両道の偉大な帝王となった。その治世は、王位にあった三十年の間兵乱は起こらず、政情は平和に、倹約に努め、福徳を行い、慈善を施した、と讃えられるものだった。
だが彼も、十四歳くらいの時代には、普通の少年と同様に自分というものの存在意義について真剣に悩むという等身大の少年だったのかもしれない。突然外国の音楽を聴き始めたり、詩を書き始めたり、自分には凄い力があってみんなが危機に陥った時に自分の活躍で助けることができると思ったり、妹の結婚が決まった時に大人は汚いと義憤を抱いたり、といった、十四歳くらいの少年の誰もが通る道を、他の少年と同様に臆病な自尊心と尊大な羞恥心を抱えながら歩んでいたのだ。
大詩人カーリダーサに憧憬の念を抱いていたハルシャ少年は、運命の成り行きで王になった。なので文人になって歴史に名を残す必要は無くなった。が、単なる武勲により領土を拡張した王ではなく、文人としても優れた王になり、治世の中では詩人バーナをはじめとする文人たちを庇護したところに、ハルシャの初志貫徹ぶりが発現していた。
ハルシャ王が書いた戯曲は三本伝わっている。『プリヤダルシカー』『ラトナーヴァリー』『ナーガーナンダ』である。代表作の『ナーガーナンダ』は竜王の喜びという意味である。とある国の王子と別の国の王女がすれ違いを経た末に結婚するのだが、その王子が竜王の危機を救うために自らが金翅鳥 (ガルーダ) の餌食となる。最終的に女神の慈悲によって王子は復活する、という物語だ。ジャヤセーナ論師から習った捨身飼虎の精神が盛り込まれている極めて仏教的な内容の作品だ。
仏教を弾圧したことで知られるエフタルのミヒラクラ王やカルナ・スヴァルナ国のシャシャーンカ王とは違って、ハルシャ王は宗教全般に対して寛容であった。元は婆羅門の教えを奉じてシヴァ神を崇敬していたが、最愛の妹のラージャシュリーに影響されて仏教を尊重するようになった。
なので、ハルシャ王が在位中に、遠路遥々大唐帝国からシルクロードを渡って天竺取経の旅をしてきた高徳の僧侶を庇護することとなった。
それが『西遊記』のモデルとして知られる玄奘三蔵法師であった。
逆に、玄奘三蔵法師の視点から言えば、取経のために長旅を経て天竺に到達した時、その時の最も大きな国の王がハルシャ・ヴァルダナだったということだ。
天竺に到着した玄奘三蔵法師はインド各地を旅した。杖林山にも赴き、その時まだ存命であったジャヤセーナ論師に会い、二年師事した。『唯識決択論』『意義理論』『成無畏論』『不住涅槃』『十二因縁論』『荘厳経論』を学んで『瑜伽』『因明』などの疑問を解いて理解を深めていた。
玄奘三蔵法師が初めてハルシャ王と対面した時、王は節歩鼓を行っていた。十四歳の頃に夢で見て、大王にならない限り許されない歩き方として心の隅に留めておいたものを、ハルシャは実現できるほどの大王にまでなっていたのだった。
玄奘三蔵法師と面会したハルシャ王は、挨拶を済ませると、最初に質問したのは唐国の音楽に関することだった。
「唐国には秦王破陣楽という音楽があると聞いておりますぞ」
「王様、よくご存じで。その秦王というのが、現在の大唐帝国の皇帝であられます。遥か遠い国の音楽事情まで収集しておられるとは恐れ入りました」
「十四歳くらいの頃に、外国の音楽を聴きたいと思ったものです。大人になり、王になり、実際に外国の音楽について情報を得ることができる立場になったというだけのことです。その頃には、ここではないどこかへ行きたい、とも渇望しておったものです。しかし、大人になって王になると、逆にしがらみに雁字搦めにされて、好き勝手にどこかへ旅に出るのはかえって難しくなりました。そこへくると、仏教の真実を求めて遠き唐国から遠路遥々我がインドまで来てしまうという、法師殿の行動力の方にこそ恐れ入りますぞ」
「誰かがやってくれれば、拙僧がここまで来る必要は無かったのです。ですが、誰もやっていない、あるいはやっている人がいたとしてもその仕事内容に納得行かない、といった場合は、ならば自分がやるしかない、となるものです。そもそも、拙僧は天竺に来ることが目標ではありません。経典を入手することも言うなれば目的のための手段でしかありません。あくまでも目指すのは、経典を漢語に翻訳して、本当の意味での仏教研究を進められるようにすることです」
「そのような志の高い法師殿に遠い所お越しいただき光栄です。ところで、我が国では五年に一度、無遮大施という聖俗貴賤の別を問わない布施の行事を七十五日にわたって大々的に開催しておりまして、今年がまさにその開催年となっております。是非法師殿にもご参加いただきたいです」
玄奘三蔵法師が訪問する以前からハルシャは、年に一度諸国の僧侶を集めて広く侃々諤々の議論を興していた。五年に一度の無遮大施は、第六回目の開催の年に当たっていた。
「はい、それは楽しみです」
無遮大施は、ガンジス河とジャムナ河の合流地点に施場を設置して開催された。四方に蘆を立てて籬とし、外には炊事場、内には長屋を数百軒建てた。一つの長屋につき千人程度の人を収容できるほどの大きさだ。これらの長屋には、金銀、真珠、紅玻璃、宝帝青珠、大青珠などの宝物が施しのために準備された。
会場にはハルシャ王に従属する十八国の地方支配者たちをはじめとして、五十万人の人々が集まる大々的な大会となった。
ハルシャもまた、身に纏っていた豪華な王の衣装と装身具も喜捨した。火珠の瓔珞、赤珠の首飾り、水精珠の耳當、琅干珠の金と銀の臂釧、濃い青の琉璃珠の頸珠も含まれていた。水精珠の耳當はラージャシュリーのものだが、喜捨の儀式のためにハルシャが預かっていた。衣装をも喜捨したハルシャは、裸で過ごすわけにもいかないので、妹から粗末な衣服を受け取っていた。
第六回無遮大施の年の時点でハルシャの正妻のドゥルガヴァティが存命だったかどうかは不明だが、この大事な場面で妹から衣服を受け取ったということは、いかにその妹がハルシャにとって重要な人物であったかが判るというものだ。
ハルシャの装身具は亡き両親と兄の遺品でもあるので、ここでの喜捨はあくまでも見せるためのものだ。この大会に参加しているハルシャに忠誠を誓う小藩王たちによって王家の財産は大部分が買い戻されているし、水精珠の耳當は後でハルシャからラージャシュリーに返している。だが、この大会で莫大な額の喜捨が行われたのは事実だ。
ハルシャ王の庇護を受けて無事に天竺取経を果たした玄奘はその後無事に唐に帰国し、持ち帰ったサンスクリットの仏典を漢語に翻訳する事業に心血を注いだ。玄奘による『般若心経』などの翻訳は、日本を含む東アジアのその後の仏教に大いなる影響を与えた。
その一方、皮肉なことに仏教の元祖であるインドでは、ハルシャ・ヴァルダナ王の没後の混乱期以降は仏教は著しく衰退してしまう。
だが彼も、十四歳くらいの時代には、普通の少年と同様に自分というものの存在意義について真剣に悩むという等身大の少年だったのかもしれない。突然外国の音楽を聴き始めたり、詩を書き始めたり、自分には凄い力があってみんなが危機に陥った時に自分の活躍で助けることができると思ったり、妹の結婚が決まった時に大人は汚いと義憤を抱いたり、といった、十四歳くらいの少年の誰もが通る道を、他の少年と同様に臆病な自尊心と尊大な羞恥心を抱えながら歩んでいたのだ。
大詩人カーリダーサに憧憬の念を抱いていたハルシャ少年は、運命の成り行きで王になった。なので文人になって歴史に名を残す必要は無くなった。が、単なる武勲により領土を拡張した王ではなく、文人としても優れた王になり、治世の中では詩人バーナをはじめとする文人たちを庇護したところに、ハルシャの初志貫徹ぶりが発現していた。
ハルシャ王が書いた戯曲は三本伝わっている。『プリヤダルシカー』『ラトナーヴァリー』『ナーガーナンダ』である。代表作の『ナーガーナンダ』は竜王の喜びという意味である。とある国の王子と別の国の王女がすれ違いを経た末に結婚するのだが、その王子が竜王の危機を救うために自らが金翅鳥 (ガルーダ) の餌食となる。最終的に女神の慈悲によって王子は復活する、という物語だ。ジャヤセーナ論師から習った捨身飼虎の精神が盛り込まれている極めて仏教的な内容の作品だ。
仏教を弾圧したことで知られるエフタルのミヒラクラ王やカルナ・スヴァルナ国のシャシャーンカ王とは違って、ハルシャ王は宗教全般に対して寛容であった。元は婆羅門の教えを奉じてシヴァ神を崇敬していたが、最愛の妹のラージャシュリーに影響されて仏教を尊重するようになった。
なので、ハルシャ王が在位中に、遠路遥々大唐帝国からシルクロードを渡って天竺取経の旅をしてきた高徳の僧侶を庇護することとなった。
それが『西遊記』のモデルとして知られる玄奘三蔵法師であった。
逆に、玄奘三蔵法師の視点から言えば、取経のために長旅を経て天竺に到達した時、その時の最も大きな国の王がハルシャ・ヴァルダナだったということだ。
天竺に到着した玄奘三蔵法師はインド各地を旅した。杖林山にも赴き、その時まだ存命であったジャヤセーナ論師に会い、二年師事した。『唯識決択論』『意義理論』『成無畏論』『不住涅槃』『十二因縁論』『荘厳経論』を学んで『瑜伽』『因明』などの疑問を解いて理解を深めていた。
玄奘三蔵法師が初めてハルシャ王と対面した時、王は節歩鼓を行っていた。十四歳の頃に夢で見て、大王にならない限り許されない歩き方として心の隅に留めておいたものを、ハルシャは実現できるほどの大王にまでなっていたのだった。
玄奘三蔵法師と面会したハルシャ王は、挨拶を済ませると、最初に質問したのは唐国の音楽に関することだった。
「唐国には秦王破陣楽という音楽があると聞いておりますぞ」
「王様、よくご存じで。その秦王というのが、現在の大唐帝国の皇帝であられます。遥か遠い国の音楽事情まで収集しておられるとは恐れ入りました」
「十四歳くらいの頃に、外国の音楽を聴きたいと思ったものです。大人になり、王になり、実際に外国の音楽について情報を得ることができる立場になったというだけのことです。その頃には、ここではないどこかへ行きたい、とも渇望しておったものです。しかし、大人になって王になると、逆にしがらみに雁字搦めにされて、好き勝手にどこかへ旅に出るのはかえって難しくなりました。そこへくると、仏教の真実を求めて遠き唐国から遠路遥々我がインドまで来てしまうという、法師殿の行動力の方にこそ恐れ入りますぞ」
「誰かがやってくれれば、拙僧がここまで来る必要は無かったのです。ですが、誰もやっていない、あるいはやっている人がいたとしてもその仕事内容に納得行かない、といった場合は、ならば自分がやるしかない、となるものです。そもそも、拙僧は天竺に来ることが目標ではありません。経典を入手することも言うなれば目的のための手段でしかありません。あくまでも目指すのは、経典を漢語に翻訳して、本当の意味での仏教研究を進められるようにすることです」
「そのような志の高い法師殿に遠い所お越しいただき光栄です。ところで、我が国では五年に一度、無遮大施という聖俗貴賤の別を問わない布施の行事を七十五日にわたって大々的に開催しておりまして、今年がまさにその開催年となっております。是非法師殿にもご参加いただきたいです」
玄奘三蔵法師が訪問する以前からハルシャは、年に一度諸国の僧侶を集めて広く侃々諤々の議論を興していた。五年に一度の無遮大施は、第六回目の開催の年に当たっていた。
「はい、それは楽しみです」
無遮大施は、ガンジス河とジャムナ河の合流地点に施場を設置して開催された。四方に蘆を立てて籬とし、外には炊事場、内には長屋を数百軒建てた。一つの長屋につき千人程度の人を収容できるほどの大きさだ。これらの長屋には、金銀、真珠、紅玻璃、宝帝青珠、大青珠などの宝物が施しのために準備された。
会場にはハルシャ王に従属する十八国の地方支配者たちをはじめとして、五十万人の人々が集まる大々的な大会となった。
ハルシャもまた、身に纏っていた豪華な王の衣装と装身具も喜捨した。火珠の瓔珞、赤珠の首飾り、水精珠の耳當、琅干珠の金と銀の臂釧、濃い青の琉璃珠の頸珠も含まれていた。水精珠の耳當はラージャシュリーのものだが、喜捨の儀式のためにハルシャが預かっていた。衣装をも喜捨したハルシャは、裸で過ごすわけにもいかないので、妹から粗末な衣服を受け取っていた。
第六回無遮大施の年の時点でハルシャの正妻のドゥルガヴァティが存命だったかどうかは不明だが、この大事な場面で妹から衣服を受け取ったということは、いかにその妹がハルシャにとって重要な人物であったかが判るというものだ。
ハルシャの装身具は亡き両親と兄の遺品でもあるので、ここでの喜捨はあくまでも見せるためのものだ。この大会に参加しているハルシャに忠誠を誓う小藩王たちによって王家の財産は大部分が買い戻されているし、水精珠の耳當は後でハルシャからラージャシュリーに返している。だが、この大会で莫大な額の喜捨が行われたのは事実だ。
ハルシャ王の庇護を受けて無事に天竺取経を果たした玄奘はその後無事に唐に帰国し、持ち帰ったサンスクリットの仏典を漢語に翻訳する事業に心血を注いだ。玄奘による『般若心経』などの翻訳は、日本を含む東アジアのその後の仏教に大いなる影響を与えた。
その一方、皮肉なことに仏教の元祖であるインドでは、ハルシャ・ヴァルダナ王の没後の混乱期以降は仏教は著しく衰退してしまう。
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