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▼第11章 風雲のカナウジ
▼11-1 木を伐る者
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時系列でいえば、結果的にハルシャが事実を知ったのは全て順番が逆だった。
カナウジが陥落し義弟グラハヴァルマン王が殺され、妹のラージャシュリーが幽閉された。
そのことを伝えるために使者のラージャシュリー専属護衛サムヴァダカがタネシュワールに向かって急行している頃、王が助からないことを悟った王妃が郊外の森で焼身自決を図った。
ラージャー第一王子とハルシャ第二王子に看取られて、プラバーカラ王が崩御した。
長老と呼ばれるような年齢まで長生きできる人間が少ない時代ではあるが、プラバーカラ王には特に持病も無く、白フン族との戦いで受けた矢傷もものともせず健康だった。その父が急死した。早過ぎる、若過ぎる別れであった。
三つの不幸が同時多発で起きてしまい、父、母、義弟が死去した。悲しみが飽和しすぎて自分でも理解が追い付かないくらいであるが、ハルシャにとって最愛の妹であるラージャシュリーはまだ生きていてカナウジで幽閉されている。復讐よりもラージャシュリーの救出が最優先であることは新国王になるラージャーの意向も一致している。
翌日、王と王妃の葬儀が行われた。法官と関連部署が事前に準備を進めていたので、王妃の葬儀も加わることになったが、滞りなく遂行することができた。今回の葬儀はあくまでも簡易的なもので、カナウジを解放して義弟グラハヴァルマンの仇を討ってラージャシュリーを救出して落ち着いたら、後日改めて大きな規模で実施する、という方針となった。
葬儀の最中にも、軍事長官は軍の編成と輜重の準備を行っていた。
簡易版の葬儀が終わって、王と王妃の簡易的な墓が建てられた。墓も後日正式な大きな墓を用意する予定だ。
気持ちに区切りをつけて、ハルシャは涙を拭った。父母の死を悼むのは息子の義務だが、生きている妹を救うのが先決だ。今は人質として幽閉されているようだが、いつ用無しと判断されて処刑されるか分からない。殺されたという義弟の弔い合戦で敵を撃破するのだ。
兄、ラージャー王子の即位式も簡易的ではあるが行われた。
新王ラージャーを総指揮官として、一〇〇〇〇騎の騎兵が編成された。タネシュワールからカナウジまでの移動もあることから、機動性を重視して象軍ではなく騎兵を主力としたのだ。
その後を追う形で輜重隊がついて行くことになる。その輜重隊の指揮官としてハルシャが任命された。
ハルシャにとっては実戦に出るのは初めてなので初陣ということになる。輜重隊なので敵の主力と本格的な戦闘になる機会は恐らく無いだろうが、座学や訓練で学んできたことを実地でできるかどうかが試される。多くの人や馬や象が集まる隊をきちんと纏めて、長距離を進軍するというのも指揮官としての実力が問われるものだ。
ハルシャは象の上に乗っての進軍だ。象の首に跨って操る練習もしているが、操縦者は専門の者が担っている。ハルシャは人が乗る用の箱型の鞍の中だ。
ハルシャの乗る象の横を、槍を持った大柄な男が徒歩で進んでいる。ラージャシュリーの専属護衛サムヴァダカだ。カナウジを脱出してラージャシュリーの急を告げるために福地たるタネの古戦場まで駆けつけたが、サムヴァダカの本来の持ち場は当然ながらラージャシュリーの側だ。カナウジに向かう行軍に同行させてほしいと申し出てたところ、ハルシャの軍と一緒に行くことになったのだ。
進軍の途中にも、ひっきりなしに斥候からの情報が伝わってきた。
カナウジを陥落させた後、シャシャーンカ王はカナウジの守将と共にデーヴァグプタの軍も駐留軍として残して、西ベンガルのカルナ・スヴァルナ国に戻って行ったらしい。
「なんだシャシャーンカ王、怯えて巣穴に逃げやがったのか。よほどそのデーヴァグプタって奴を信頼しているのか、あるいは赤煉瓦のカルナ・スヴァルナが安全で気に入っているのか」
「それが、どうやら移動の過程で仏教の寺院や仏塔 (ストゥーパ) など、全てではないけど大きな目ぼしい所を破壊して行くのが今回の出征の理由だったようで」
「なんですと。それは本当ですか」
真っ先に反応したのは、象の下で斥候と並んで歩いていたサムヴァダカだった。
「シャシャーンカ王は、行きがけの駄賃代わりということで、カナウジに来る途中でブッダガヤに立ち寄り、そこで仏陀が悟りを開いたという菩提樹を伐採したそうです。根本近くから伐り倒した上に、残った根には庶糖の汁をかけて腐らせようとしているのだとか」
「聖なる菩提樹を損ねるとは、なんと罰当たりな」
サムヴァダカは本気で憤っていた。主人のラージャシュリーが仏教を奉じているからか、専属護衛もまた熱心な仏教徒だったのだ。
「いずれにせよ、敵の総大将が巣穴に帰ってしまった以上、手先であるデーヴァグプタを倒してカナウジを解放してラージャシュリーを無事に救出するのが先決か。それから改めてベンガルまで攻め込むのか。この戦争は長引きそうだな」
口に出してから、その戦い方が現実的でないことをハルシャは気づいていた。タネシュワールからカルナ・スヴァルナまで遠征するとなると、補給線が長くなり過ぎて継続して戦うのが難しくなる。実際に輜重部隊を率いているのだから、補給物資はカナウジを奪還するまでの分が精一杯だと思われる。
作戦を決めるのは総指揮官である兄のラージャー王であるが、ハルシャもまた自分が仮に総指揮官だったらどうするべきか、真剣に考えていた。
「まあ、一番肝心なのは、どうカナウジに幽閉されているラージャシュリーと連絡を取れるか、だな」
カナウジが陥落し義弟グラハヴァルマン王が殺され、妹のラージャシュリーが幽閉された。
そのことを伝えるために使者のラージャシュリー専属護衛サムヴァダカがタネシュワールに向かって急行している頃、王が助からないことを悟った王妃が郊外の森で焼身自決を図った。
ラージャー第一王子とハルシャ第二王子に看取られて、プラバーカラ王が崩御した。
長老と呼ばれるような年齢まで長生きできる人間が少ない時代ではあるが、プラバーカラ王には特に持病も無く、白フン族との戦いで受けた矢傷もものともせず健康だった。その父が急死した。早過ぎる、若過ぎる別れであった。
三つの不幸が同時多発で起きてしまい、父、母、義弟が死去した。悲しみが飽和しすぎて自分でも理解が追い付かないくらいであるが、ハルシャにとって最愛の妹であるラージャシュリーはまだ生きていてカナウジで幽閉されている。復讐よりもラージャシュリーの救出が最優先であることは新国王になるラージャーの意向も一致している。
翌日、王と王妃の葬儀が行われた。法官と関連部署が事前に準備を進めていたので、王妃の葬儀も加わることになったが、滞りなく遂行することができた。今回の葬儀はあくまでも簡易的なもので、カナウジを解放して義弟グラハヴァルマンの仇を討ってラージャシュリーを救出して落ち着いたら、後日改めて大きな規模で実施する、という方針となった。
葬儀の最中にも、軍事長官は軍の編成と輜重の準備を行っていた。
簡易版の葬儀が終わって、王と王妃の簡易的な墓が建てられた。墓も後日正式な大きな墓を用意する予定だ。
気持ちに区切りをつけて、ハルシャは涙を拭った。父母の死を悼むのは息子の義務だが、生きている妹を救うのが先決だ。今は人質として幽閉されているようだが、いつ用無しと判断されて処刑されるか分からない。殺されたという義弟の弔い合戦で敵を撃破するのだ。
兄、ラージャー王子の即位式も簡易的ではあるが行われた。
新王ラージャーを総指揮官として、一〇〇〇〇騎の騎兵が編成された。タネシュワールからカナウジまでの移動もあることから、機動性を重視して象軍ではなく騎兵を主力としたのだ。
その後を追う形で輜重隊がついて行くことになる。その輜重隊の指揮官としてハルシャが任命された。
ハルシャにとっては実戦に出るのは初めてなので初陣ということになる。輜重隊なので敵の主力と本格的な戦闘になる機会は恐らく無いだろうが、座学や訓練で学んできたことを実地でできるかどうかが試される。多くの人や馬や象が集まる隊をきちんと纏めて、長距離を進軍するというのも指揮官としての実力が問われるものだ。
ハルシャは象の上に乗っての進軍だ。象の首に跨って操る練習もしているが、操縦者は専門の者が担っている。ハルシャは人が乗る用の箱型の鞍の中だ。
ハルシャの乗る象の横を、槍を持った大柄な男が徒歩で進んでいる。ラージャシュリーの専属護衛サムヴァダカだ。カナウジを脱出してラージャシュリーの急を告げるために福地たるタネの古戦場まで駆けつけたが、サムヴァダカの本来の持ち場は当然ながらラージャシュリーの側だ。カナウジに向かう行軍に同行させてほしいと申し出てたところ、ハルシャの軍と一緒に行くことになったのだ。
進軍の途中にも、ひっきりなしに斥候からの情報が伝わってきた。
カナウジを陥落させた後、シャシャーンカ王はカナウジの守将と共にデーヴァグプタの軍も駐留軍として残して、西ベンガルのカルナ・スヴァルナ国に戻って行ったらしい。
「なんだシャシャーンカ王、怯えて巣穴に逃げやがったのか。よほどそのデーヴァグプタって奴を信頼しているのか、あるいは赤煉瓦のカルナ・スヴァルナが安全で気に入っているのか」
「それが、どうやら移動の過程で仏教の寺院や仏塔 (ストゥーパ) など、全てではないけど大きな目ぼしい所を破壊して行くのが今回の出征の理由だったようで」
「なんですと。それは本当ですか」
真っ先に反応したのは、象の下で斥候と並んで歩いていたサムヴァダカだった。
「シャシャーンカ王は、行きがけの駄賃代わりということで、カナウジに来る途中でブッダガヤに立ち寄り、そこで仏陀が悟りを開いたという菩提樹を伐採したそうです。根本近くから伐り倒した上に、残った根には庶糖の汁をかけて腐らせようとしているのだとか」
「聖なる菩提樹を損ねるとは、なんと罰当たりな」
サムヴァダカは本気で憤っていた。主人のラージャシュリーが仏教を奉じているからか、専属護衛もまた熱心な仏教徒だったのだ。
「いずれにせよ、敵の総大将が巣穴に帰ってしまった以上、手先であるデーヴァグプタを倒してカナウジを解放してラージャシュリーを無事に救出するのが先決か。それから改めてベンガルまで攻め込むのか。この戦争は長引きそうだな」
口に出してから、その戦い方が現実的でないことをハルシャは気づいていた。タネシュワールからカルナ・スヴァルナまで遠征するとなると、補給線が長くなり過ぎて継続して戦うのが難しくなる。実際に輜重部隊を率いているのだから、補給物資はカナウジを奪還するまでの分が精一杯だと思われる。
作戦を決めるのは総指揮官である兄のラージャー王であるが、ハルシャもまた自分が仮に総指揮官だったらどうするべきか、真剣に考えていた。
「まあ、一番肝心なのは、どうカナウジに幽閉されているラージャシュリーと連絡を取れるか、だな」
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