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▼第5章 本生譚の慈悲
▼5-2 毒矢と筏
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なかなか妹と仲を深めるきっかけが掴めず、少しの敗北感を抱えながらハルシャも自室へ戻った。今の時間は講義も訓練も無く自由だが、ラージャシュリーから冷淡にあしらわれて嫌いだと言われてしまっては、何の気力も起きなかった。詩を詠もうという気分にもなれない。気分転換に音楽でも聴きたいと思い、宮廷付きの宮女たちで編制された楽団を呼ぶことにした。
十四歳の少年のありがちな傾向として、他の国の音楽を聞いてみたいという願望はある。自分の知っている世界だけではなく、知らない世界にまで翼を広げてみたいのだ。そして、自国の音楽を聞いて満足している人々と自分は違うのだ、という一種の優越感を抱いてみたい。
だが、呼んだ楽団が奏するのは聞きなれた地元の音楽だ。それでも、地元の音楽を嫌っているのではない。歌に乗せる管弦の演奏には十種の奏法があって飽きることは無いし、緩急三種の拍子が鮮やかに刻まれると、聞いているハルシャも自ずと興が乗って体が動き出す。ゴープッチャ休符が後を追って曲に明確な輪郭線を描く。
楽師の指先は、タットヴァ、オーガ、アヌガタと弾じて、妙なる響きを生み出し、ハルシャのささくれ立った心を優しく慰撫する。
芸術は人にとって必要な糧だ。その思いを新たにして、ハルシャは自分の世界に浸っていった。
翌日は午前中から仏教の講義があった。ハルシャにとって参加する理由は当然ラージャシュリーの存在であったが、いざ出席してみると、その理由が不在だった。真ん中の席だけ空白で、その向こうに座っているラージャー第一王子の横顔だけが窺える。
「すいません、ジャヤセーナ論師。講義を始める前に、ラージャシュリーが来ていないのですが。どうしたんでしょうか。体調が悪いとかですか」
「さあ。休みの理由までは聞いていません」
「忘れているだけなら、呼びに行った方がいいのでは」
「仏教の講義は、お二人の王子殿下たちにとっての勉学とは違って、義務ではありませんから。出席しないならしないで、別にかまいません。講義を始めましょうか」
肝心のラージャシュリーが隣に居ないのなら、わざわざ仏教の難しい講義にハルシャが参加する意味も無い。
「だったら俺も講義は欠席させていただきます。義務じゃないんだし」
「よろしいですよ。ラージャー第一王子はどうなさいますか。三人とも欠席なら講義自体中止しますし、一人でも聴講者が居るのなら、小生もきちんと講義を行いますが」
今まで黙ってやや俯き加減だったラージャーが顔を挙げて論師を真っ直ぐ見据えた。
「僕は講義を受けたいです。急に空時間ができても持て余すだけですし、せっかく来ていただいた論師様にも申し訳ない。それに、ラージャシュリーがいない間に仏教について多くを吸収して、少しでもラージャシュリーの仏教に関する見識に追いつきたいですから。というわけで、一人だけのためにお話しいただくのも申し訳ない感じもありますが、宜しくお願いいたします」
落ち着いた声で整然と述べたラージャー王子の意見は、自分の都合だけで言っているハルシャの言葉よりもずっと格好良かった。こういうところの対応で、自分は兄に負けていて、まだまだ子どもなのだと思い知らされる。
「す、すみません。やっぱり俺も講義を受けます」
結局は兄への張り合いの気持ちが勝った。
「どうやら、ラージャー王子はともかく、ハルシャ王子はあまり乗り気で仏教の講義を受けるのではないようですな。ならば、本日は少し趣向を変えて、実生活にも役に立つ教訓として分かりやすい例え話をしましょう。ラージャシュリー様には話したことがあるのですが、毒矢のたとえ、というのをご存知でしょうか」
ハルシャは聞いたことが無いため、やる気の無い脱力した表情のまま黙っていた。が、兄のラージャーは聞いたことがありますと返答した。
ハルシャはちらりとラージャーの横顔を一瞥した。こんなところでまで、兄と自分との差を見せられてしまっている。他人がどうこうではなく大事なのは自分が自分としてしっかりと地に足をつけて立つことができるかどうかなのだが、どうしても兄とは比較してしまう。
「ラージャー王子はご存知とのことですが、復習のつもりで聞いてください。ある人が毒箭で射られて苦しんでいました。医者が呼ばれて来ましたが、矢が当たったその本人が矢を抜くことを拒否します。私を射た者が王族であるか婆羅門であるか庶民であるか奴隷であるかを知るまでは抜き取ってはならない。またその者の名は何であるか。またその者は背が高かったか低かったか中くらいであったか、皮膚の色は黒かったか黄色だったか金色であったか。その者はどこに住んでいるのか。その弓は普通の弓か強弓であるか。弦や箭幹やその羽根の材料は何であったか。その箭の形はどうであったか。こういうことが分からない間はこの矢を抜き取ってはならない。と、そんなことを言ったとします。ですが、そんなことを言っていたのでは、毒が回って死んでしまいます。この譬え話が何の教訓になるか、ハルシャ王子はご自分でよく考えてください」
「その答えはジャヤセーナ論師が教えてくれるのではないのですか」
「それでは何も実にならないではありませんか。自分で考えて答えに至ることが重要ですぞ。これは宿題ということになります」
それでも仏教初心者のハルシャにとっては、因明とか唯識とか難しい言葉の細々した意味をああでもないこうでもないと論じるよりは、分かりやすく親しみやすいものだった。
「他にもいくつか譬え話をしてみましょうかね。これも以前にラージャシュリー様には話したことがあるのですが、筏の譬えをお話ししましょう」
旅人がいたとする。順調に旅路を進んできたが、ある時大河に当たった。鰐が住んでいて危険な上に水深もある大きな河なので歩いて渡るのも難しい。渡し守もいない。旅人は持っている鉈を使って木を伐り倒し、象のように臭うカレーリ蔓草を利用して簡易の筏を作った。それにより旅人は無事に渡河を果たした。旅人は筏に感謝した。
さて、旅人はその後、どう行動すべきだろうか。
筏に感謝して恩義を感じている。だから、筏を抱えてその後の旅を続けるべきだろうか。
重い荷物である筏を引きずって陸地を歩いていても、筏が役に立つ場面があるわけではない。筏はあくまでも河を渡る時にこそ活躍できるものだ。
河を渡り終えたら、そこに筏を残して旅を続ければ良いのだ。そうすれば旅人は余計な重い荷物を持たずに済む。置いていかれた筏は、旅人を渡したことによって役目を果たしたのだ。もしもすぐに河を反対に渡りたい他の人が来たら、その人が筏を利用して役に立つ機会もあるかもしれない。
「この譬え話は、どういう状況で役に立つのでしょうか」
「それも、ハルシャ王子がご自分でお考えください。この譬え話自体が筏なのですよ。普段は忘れていても、それが必要な場面になれば、思い出すことができるはずです」
十四歳の少年のありがちな傾向として、他の国の音楽を聞いてみたいという願望はある。自分の知っている世界だけではなく、知らない世界にまで翼を広げてみたいのだ。そして、自国の音楽を聞いて満足している人々と自分は違うのだ、という一種の優越感を抱いてみたい。
だが、呼んだ楽団が奏するのは聞きなれた地元の音楽だ。それでも、地元の音楽を嫌っているのではない。歌に乗せる管弦の演奏には十種の奏法があって飽きることは無いし、緩急三種の拍子が鮮やかに刻まれると、聞いているハルシャも自ずと興が乗って体が動き出す。ゴープッチャ休符が後を追って曲に明確な輪郭線を描く。
楽師の指先は、タットヴァ、オーガ、アヌガタと弾じて、妙なる響きを生み出し、ハルシャのささくれ立った心を優しく慰撫する。
芸術は人にとって必要な糧だ。その思いを新たにして、ハルシャは自分の世界に浸っていった。
翌日は午前中から仏教の講義があった。ハルシャにとって参加する理由は当然ラージャシュリーの存在であったが、いざ出席してみると、その理由が不在だった。真ん中の席だけ空白で、その向こうに座っているラージャー第一王子の横顔だけが窺える。
「すいません、ジャヤセーナ論師。講義を始める前に、ラージャシュリーが来ていないのですが。どうしたんでしょうか。体調が悪いとかですか」
「さあ。休みの理由までは聞いていません」
「忘れているだけなら、呼びに行った方がいいのでは」
「仏教の講義は、お二人の王子殿下たちにとっての勉学とは違って、義務ではありませんから。出席しないならしないで、別にかまいません。講義を始めましょうか」
肝心のラージャシュリーが隣に居ないのなら、わざわざ仏教の難しい講義にハルシャが参加する意味も無い。
「だったら俺も講義は欠席させていただきます。義務じゃないんだし」
「よろしいですよ。ラージャー第一王子はどうなさいますか。三人とも欠席なら講義自体中止しますし、一人でも聴講者が居るのなら、小生もきちんと講義を行いますが」
今まで黙ってやや俯き加減だったラージャーが顔を挙げて論師を真っ直ぐ見据えた。
「僕は講義を受けたいです。急に空時間ができても持て余すだけですし、せっかく来ていただいた論師様にも申し訳ない。それに、ラージャシュリーがいない間に仏教について多くを吸収して、少しでもラージャシュリーの仏教に関する見識に追いつきたいですから。というわけで、一人だけのためにお話しいただくのも申し訳ない感じもありますが、宜しくお願いいたします」
落ち着いた声で整然と述べたラージャー王子の意見は、自分の都合だけで言っているハルシャの言葉よりもずっと格好良かった。こういうところの対応で、自分は兄に負けていて、まだまだ子どもなのだと思い知らされる。
「す、すみません。やっぱり俺も講義を受けます」
結局は兄への張り合いの気持ちが勝った。
「どうやら、ラージャー王子はともかく、ハルシャ王子はあまり乗り気で仏教の講義を受けるのではないようですな。ならば、本日は少し趣向を変えて、実生活にも役に立つ教訓として分かりやすい例え話をしましょう。ラージャシュリー様には話したことがあるのですが、毒矢のたとえ、というのをご存知でしょうか」
ハルシャは聞いたことが無いため、やる気の無い脱力した表情のまま黙っていた。が、兄のラージャーは聞いたことがありますと返答した。
ハルシャはちらりとラージャーの横顔を一瞥した。こんなところでまで、兄と自分との差を見せられてしまっている。他人がどうこうではなく大事なのは自分が自分としてしっかりと地に足をつけて立つことができるかどうかなのだが、どうしても兄とは比較してしまう。
「ラージャー王子はご存知とのことですが、復習のつもりで聞いてください。ある人が毒箭で射られて苦しんでいました。医者が呼ばれて来ましたが、矢が当たったその本人が矢を抜くことを拒否します。私を射た者が王族であるか婆羅門であるか庶民であるか奴隷であるかを知るまでは抜き取ってはならない。またその者の名は何であるか。またその者は背が高かったか低かったか中くらいであったか、皮膚の色は黒かったか黄色だったか金色であったか。その者はどこに住んでいるのか。その弓は普通の弓か強弓であるか。弦や箭幹やその羽根の材料は何であったか。その箭の形はどうであったか。こういうことが分からない間はこの矢を抜き取ってはならない。と、そんなことを言ったとします。ですが、そんなことを言っていたのでは、毒が回って死んでしまいます。この譬え話が何の教訓になるか、ハルシャ王子はご自分でよく考えてください」
「その答えはジャヤセーナ論師が教えてくれるのではないのですか」
「それでは何も実にならないではありませんか。自分で考えて答えに至ることが重要ですぞ。これは宿題ということになります」
それでも仏教初心者のハルシャにとっては、因明とか唯識とか難しい言葉の細々した意味をああでもないこうでもないと論じるよりは、分かりやすく親しみやすいものだった。
「他にもいくつか譬え話をしてみましょうかね。これも以前にラージャシュリー様には話したことがあるのですが、筏の譬えをお話ししましょう」
旅人がいたとする。順調に旅路を進んできたが、ある時大河に当たった。鰐が住んでいて危険な上に水深もある大きな河なので歩いて渡るのも難しい。渡し守もいない。旅人は持っている鉈を使って木を伐り倒し、象のように臭うカレーリ蔓草を利用して簡易の筏を作った。それにより旅人は無事に渡河を果たした。旅人は筏に感謝した。
さて、旅人はその後、どう行動すべきだろうか。
筏に感謝して恩義を感じている。だから、筏を抱えてその後の旅を続けるべきだろうか。
重い荷物である筏を引きずって陸地を歩いていても、筏が役に立つ場面があるわけではない。筏はあくまでも河を渡る時にこそ活躍できるものだ。
河を渡り終えたら、そこに筏を残して旅を続ければ良いのだ。そうすれば旅人は余計な重い荷物を持たずに済む。置いていかれた筏は、旅人を渡したことによって役目を果たしたのだ。もしもすぐに河を反対に渡りたい他の人が来たら、その人が筏を利用して役に立つ機会もあるかもしれない。
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「それも、ハルシャ王子がご自分でお考えください。この譬え話自体が筏なのですよ。普段は忘れていても、それが必要な場面になれば、思い出すことができるはずです」
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