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●戦艦長蛇号
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峡湾の民、ではあっても、隻眼の賢者ソールレイヴと巫女ゲルドが住んでいるのは海から遠い内陸の地だ。
なので、海に出た時に感じる潮風の香りは、二人にとって新鮮な爽やかさを伴っていた。秋から冬に向かいつつある季節で、昼が短くなって夜が長くなりつつある中で、海もまた青さよりも灰色っぽさが濃くなりつつあるようだ。
オスロ峡湾に出てから、エイリーク侯の居場所を探すため、二人は噂を集め始めた。
それこそ、アースの神々のご加護があってのことだろう。エイリーク侯の居場所はすぐに判明した。幸い、二人が下ってきた川の河口からそれほど遠くないところだった。
二人の行動は正しいはずだ。誤ったキリスト教拡大の流れを是正し、正統なアースの教えへと戻す。オップランの村だけではなく、ノルウェー全体の命運がかかっていると言っても過言ではない。正しいからこそ、だからこそ順調に前へ進んでいるのだ。
「へえ。あれが、長蛇号か。確かに巨大な船だ。あっちにあるのが鶴号、かな? 鶴号も大きいけど、長蛇号の大きさ圧巻だな」
ソールレイヴは薄暗闇の中で片方だけで目を丸くした。
「あんな巨大な戦艦を建造したんだから、確かにオーラヴ王は偉大だったんだろうなあ。キリスト教でさえなければ、もっと偉大として尊敬を集めていただろうし、アースの神々のご加護を受けてもっと長生きもできたんだろうけどね」
何隻もの船が並んで錨を下ろしている中にあって、長蛇号の巨大さはとりわけ際立っていた。
峡湾の民が乗る普通の竜舟は、小型であるが故に機動性が高く、また喫水が浅いために川を内陸奥深くまで遡上できる。それに較べて長蛇号は遥かに巨大であるため、喫水も深そうで川の遡上には向いていないだろうと思われた。あくまでも海上での戦闘で小型竜舟に対して優位に立つことを目的とした戦艦だ。
「暗くてあまりよく見えないけど、エイリーク侯は、あの船に乗っているの?」
「僕が聞いた噂ではそうらしいね。他の兵士たちは陸に上がって夕食を楽しんだり女を抱いたりしているらしいけど、エイリーク侯は何故かこの時間帯だけは長蛇号に戻るらしいよ」
「どうして?」
「さあ? エイリーク侯が何を考えいるかなんて、他人には分かりようもないよ。おおむね、仇敵を討ってノルウェーの覇者になった感慨に浸っているとか、そんな感じじゃないかな?」
ソールレイヴは賢者らしくない単なる思いつきの推測を述べた。
「ソールレイヴ。ここからどうしよう?」
エイリーク侯に会いに行くことに関しては積極的だったゲルドだが、勢いだけで突進してきたので具体的な方策や目処は無かった。会う、と言っても相手は新たなる海賊王だ。知り合いでもない者が容易に面会できるはずが無い。
「他の兵士が陸に上がっているなら好都合だ。もう少し暗くなるのを待って、闇に紛れて潜入しよう。残っている護衛兵くらいは居るかもしれないが、見つかったら正直に面会を求めると言おう」
蝋燭を持った二人組の見張り兵が巡回していたが、容易にやり過ごした。
二人は後方の舷門から長蛇号に乗り込んだ。
長蛇号は、鶴号のような他の大型海賊船と比較すると一・五倍、小型船との比較だと二倍くらいの大きさのようだった。この船の建造に使うくらいの巨大な竜骨となる木を、よく見つけたものである。アースの神話で語られる世界樹のような、見上げる大木であったに違いない。
しかし構造自体は他の船と同じで単純だった。細長い形状の船体で、船の先端と最後尾が、荒波をかき分けられるような機動性を重視して大きく反り上がっている。帆柱も太い。
近辺に人気は無かった。兵士が普通に乗っていたら面会を求めても、侯の命を狙う刺客ではないかと怪しまれて門前払いだっただろう。所々、オーク材の床に突き刺さったままの矢や黒ずんだ血痕が残っていて、スヴォルドの海戦の激戦ぶりを物語っていた。
明かりを持っていない二人は、暗闇に少しは目が慣れたとはいえ、視界は良くない。
「舳先近くに、人影みたいのが見えないか?」
片目で発見したソールレイヴが囁いた。中央の帆柱の陰になっていて見えにくいが、船の前の方に人がうずくまっているように見える。
人影を確認したゲルドは、賢者の先に立って、前に向かって歩き始めた。ソールレイヴも慌てて追う。二人とも、足音を立てないように控えめな足取りだった。冬用の靴ではないので、滑り止めの突起が木材を噛む音も出ない。
足下には、縄、帆が傷んだ時のための修理用の布、網、釘や船大工の工具などがが入っているであろう箱、相手の船を引っかける鉤、樽などが色々置いてあるので、つまずいて転ばないよう慎重に闇の中を進んだ。帆柱を回り込んで通り過ぎると、ようやく人影の様子が輪郭だけ分かり始めた。
両膝を床についた膝立ちの状態だった。大きく反り上がった船首を見上げているらしい。前を向いているため、侵入者にはまだ気づいていない様子だ。今、この時間に長蛇号の船上にたった一人で居るからには、膝立ちの人物こそがエイリーク侯なのだ。
「失礼します。エイリーク侯ですか?」
風に対して囁きかけるように、ゲルドがそっと声を出した。
「女か? 夜伽に来たのか?」
なので、海に出た時に感じる潮風の香りは、二人にとって新鮮な爽やかさを伴っていた。秋から冬に向かいつつある季節で、昼が短くなって夜が長くなりつつある中で、海もまた青さよりも灰色っぽさが濃くなりつつあるようだ。
オスロ峡湾に出てから、エイリーク侯の居場所を探すため、二人は噂を集め始めた。
それこそ、アースの神々のご加護があってのことだろう。エイリーク侯の居場所はすぐに判明した。幸い、二人が下ってきた川の河口からそれほど遠くないところだった。
二人の行動は正しいはずだ。誤ったキリスト教拡大の流れを是正し、正統なアースの教えへと戻す。オップランの村だけではなく、ノルウェー全体の命運がかかっていると言っても過言ではない。正しいからこそ、だからこそ順調に前へ進んでいるのだ。
「へえ。あれが、長蛇号か。確かに巨大な船だ。あっちにあるのが鶴号、かな? 鶴号も大きいけど、長蛇号の大きさ圧巻だな」
ソールレイヴは薄暗闇の中で片方だけで目を丸くした。
「あんな巨大な戦艦を建造したんだから、確かにオーラヴ王は偉大だったんだろうなあ。キリスト教でさえなければ、もっと偉大として尊敬を集めていただろうし、アースの神々のご加護を受けてもっと長生きもできたんだろうけどね」
何隻もの船が並んで錨を下ろしている中にあって、長蛇号の巨大さはとりわけ際立っていた。
峡湾の民が乗る普通の竜舟は、小型であるが故に機動性が高く、また喫水が浅いために川を内陸奥深くまで遡上できる。それに較べて長蛇号は遥かに巨大であるため、喫水も深そうで川の遡上には向いていないだろうと思われた。あくまでも海上での戦闘で小型竜舟に対して優位に立つことを目的とした戦艦だ。
「暗くてあまりよく見えないけど、エイリーク侯は、あの船に乗っているの?」
「僕が聞いた噂ではそうらしいね。他の兵士たちは陸に上がって夕食を楽しんだり女を抱いたりしているらしいけど、エイリーク侯は何故かこの時間帯だけは長蛇号に戻るらしいよ」
「どうして?」
「さあ? エイリーク侯が何を考えいるかなんて、他人には分かりようもないよ。おおむね、仇敵を討ってノルウェーの覇者になった感慨に浸っているとか、そんな感じじゃないかな?」
ソールレイヴは賢者らしくない単なる思いつきの推測を述べた。
「ソールレイヴ。ここからどうしよう?」
エイリーク侯に会いに行くことに関しては積極的だったゲルドだが、勢いだけで突進してきたので具体的な方策や目処は無かった。会う、と言っても相手は新たなる海賊王だ。知り合いでもない者が容易に面会できるはずが無い。
「他の兵士が陸に上がっているなら好都合だ。もう少し暗くなるのを待って、闇に紛れて潜入しよう。残っている護衛兵くらいは居るかもしれないが、見つかったら正直に面会を求めると言おう」
蝋燭を持った二人組の見張り兵が巡回していたが、容易にやり過ごした。
二人は後方の舷門から長蛇号に乗り込んだ。
長蛇号は、鶴号のような他の大型海賊船と比較すると一・五倍、小型船との比較だと二倍くらいの大きさのようだった。この船の建造に使うくらいの巨大な竜骨となる木を、よく見つけたものである。アースの神話で語られる世界樹のような、見上げる大木であったに違いない。
しかし構造自体は他の船と同じで単純だった。細長い形状の船体で、船の先端と最後尾が、荒波をかき分けられるような機動性を重視して大きく反り上がっている。帆柱も太い。
近辺に人気は無かった。兵士が普通に乗っていたら面会を求めても、侯の命を狙う刺客ではないかと怪しまれて門前払いだっただろう。所々、オーク材の床に突き刺さったままの矢や黒ずんだ血痕が残っていて、スヴォルドの海戦の激戦ぶりを物語っていた。
明かりを持っていない二人は、暗闇に少しは目が慣れたとはいえ、視界は良くない。
「舳先近くに、人影みたいのが見えないか?」
片目で発見したソールレイヴが囁いた。中央の帆柱の陰になっていて見えにくいが、船の前の方に人がうずくまっているように見える。
人影を確認したゲルドは、賢者の先に立って、前に向かって歩き始めた。ソールレイヴも慌てて追う。二人とも、足音を立てないように控えめな足取りだった。冬用の靴ではないので、滑り止めの突起が木材を噛む音も出ない。
足下には、縄、帆が傷んだ時のための修理用の布、網、釘や船大工の工具などがが入っているであろう箱、相手の船を引っかける鉤、樽などが色々置いてあるので、つまずいて転ばないよう慎重に闇の中を進んだ。帆柱を回り込んで通り過ぎると、ようやく人影の様子が輪郭だけ分かり始めた。
両膝を床についた膝立ちの状態だった。大きく反り上がった船首を見上げているらしい。前を向いているため、侵入者にはまだ気づいていない様子だ。今、この時間に長蛇号の船上にたった一人で居るからには、膝立ちの人物こそがエイリーク侯なのだ。
「失礼します。エイリーク侯ですか?」
風に対して囁きかけるように、ゲルドがそっと声を出した。
「女か? 夜伽に来たのか?」
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