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●旅立ち
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「オーラヴ王は急進的にキリスト教改宗を促進して、反発を受けていたわ。それに対して、今の話だったら、スウェーデンはアースの信仰を捨てていないし、その王太后と結婚したのだから、デンマークもアースの側だわ。そして、その二国と手を結んだエイリーク侯がノルウェーの新たな覇王になったということは、キリスト教に傾きつつある趨勢を、アースの信仰に戻せる好機なんじゃないかしら?」
ゲルドは両目を輝かせた。賢者ソールレイヴは片眼を逸らした。
「エイリーク侯は、身内を殺された恨みを持っていたからその二国と手を組んだのであって、そう都合良くオーラヴ王と反対の政策をとってくれるかどうかは難しいんじゃないかなあ?」
「だったらなおさら! 今、私たちが動くべきなのではないかしら?」
「動くって、ゲルドはどうするつもりなんだ?」
「エイリーク侯に面会するのよ! そして、オーラヴ王時代の方向性を改めて、アースの信仰を認めてもらうよう嘆願するのよ! エイリーク侯がアースの神々を信仰して、公認の宗教としてくれれば、アースの教えが多数派となって、キリスト教の勢いを食い止めることができるはずだわ」
ゲルドは、ソールレイヴの右目の眼帯の前に、自らの握り拳を掲げてみせた。それを先見の賢者ソールレイヴは、左目をすがめて見た。
「エイリーク侯は、ノルウェーの支配者になったんだよ。一番偉い人ってことになる。その人が、僕やゲルドが陳情したからって、聞き入れてくれるだろか? エイリーク侯が自分のしたいようにするだけじゃないかな?」
「だから、私たちが今やっている、アースの神々の良さを再発見するような説得を、エイリーク侯に対してもするべきだと言っているのよ」
あの詩人ハルフレズ襲来のあと。
もちろんゲルドもソールレイヴもアースの信仰を捨ててなどいない。ソールレイヴが詩人ハルフレズに言った「ゲルドは改宗した」というのは嘘だ。
ゲルドとソールレイヴはキリスト教の勉強を減らした。それよりも、アースの巫女としての本筋である、アースの神々についての研究をより進めて、村民に対してアースの神々の恵みを説くことに力を入れるようになっていた。
だが、熱心にアースの教えを敷衍しようとすればするほど、現実を体感することになる。かつて、オーラヴ王本人がこの村に来訪した時には、キリスト教に対して抵抗感を覚えている者が多かったのだが、今はその様相は変わってきてしまった。改宗してしまった者も多い。
神殿に子どもたちを集めてアースの教えを語り聞かせる活動は継続しているものの、集まる子どもたちの数も目に見えて減ってしまっていた。与えるお菓子を奮発しても効果が無い。
巫女や賢者という個人の努力ではどうにもならないところにまで、キリスト教は押し寄せてきているのだ。
「……分かったよゲルド。確かに座して待っているだけでは、オーラヴ王が死んだからといってもキリスト教の勢いは止まりそうにない。駄目で元々だ。侯に面会を求めて、アースの信仰を優遇してくれるように頼んでみるのがいいだろう」
「そうと決まれば早速行動だわ! これから冬に向かっていくんだから、早めに出発して帰ってくる必要があるわね。私、いったん家に戻って、旅に出るって家族に報告して、旅の準備をしたらすぐに出発するわ」
「えっ? 何を言っているんだゲルド。僕が行くのであって、ゲルドは巫女としての仕事があるからオップランで留守番だろう? お母さんの具合だって相変わらずそんなに良くないんだろう?」
ゲルドの母親は数年前に体調を崩して以降、巫女としての仕事をあまりできなくなってしまっていた。その分、娘のゲルドがこの村の主たる巫女として頑張っている。
「えっ? アースの巫女の私が行くのは当然でしょう? アースの教えの貴さをエイリーク侯に再認識してもらうには、普段から子どもたちに語っている巫女である私が直接良さを伝えなくちゃ……っていうか、ソールレイヴも行くつもりなの?」
お互いに怪訝そうな表情で顔を見合わせ、しばし睨み合った後、一緒に笑った。
「なんか、エイリーク侯はなかなかの美男子らしいわね。ちょっと興味あるわね」
「僕は、オーラヴ王が建造したという巨大戦艦の長蛇号を一度見てみたいと思っていたんだよね」
ゲルドは両目を輝かせた。賢者ソールレイヴは片眼を逸らした。
「エイリーク侯は、身内を殺された恨みを持っていたからその二国と手を組んだのであって、そう都合良くオーラヴ王と反対の政策をとってくれるかどうかは難しいんじゃないかなあ?」
「だったらなおさら! 今、私たちが動くべきなのではないかしら?」
「動くって、ゲルドはどうするつもりなんだ?」
「エイリーク侯に面会するのよ! そして、オーラヴ王時代の方向性を改めて、アースの信仰を認めてもらうよう嘆願するのよ! エイリーク侯がアースの神々を信仰して、公認の宗教としてくれれば、アースの教えが多数派となって、キリスト教の勢いを食い止めることができるはずだわ」
ゲルドは、ソールレイヴの右目の眼帯の前に、自らの握り拳を掲げてみせた。それを先見の賢者ソールレイヴは、左目をすがめて見た。
「エイリーク侯は、ノルウェーの支配者になったんだよ。一番偉い人ってことになる。その人が、僕やゲルドが陳情したからって、聞き入れてくれるだろか? エイリーク侯が自分のしたいようにするだけじゃないかな?」
「だから、私たちが今やっている、アースの神々の良さを再発見するような説得を、エイリーク侯に対してもするべきだと言っているのよ」
あの詩人ハルフレズ襲来のあと。
もちろんゲルドもソールレイヴもアースの信仰を捨ててなどいない。ソールレイヴが詩人ハルフレズに言った「ゲルドは改宗した」というのは嘘だ。
ゲルドとソールレイヴはキリスト教の勉強を減らした。それよりも、アースの巫女としての本筋である、アースの神々についての研究をより進めて、村民に対してアースの神々の恵みを説くことに力を入れるようになっていた。
だが、熱心にアースの教えを敷衍しようとすればするほど、現実を体感することになる。かつて、オーラヴ王本人がこの村に来訪した時には、キリスト教に対して抵抗感を覚えている者が多かったのだが、今はその様相は変わってきてしまった。改宗してしまった者も多い。
神殿に子どもたちを集めてアースの教えを語り聞かせる活動は継続しているものの、集まる子どもたちの数も目に見えて減ってしまっていた。与えるお菓子を奮発しても効果が無い。
巫女や賢者という個人の努力ではどうにもならないところにまで、キリスト教は押し寄せてきているのだ。
「……分かったよゲルド。確かに座して待っているだけでは、オーラヴ王が死んだからといってもキリスト教の勢いは止まりそうにない。駄目で元々だ。侯に面会を求めて、アースの信仰を優遇してくれるように頼んでみるのがいいだろう」
「そうと決まれば早速行動だわ! これから冬に向かっていくんだから、早めに出発して帰ってくる必要があるわね。私、いったん家に戻って、旅に出るって家族に報告して、旅の準備をしたらすぐに出発するわ」
「えっ? 何を言っているんだゲルド。僕が行くのであって、ゲルドは巫女としての仕事があるからオップランで留守番だろう? お母さんの具合だって相変わらずそんなに良くないんだろう?」
ゲルドの母親は数年前に体調を崩して以降、巫女としての仕事をあまりできなくなってしまっていた。その分、娘のゲルドがこの村の主たる巫女として頑張っている。
「えっ? アースの巫女の私が行くのは当然でしょう? アースの教えの貴さをエイリーク侯に再認識してもらうには、普段から子どもたちに語っている巫女である私が直接良さを伝えなくちゃ……っていうか、ソールレイヴも行くつもりなの?」
お互いに怪訝そうな表情で顔を見合わせ、しばし睨み合った後、一緒に笑った。
「なんか、エイリーク侯はなかなかの美男子らしいわね。ちょっと興味あるわね」
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