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●極光の予言
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困り果てた顔をした宣教師の痩せた男、キリスト教の教義について造詣が深いわけではない、ということを自ら申告した。何故このような男に宣教師が務まっているのか。オーラヴ王の命により急激に宣教活動を活発化させているので、人材が不足しているのだろう。第三者として聞いているソールレイヴはそう思った。
ソールレイヴが泰然自若とした余裕の態度をとっているのを見て勢いを得て、ゲルドはアースの巫女として主張する。
「アースの神々の教えは、我々の生活に密着しています。ノルウェーだけでなく、スウェーデン、デンマーク、氷の島も、どの地でも人々の心に根ざしています。それは、アースの神々の教えこそが、我々峡湾の民にとっての普遍の教えだからです」
「うーむ。やはり巫女ともなれば、簡単には改宗してくれないようですね。もっと楽に布教できる一般の人に教えを説いた方がいいかな」
宣教師はあっさりと立ち去った。樅の梢を揺らす風のようだった。その場には改宗に応じなかった異教徒の巫女ゲルドと賢者ソールレイヴが取り残された。
「今の、なんだったのかしら。意味が分からないわ」
「今回来たのが、キリスト教宣教師としては水準の低い奴だったから、容易に撃退できたけど、今後はそう上手く行くとは僕には思えないな。恐らく宣教師と宗教論争をして言い負かさないとならないんじゃないかな。今後、誰も宣教師が来なければ、それが一番いいんだけどね」
「いいえ。来るわ。必ず、宣教師は来る。それも、今日来たのと同じ、あの宣教師が来るわ。そう、言い切れる」
今までとうってかわって、ゲルドは巫女らしい厳かな口調で虚空に向かって告げた。
「それは、巫女としての予言なのかい?」
「風が、風が伝えてくれる。ヨートゥンヘイム山地から吹き下ろす冷たい冬の風が。そして、南から流れてくる暖かい海流が、そう教えてくれるの。あの同じ宣教師が、再び私たちの前に現れる」
「そうか。……でも、アイツなら、何回来ても平気じゃないかな? 大したことなさそうだったし」
「油断と慢心は身を滅ぼすわ。極光(オーロラ)が告げている。あの宣教師が再びこの地に来た時、私たちは大いなる危機を迎えるわ。オーラヴ王が、いつか私を殺す」
ソールレイヴはゴクリと唾を飲み込んだ。
「そ、それは……アイツも宣教師として経験を積んで、キリスト教の教義について詳しくなるってことかい?」
気が引き締まるというよりは、恐ればかりが先に立って賢者ソールレイヴは戦いた。自分が言葉として紡いだのに、ゲルドもまた自らの予言に対して不安を増殖させていた。
「どうしましょう。私だって、アースの神々の巫女としてはまだまだ発展途上で、弁の立つ宣教師に言い負かされてしまう、なんてことになりかねないわ」
扉の隙間から、冷たい風が忍び込んでくると同時に、鴉の群れの鳴き声のようなものも届いてきた。
海賊のような形のある敵ではない。キリスト教という抽象的なものとの果て無き戦いの渦中に、賢者と巫女が呑み込まれようとしていた。
思考の森の中で、一筋の光明として脱出の道を見出したのは、賢者ソールレイヴだった。
「キリスト教について研究したらどうだろう? 聞くところによると、キリスト教と一言に言っても、一枚岩ではなく、いくつも宗派があるらしいんだ。そして多数派が弱小宗派を異端として迫害しているらしい。そういった、とても正義の宗教とは思えないような傲慢な行動をしているあたりに、キリスト教の悪性や矛盾などを指摘できるんじゃないかな」
「そ、そうね。さすが先見の賢者ソールレイヴ。いい知恵だわ」
二人とも、行動力はあった。というよりも他にこれといった案が思いつかなかったので、案を実行に移しただけだ。
早速、二人によるキリスト教の勉強会が始まった。
ソールレイヴが泰然自若とした余裕の態度をとっているのを見て勢いを得て、ゲルドはアースの巫女として主張する。
「アースの神々の教えは、我々の生活に密着しています。ノルウェーだけでなく、スウェーデン、デンマーク、氷の島も、どの地でも人々の心に根ざしています。それは、アースの神々の教えこそが、我々峡湾の民にとっての普遍の教えだからです」
「うーむ。やはり巫女ともなれば、簡単には改宗してくれないようですね。もっと楽に布教できる一般の人に教えを説いた方がいいかな」
宣教師はあっさりと立ち去った。樅の梢を揺らす風のようだった。その場には改宗に応じなかった異教徒の巫女ゲルドと賢者ソールレイヴが取り残された。
「今の、なんだったのかしら。意味が分からないわ」
「今回来たのが、キリスト教宣教師としては水準の低い奴だったから、容易に撃退できたけど、今後はそう上手く行くとは僕には思えないな。恐らく宣教師と宗教論争をして言い負かさないとならないんじゃないかな。今後、誰も宣教師が来なければ、それが一番いいんだけどね」
「いいえ。来るわ。必ず、宣教師は来る。それも、今日来たのと同じ、あの宣教師が来るわ。そう、言い切れる」
今までとうってかわって、ゲルドは巫女らしい厳かな口調で虚空に向かって告げた。
「それは、巫女としての予言なのかい?」
「風が、風が伝えてくれる。ヨートゥンヘイム山地から吹き下ろす冷たい冬の風が。そして、南から流れてくる暖かい海流が、そう教えてくれるの。あの同じ宣教師が、再び私たちの前に現れる」
「そうか。……でも、アイツなら、何回来ても平気じゃないかな? 大したことなさそうだったし」
「油断と慢心は身を滅ぼすわ。極光(オーロラ)が告げている。あの宣教師が再びこの地に来た時、私たちは大いなる危機を迎えるわ。オーラヴ王が、いつか私を殺す」
ソールレイヴはゴクリと唾を飲み込んだ。
「そ、それは……アイツも宣教師として経験を積んで、キリスト教の教義について詳しくなるってことかい?」
気が引き締まるというよりは、恐ればかりが先に立って賢者ソールレイヴは戦いた。自分が言葉として紡いだのに、ゲルドもまた自らの予言に対して不安を増殖させていた。
「どうしましょう。私だって、アースの神々の巫女としてはまだまだ発展途上で、弁の立つ宣教師に言い負かされてしまう、なんてことになりかねないわ」
扉の隙間から、冷たい風が忍び込んでくると同時に、鴉の群れの鳴き声のようなものも届いてきた。
海賊のような形のある敵ではない。キリスト教という抽象的なものとの果て無き戦いの渦中に、賢者と巫女が呑み込まれようとしていた。
思考の森の中で、一筋の光明として脱出の道を見出したのは、賢者ソールレイヴだった。
「キリスト教について研究したらどうだろう? 聞くところによると、キリスト教と一言に言っても、一枚岩ではなく、いくつも宗派があるらしいんだ。そして多数派が弱小宗派を異端として迫害しているらしい。そういった、とても正義の宗教とは思えないような傲慢な行動をしているあたりに、キリスト教の悪性や矛盾などを指摘できるんじゃないかな」
「そ、そうね。さすが先見の賢者ソールレイヴ。いい知恵だわ」
二人とも、行動力はあった。というよりも他にこれといった案が思いつかなかったので、案を実行に移しただけだ。
早速、二人によるキリスト教の勉強会が始まった。
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