夜の底を歩く

来条恵夢

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一、新しいことと古いこと

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 暗くなるのを待って、つかさは家を出た。
 司が暮らしているのは一軒家で、防犯対策はろくにしていないが、今のところそれで問題はない。もっとも、入られても、電化製品や家具くらいしか盗って行く物はないかもしれない。
 四年ほど前に相次いで家族を亡くして以来ほぼ一人暮らしで、あまり高価なものはない。家だけは古いが、まさかそんなものを盗むわけにもいかないだろう。残念ながら、伝来の家宝といったもにお目にかかったこともない。
「今日明日くらいが見頃、か」
 出掛けにニュースで聞いた言葉をつぶやき、じゃあ次は八重桜か、と口にする。
 実のところ司は、国を挙げる勢いで騒がれる染井吉野ソメイヨシノよりも山桜ヤマザクラの方が好みなのだが、基本として、桜全般が好きだ。
 散歩はよくするが、桜のおかげもあって、今の時期はただひたすらに楽しい。
 畦道あぜみちじみた土路にも街灯が立っているが、闇が勝っている感がある。しかし頭上に月が昇り、暗いながらも道を踏み外すほどではなかった。
「今日の子、何て名前だ?」
たぶらかすなよ」
「うわー、俺信用ないなー」
 ふらりと現れて狭い道で肩を並べたりょうは、今は眼鏡をかけていない。当然ながら、白衣も。無造作にシャツを着込んだ格好で、どこか繊細な手を、ひらりとひるがえした。
 ぼぅと、青白い火が浮かぶ。
 司はそれを見て、眉をひそめた。澄んだ色の炎はきれいだが、それとは話が別だ。
「見られたらどうするの。もう誰も、狐火だ、人魂だ、なんて納得してくれないんだから」
「この頃、みんな夜が遅いしなあ。窮屈な世の中になったもんだ」
 いくらか不満気に言ってもう一度、手のひらを返す。そこには、安物の懐中電灯が納まっていた。ついた明かりは、較べると随分と安っぽく感じられる。あるいは、嘘っぽく。
「で、名前は?」
「本借りたときにわかるでしょ。中学のときみたいに、ハーレム作るなよ?」
「俺は何もしてないもーん。勝手に向こうから言い寄ってきたんだもーん」
「…気色悪きしょくわる
 半ば本気で顔をそむける。見た目以上に年を取ってるはずだろうに、というつぶやきは、どうにか呑み込んだ。もう、なのか、まだ、なのか、知り合ってから数年がつが、実際のところ諒がどれだけ生きているのかを司は知らない。
 見かけだけならちょっと年上のお兄さん、程度なので、実感も薄い。
ひど。なんで司はそう、俺には冷たいんだ。そうとか、甘やかし放題なのに」
「颯は可愛いから。諒は全っ然可愛くない。大体、甘やかしたら甘やかしただけ増長しそうだからいや
「えー?」
 暢気のんきな会話を交わしながら、たどり着いた先は、今にも潰れそうな古書店だった。
 道楽か年金生活の補助にしかなりそうにない店で、汚れきった「金森堂」という看板だけが、どうにか店らしさを主張している。知らなければ、ただの民家と通り過ぎるだろう。
 開店も閉店も店主の気分次第の店だが、さすがに今は、「準備中」の札が表を向いている。準備って何を、というのは、見るたびにこみ上げる司のツッコミだ。掃除でもするのだろうか。どれだけ追い出しにかかったところで、埃は立ち去ってはくれないと思うのだが。
「お邪魔します」
 ひっそりとつぶやくように言って、できるだけ静かに開けた入り口から店内に踏み入る。鍵はかかっていない。
 入店の際に諒に先を譲り、その服の裾をつかんだのは、明かりを消した店内では司の眼がかないからだ。懐中電灯は、いつの間にか消えうせている。光が必要なのは、司だけだ。
 明かりが漏れたところで店主が探しものをしていると思われるくらいだろうが、何かの間違いで他人にやってこられては面倒だ。一応、金森堂の店主は司の後見人ということになっているので、たずねて来たと言い抜けられないことはないだろうが、見つからないにこしたことはない。
「どうせならこう、俺に抱きついてくれてもいいんだけど?」
「ヤダ。それなら本棚に頭から突っ込む」
「…なんか今ざっくり来た。うわー心が痛い」
 言いながらも、危なげなく歩を進める諒は、棚からはみ出たものでもあれば、きちんと注意を促してくれる。
 外よりも光のない暗闇を、前を行く諒の背中だけをどうにか見極めてついて行っていると、思い出す記憶がある。
 闇に沈んだ森の中を――そうやって、走った。
「司?」
 何、と言うのに間が開いても、茶々はなかった。ただ、やさしく頭をでられる。
「行くぞ」
「うん」
 店の突き当たり、居住区につながるはずの戸を引き開けると、そこには黒い穴が待ち構えていた。普段は板を載せてふさいであるが、外せば、アリスのウサギ穴よろしく真っ逆さまだ。
 穴の位置を確認して、先に落ちて行った諒を追って飛び込む。もう慣れたもので、そのこと自体に恐れはない。ただいつも、「地球の裏側までつながっているのかしら」という、『不思議の国のアリス』の言葉が頭をよぎる。
 地球の中心を通るなら核熱で溶けることは確実だが、ではそれを外して穴を開ければ、真裏には到着できないだろうが、とにかく違う地上へと、たどり着くことはできるのだろうか。いや、それではただのトンネルなのか。
 どうでもいいことを真剣に考えようとするのは、逃避したいときだ。だが、そう冷静に判断している時点で、実現できていない。目を開けても閉じても変わりない暗闇で、司は、密かに溜息を落とした。
 闇をひたすらに滑り降りると、急に光のある場所に飛び出る。光といってもほのかに青白く、蛍火や水族館の灯りに似ている。飛び出た先の地面は、ふかふかと弾力があるのだが、マットが敷いてあるわけではなく、どうも、こけきのこらしい。
「いらっしゃい、司ちゃん」
「いらっしゃいましたよ。明日実力試験だってのに来ましたよ。労働基準法の導入とか考えてほしいね」
「ジツリョクシケン? ロウドウキジュンホウ?」
 颯は、笑顔のままどこか面白そうに、首をかしげた。少年の整った容貌では、それは、十分に絵になる。
 司が、笑い返す。
「労働基準法は辞書引いて。ちゃんと説明できる自信ない。あ、言ってるのは未成年の就労だから、とりあえず。実力試験ってのは、学校の試験の一種。どのくらいの学力が身についてるか調べるってお題目だいもくで、長期休みの後にやることが多い」
「ふうん。どうして明日それだと、来たくなかったの?」
「気持ちだけでも勉強しないとって気になるから。多分、やらないけど」
「じゃあいいじゃない」
 まあね、という司の言葉で、とりあえず会話は終わる。その間諒は、司の下で潰れていた。
「…いい加減のいてくれー」
「あ、ごめん。道理でいつもと感触が違った」
「早く気付けよそこ!」
「うん。こんなに座り心地悪いのに」
 がくりと顔を伏せた諒から降りると、司はさっさと、颯と歩き始めた。見かけは十歳前後の颯の頭は、背の高くない司でも見下ろせる。髪の色は、兄の諒と似ているが少し違う、金に近い茶色だ。
 秘密基地のような地下の洞窟は、何事もなくとも月に一度は訪れる場所だから、熟知とまではいかなくても慣れている。慣れているのに、毎回決まってあのときのことを思い出すのは楽しくないが、どうしようもない。
 それだけ、あの夜は――司がこちらの世界に踏み込んでしまったあの日は、記憶に深く焼きついているのだろう。
「司ちゃん、学校って楽しい?」
「んー? まあ多分それなりに?」
 話しながら少し歩いた先にあるのは、大きな水鏡だった。
 鍾乳洞じみた洞窟の開けた場所の中央にえられた、小さな泉のような水溜みずたまり。淵に五段ほどの石の階段があり、登ればどうにか水面を見下ろせる。
「来たか」
「こんばんは、天圏てんけんさん。お早い呼びで」
 笑顔をつくるのは、もちろん、ただの嫌味だ。
 司が笑みを向けた先にいるのは、小柄な老人だった。髪やひげに埋もれそうな顔をした老人は、今時珍しく着物を着込んでいる。しなびた外見の印象に反して背筋は伸び、れた眉の下から覗く眼は、強い力を持っている。ただし、その眼は普段はもれてほとんど見えない。
 今は、ぐに司を見ている。
「司」
「わかってます」
 司よりもよほど、天圏の方が苦々しい思いでいるに違いない。
 司は、金儲かねもうけと割り切ることもできる。だが天圏は、それこそ断腸だんちょうの思いだろう。
 天圏と颯や諒と司では、明らかに立場が異なる。見ようによっては、彼らは被害者側で、司は加害者側。あるいは、彼らが加害者側で、司は被害者側。それはそのまま、人外と人との図式だ。
 司が諒を除く彼らと出会ったのは、今から四年ほど前になる。そしてそれはほぼそのまま、司の一人暮らしの年数にもなる。
「映してください」
 身軽に階段を登った司は、水鏡の縁ぎりぎりで足を止め、見下ろした。
 頷いた天圏が目をつむり、その額に、見る見る汗の玉が浮かぶ。横目でそれを見ながら司は、いつも、山伏やまぶし祈祷きとうってこんなのかなと、どこか的外まとはずれなことを考えてしまう。むしろ天圏は、調伏ちょうぶくされるほうではないのか。
 雑念を頭に浮かべたまま、司は、水面を覗き込む。
 くらりと、わずかに眩暈めまいかすめる。立ちくらみや貧血は度々たびたび起こす司だが、この眩暈は質が違う。水溜りのもたらす作用だ。人によっては、そのまま落ちてしまうだろう。そうすれば、二度と浮かび上がっては来れまい。
 どれだけ深いのか。水底は見えず、ただ、蒼い闇だけが揺らめく。
 その液体が、例えばウツボカズラの溶液のように、溶解能力を持つと言われても驚かない。そうであればこの水面は、どれだけの生き物の成れの果てだろうか。
 不意に、その水面が揺らいだ。揺らぎ、花を咲かせていない桜の木を映し出す。
「これ?」
 それなりの年齢をていそうな木は、つぼみすらつけていない。それでも司が桜の木とわかるのは、背景に見覚えがあるからだった。
 この近隣で最大の総合病院。市営のそこには、司も、何度も足を運んでいる。中庭のベンチの裏にたたずむこの木の下で、花見をしたことさえあるほどだ。
「今の映像ですか? 花が咲いてないですけど」
 返事はない。水鏡に映る光景の、大まかにでも意味を把握しているのは天圏くらいなのだが、説明は後だ。喋る余裕はない。
 だからこれは、半ば司の独り言になる。諒も颯も天圏でさえも、司が眼にしている映像そのものは見えていない。
 そして水面はまた、揺らいだ。
「え」
 思わず、声が漏れる。
 蒼い水鏡に映し出されたのは、一面の赤。力任せに噛み千切られたようなばらばらの人の体の下に、絨毯のようにあふれている。ごろりと転がる首が正面を向いて見え、何が起こったのかわからないかのように、不思議そうにこちらを向いていた。
 それも揺らいで消え、次いで、百鬼夜行絵巻を見るような、異形の者らの集会が映し出される。
 夜の、森なのか山なのか、とにかく木々が生い茂っている。そこに、気ままにいびつな円を作り、多種多様の者らが集まっている。一様に、その顔は笑みに歪んでいた。
 ふうと異形たちは姿を消し、静謐せいひつな水面に戻る。
 司が天圏に視線を移すと、老人は、膝をついて肩で息をしていた。かたわらには颯が立ち、介抱している。諒は、二人から少し離れたところで所在なげに立ち、司が見たと気付くと、軽く肩をすくめた。司も、すくめ返す。
「あのー、なんか今回、多い気がするんですけど? それともこれ、三つともつながってるんですか?」
 階段を使わずに飛び降りると、諒が近付いてきていた。
「何が見えたんだ?」
「咲いてない桜の木と、ばらばら殺人事件の現場と、魑魅魍魎の会合」
「なんだそりゃ」
「や、それはこっちが訊きたいんだって」
 何なんですあれ、と、司の声はいささか素っ気無い。視線の先の天圏は、だが、膝をついたまま黙っている。
 そのかたわらで、颯が、細い首をかしげた。
「とりあえず、お茶でも入れようか?」
「ココアがいいな」
「じゃあ俺は、」
「ドクダミでも煮出す?」
「…お前、兄をなんだと思ってる」
 過去には、魔除けの意も込められたドクダミ茶。毒出しの効能があるとも言う。
 諒が泣き真似をしているうちに、三人は、更に奥へと移動していた。文句を言いながらも追いついたときには、司を先頭に、障子しょうじを引き開けてたたみに上がったところだった。
 地下洞窟の奥に仕切られた小部屋は、和風の造りになっている。
 四畳半の広さに、四月だというのに仕舞われていない炬燵こたつ。ちゃっかりと、みかんや饅頭まんじゅうも置かれている。部屋の隅には、小さな書棚やくず入れ、裁縫箱などが、雑多なようで整理されて置かれている。
 そして、やはり障子で区切られた向こう側には、小さないがらも給湯場。ミニ冷蔵庫も鎮座している。
「あー、やっぱり落ち着くなー。家のはもう仕舞っちゃったから、ちょっと寂しいかったんだ」
 早速炬燵にもぐりこみながら、司は、半ばつぶやいている。喉を鳴らす猫のように、嬉しそうに目を細める。
 天圏と諒もそれぞれにもぐりこみ、一時、沈黙が降りた。
 その間に颯が手早く飲みものを用意してそれぞれの前に置くと、司の向かいに腰を下ろして一口飲んだ。天圏の助手だか弟子だかに当たるだろう颯は役目は終えたとばかりにそ知らぬ顔をしているので、司が口火を切る。
「天圏さん?」
 熱燗あつかんの湯気を受けた老人は、ああ、と、返事も呻き声ともつかない応えを返す。そうして、司に見たものを話すよう促した。
 あの水鏡に映像を映し出すのは天圏の仕事だが、見ることがかなうのは、司だけだ。他の者は、例えすぐ横に立っていたとしても、そこに水以外を見出すことはできない。正確には、司ではなく「狩人かりゅうど」のみとなる。
 「狩人」はこの辺りでの通称で、他に、「バンニン」「マロウド」「キャクジン」「キャクニン」などなど、呼び名は豊富らしい。ただし、どれも内実は似たり寄ったりで、妖を狩る人間を指す。
「桜の下で、命を失う人間が増えておる。映し出されたということは、あの桜が招いておるのかの。殺人事件は、クヌギのに訊け。最後のは――隣で一人、引退するらしい」
 司の話を聞き終えた天圏は、まずは酒を口に含み、ゆっくりと飲み込んでから解説を口にした。
 水鏡に映るものが、危険度が高いとされている。危険度というのはすなわち、あやかしの存在が人に知られる程度の高さ。
 狩人の仕事は、人に害を成す妖の退治ではなく、その存在を気取られかねないものを排除することにある。退治のように見えるのは、たまたま、それらが人を害することが多いためだ。
 必ずしも殺す必要はなく、まずは勧告を行う。だが、特に人を害し続けたものは、血に酔うのか毒されるのか、正気を疑うものが多い。
 狩人は、極言すれば、身勝手な汚れ役に過ぎない。自在の形を取る武器を扱える人間と、補佐の妖。その組み合わせが原則で、それとは別に、水鏡を操る妖との組み合わせが、最低限の組織となる。この場では、司と諒と天圏とが、それぞれの役割に当たる。
 それぞれに、代替わりもすれば、命を落として空白の時期があったりもする。
「引退、ですか? それが一体、何の関係が? 狩人は個別のものでしょう?」
 困惑や不満ではなく単純な興味と疑問から尋ねた司に、天圏はまた、酒をすすった。
此度こたびの奴は、やまいゆえ退くらしくての。しかも悪いことに、次代がまだ定まっておらん。その隙を狙ってか、若手が躍起になって、総攻撃を目論もくろんでおるらしくての。泣きついて来おった」
「はあ、それで百鬼夜行。…って、あの、もしかして隣って…夜久市やくし?」
「司ちゃん、学校の行事で泊まりで出かけるんだよね?」
「…やっぱそれですかー」
「え、それ俺行かないんだけど。自腹で行けってか?」
 湯気の立つ、妙に緑色の液体を湯飲みの中で回していた諒が、いささか不満そうに口を挟む。司書教諭の職についている分、身勝手が利かない部分もある。ちなみに、小・中学校では、用務員だったり警備員だったりした。
 こちらは司に合わせたものか、ココアを手にした颯が、しらっと司に笑みを向ける。
「僕が、向こうの補佐と打ち合わせするから、安心してね」
「お前、それ俺の仕事」
「他との折衝せっしょうは、天圏さんの仕事でもあるからね」
「ぐ」
 そう言われると、反論もない。つまりは、天圏の代理で颯ということだ。
 実際問題、合宿(親睦合宿ということになっているが、予定図を見ると明らかに勉強合宿のそれ)は平日だから、諒が仮病でも使って休んだとして、万が一教師や生徒に顔を見られればまずいことになる。
 かといって補佐をくと司の身の危険が高まるのだが、今回は颯が天圏だけではなく諒の代理もねるようだ。
「さて、もういいかの。年寄りを休ませてはくれんかね」
 日本酒の残りをぐいと飲み干し、天圏が一同を見回す。もっとも、その眼は再び、埋もれている。
 あ、質問、と、司が挙手した。
「今回、勧告は?」
 水鏡に映った妖には、処理対象となったと知らせる勧告を出すことになっている。それで行動をやめれば、とりあえずはおとがめなしだ。
 しかし、水鏡の報せは親切ではなく、元凶が特定できない場合も多々ある。そのあたりの判断は天圏任せなのだが、彼は、うむとうなった。
「隣には手助けをしらせておこう。桜も、まあいか。しかし、あとひとつは誰か判っておらんからのう…。他はあるか?」
「えーと、この三つって、優先順位あります? 今まで、こんな風にまとめてってありませんでしたよね?」
「さて…ないのではないかな。全て、至急じゃからの」
「あー…。はーい。わっかりましたー」
 うわー面倒ー、と表情で言って、司もココアを飲み干した。そうして、ひょいと立ち上がる。ついでに、コタツの上の饅頭を二つ三つポケットに放り込む。
「じゃ、お邪魔しましたー。帰ろ」
 最後は、諒に向けてだ。
 こちらは、揺すり回していた液体はそのままに、暢気な様子で立ち上がる。
 そこまで送って行きます、と天圏に断って立ち上がった颯と並び、落ちてきた穴まで引き返す。行きは落ちるだけだから簡単なのだが、帰りは登る。
 穴からのぞく紐を引っ張ると、縄梯子なわばしごが降りるようになっている。これをせっせと登るのだが、銭湯の煙突くらいは登れそうな筋力がついているのではないかと、司は時々疑う。
「兄様には気をつけて。――またね」
 耳元でささやかれ、え、と振り返った司に、無邪気に見える笑顔が返った。
 仲がいいのか悪いのかわからない兄弟だ、とは思っていたが、思い詰めたような声に驚いた。
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