夜の底を歩く

来条恵夢

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一、新しいことと古いこと

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 桜の花びらが、舞う。いかにも春爛漫らんまんといった光景の中、つかさは、真新しい制服に身を包んでいた。
 チェックのプリーツ・スカートは、規定の段階でひざ上の丈だ。上着は、ジャケットかベストさえ着用していれば良く、シャツは無地の薄色なら認められているが、司は基準品のシャツを数枚買い込み、中学校では合服だったカッターシャツも、引き続き着用予定。足元は、これも中学から引き続きの白のスニーカー。
「わー、スパッツ丈ぎりぎりー」
 信号待ちで止まった自転車の上で、電気屋の窓ガラスに映った自分の姿を眺め、つぶやいた。少しすそを上げてみると、黒いスパッツが見える。
「まあいいか」
 変わった信号に、あっさりと思考を切り替えてペダルを踏む。
 のんびりと自転車をこぐと、春風が心地いい。うっとりと眼を細めると、ちらちらと舞い散る桜が、いよいよ美しい。青空との対比が、なんて綺麗。どれだけ見ても、生まれ育ったこの十数年繰り返し見ても、見飽きない。
 ただ問題なのは、今現在司が、入学式に堂々遅刻中ということくらいだろうか。
 まさか午後一時からの式に寝坊するなどと、司も、我が事ながら考えもしなかった。こういうとき、一人暮らしは困りものだ。もっとも、同居人がいたからといって起こしてくれる保証もないのだが。
 入学式ぐらい休んでも支障はないと思うが、配布物やこれからについての説明、何より級友との出会いは必要だ。その意味では、卒業式に寝坊した方が損害は少ない。
 そう知りながらこの現状なのだから、司も、我ながら呆れる他ない。
「あー、眠い」
 ふわぁあ、とあくびついでに頭に手が伸びるのは、癖だ。がしがしと、男の子のように短い髪をかき回す。 
 寝すぎたせいで眠いのか、寝たのが明け方だったせいなのかがわからない。
 今回の夜更よふかしの原因は、ネットサーフィンだ。
 都市伝説にいくつかのキーワードを絡めて見て回るのはいつものことだが、昨夜は、「日本刀を持った美少女」の目撃談を集めたサイトを発見してしまい、その充実したコンテンツを読みあさるうちに夜が明けた。
 その目撃談は、この東雲市しののめし周辺にかたよっている。たまに、隣の夜久市やくしが混じっているのは、間違いか似たものと混じったかだろう。司には覚えのない場所だった。
「…美少女、は、ないなあ」
 ついついつぶやいて、もう一度髪をかき回す。
 日本刀を手に夜な夜な出没する制服を着た謎の少女というのは、司のはずだ。目撃者はつくっていないつもりだったが、残念ながら完璧ではなかったようだ。そうして、少しでも火元があれば煙が立つ、こともある。
 毎日ではないが、司は、夜に出歩いている。ただ、幸いにもというべきか、その理由や目的までは、サイトの製作者や都市伝説として噂する人たちにはわからないようだった。
 まあ、まさか――あやかしを殺して回っているとは思わないだろう。
「そもそも、妖自体が昔話や都市伝説だし」
 胸の内だけでつぶやき、三年通えばお馴染みになるだろう景色を見流しているうちに、入試と合格発表、事前説明会とで訪れた校門にたどり着く。裏口の方が駐輪場に近かったな、と車輪の向きを変えたところで。
「おーきーたー」
「うわ、驚いた。何やってんのりょう、じゃないえっと…?」
九重ここのえ
「あーそうそう、九重先生」
 何分なにぶん、いつも呼ぶのが下の名前でうっかり姓を忘れる。相棒と呼んでも差し支えないだろう、夜歩き仲間だ。
 そんな内実にはそ知らぬ顔で、司は、見下ろす濃茶の瞳を見つめた。
「どうして根城から出てきてるんですか。遅刻者捕まえるならほら、生活指導の先生とか体育教師とか。まかりまちがっても司書教諭じゃないと思いますけど?」
 向かい合うのは、無駄に白衣を羽織はおり、無用の眼鏡をかけた青年。微妙にホストじみた髪は、染めたわけでもないのに茶色い。かせば、金色にも見える。
 九重諒は、きらりと眼鏡のレンズを光らせた。
「それはだな、誰も式が終わってからの遅刻者を想定してなかったからだ」
「それはそれは。って、それなら見逃してよ。そっちも新人なんだし出張るのって良くないよ?」
「悪目立ちでお前にかなうか。寝惚ねぼけて教室の窓から落ちたり避難訓練で一人取り残されたり、どんな自己顕示欲だ」
 そんな昔のこと、と言いながら司の眼は泳ぐ。昔と言っても、中学生のときの話でしかない。しかもその二つが氷山の一角とくれば、たしかに、悪目立が過ぎる。断じて、狙ってやったわけではないにしても。
 つい泳がせた視線の先を、制服姿の生徒の姿がよぎった。そういえば、ざわめく空気も伝わってくる。
「あ、式終わったんだ。ホームルームがあるよね? 何組だった?」
「五組」
「ふうん。じゃ、後はよろしく」
「え? あっ!」
 司が素早く自転車を預けると、正門前には、白衣の諒だけが残された。
 司は、スカートのすそひるがえし、かろやかに駆け去って行く。素早く、自転車の前かごに放り込んでいたかばんを手に距離を取る。
「やられた…」
 力なくこぼれた声を背で受け、しぶしぶといった体で自転車を押し始める諒を肩越しに見やり、にやりと笑う。肩の落ちた後ろ姿に、校門脇に植えられた桜の花びらが舞い降りる。
 司は、さっさと前を向くと足取りも軽く、生徒の群れに突入した。
 教室に荷物を置いているのか、誰も荷物を持っていない。微妙に浮きながら気にせず、先に職員室に寄るべきか直接教室に行くか、と少し考え、どうせ教室で顔を合わせるからいいかと決め込む。このあたりが悪目立ちする下地なのだが、司にはあまり自覚がない。
 一年五組の教室は、三階のほぼ中央にあった。一学年八クラスのため、四組と中央を分け合う形になる。
 その教室に踏み入ってから、司は首をかしげた。
 黒板には教室の配置図があり、順に三十二までの番号が振ってある。
 出席番号だろうとの見当はつくのだが、クラス分けの張り出しを見ていない司が、割り振られた番号を知っているはずがない。とりあえず、かばんの置かれていない机は、と探すと、困ったことに二つあった。
「えーと、ちょっといい?」
「何?」
 丁度入って来たクラスメイトをつかまえる。
 シャツの襟元にリボンの小道具をあしらった少女は、司よりも背が低く、不思議そうに見開かれた眼が印象的。リスみたいだなあと、司は密かに内心でつぶやいた。ふわふわとした柔らかそうな髪も、その感想に一役買っている。
沖田おきた司です、はじめまして」
愛知あいちルナ、一中出身。よろしくね」
「よろしく。えーっと…出席番号、知らない? あたしの」
「はい?」
 きょとんと、大きく眼を開いて小首をかしげ、固まってしまう。司は、そりゃそうだ、と苦笑しながら、ひらひらと意味もなく手を泳がせた。
「や、ちょっと寝坊してね、さっき来たとこなんだ。五組ってことはかわってるんだけど、出席番号わからなくて。クラス名簿か何か、まだもらってない?」
「寝坊? 今まで寝てたの? すっごいねー」
 可愛らしい笑い声を上げて、こっちこっち、と窓際から二列目の席へと司を誘導する。その列の一番前がルナの席らしく、きちんとまとめ置かれたプリントの中から、一枚を選び抜く。
「十八番。わたしのいっこ置いた後ろだね。机の上にプリントとか全部あるはずだよ」
「ありがと。式とかで、何か聞いといた方がいいことってあった?」
「んー? 特にはないかなあ。多分、ホームルーム出たら大丈夫だよ。でもすごいねー、寝坊って。誰も起こしてくれなかったの?」
「あー、一人暮らしなんだ。目覚まし止めたらアウト。七個も仕掛けてたってのに、全部止まってんの」
「フツーないよ、七個も目覚まし時計」
 ツボにはまったように、楽しげに笑っている。突っ込むのそこなんだ、と思いつつつられて笑った司は、ルナを椅子に座らせて、かばんだけ自分のものらしい机に置くと、立ち話を続けた。
 どこのクラスもまだ教師は来ていないようで、そこかしこで自己紹介や旧知の者との雑談が聞こえる。
 教室を見渡した司は、プリントだけ置かれ、かばんの見当たらないもう一つの机に目をめた。
「他にも遅刻した子いるみたいだね。それとも休み?」
「ああ、宮凪みやなぎさん」
 するりと名前を口にして、小首をかしげる。ひと昔かふた昔前のアイドルのようだが、嫌味がないからかやはり可愛らしい小動物じみて見える。
 知り合いなのかと訊く前に、続きが来た。
「休みかもねー。同じ中学だったけど、ほとんど姿見たことなかったもん。いじめられて不登校になってたって噂」
「…剣呑けんのんな」
「でも、日数に問題があったのに公立受かってるんだから凄いよね。私立だったら融通ゆうづうくっていうけど。頭のつくり違うのかな、やっぱり」
 さらりさらりと、口にする言葉にはまったく毒がない。内容だけ聞けば陰口のようだというのに、口調がそれを裏切っている。面白い子に当たったものだと、司は偶然に感謝した。
「つくり違う、て?」
「天才で有名だったの。でも人付き合い悪くて、そのせいで弾かれてたらしくってねー。超然としてるとこあったから」
 ルナの話から受ける印象では、いじめの不登校とは繋がらない。超然としているなら、少々の嫌がらせなら受け流して、孤高を保っていそうだ。だからルナは噂と断ったのか、嫌がらせが少々ではすまなかったのか。
 ルナの反応が見たくて入れた合いの手だが、話題の当人にも興味がわいてきた。
 更に聞き込もうと意気込んだときに、一瞬、教室が静まり返った。入り口に背を向けていた司が振り返ると、ショートカットとパンツスーツのよく似合う、新社会人といった女性が立っている。担任、佐々木ささき先生、と、ルナが素早くささやく。
「はい、席ついてー。配布物山ほどあるし今日のうちに自己紹介とか済ませるからね。合宿の話もするよ」
 ざっくばらんな言い方は、歯切れの良さからか舞台役者を思わせる。姿勢がいいせいもあるだろう。背筋が伸びているからか、司とあまり変わらない身長だろうのに、迫力がある。
 佐々木の後ろからは、式の後に捕まったのか、配布物を持たされた男子生徒が二人ほど。教卓にどさりどさりと置かれたプリント類は、その三十二分の一が手元に来ると考えても、量がある。
「とりあえず、先配るよ。手伝ってくれる?」
 てきぱきと、運悪く教卓に近い生徒が指名され、最後に司が呼ばれた。離れてるのに、と疑問が顔に出たのか、佐々木はにっこりと笑った。
「沖田、遅刻一ね。三回遅刻したら、一回欠席扱いになるから気をつけな。早退も一緒。みんなも、もう義務教育じゃないから、授業受けたくないなら受けなくていいよ。代わりに、卒業できないかもしれないけどね」
 厳しいことを笑顔で言ってのけて、手際よく配布物を振り分けていく。その間に教師は、一旦板書を消し、読みやすい字で「佐々木飛鳥あすか」と書いた。間を置いて、「委員長」「副委員長」。
 配布物が行き渡ったことの確認を取ると、こつこつと黒板を叩いた。
「式の前にも言ったけど、改めて。はじめまして、一年五組の担任をする佐々木飛鳥です。担当教科は生物だからみんなとは来年まで縁がないけど、面白いから、興味や疑問があったら何でも訊いてください。関係ないことでも大歓迎。正式に教師になったのは今年が初めてで、二年間は臨時教諭やってました。趣味はツーリングと食べること。そうそう、バドミントン部の顧問と新聞部の副顧問やってるから、希望者は声かけてね。以上。質問は?」
 いささか気圧されながらも拍手が起こり、いくつか、何歳ですかー、彼氏いますかー、ツーリングってどこ行くんですかー、といったお約束やそうでない質問が上がり、佐々木の自己紹介は終わった。
「これから出席取るから、名前呼ばれたらこんな感じで自己紹介していってね。最低限、名前プラスアルファ。趣味や興味のある部活とか、得意教科や出身中学、近所の見どころとかお勧めのお店とか、何でもいいよ。一個じゃなくてもいいからね。それと」
 そこで区切り、「委員長」「副委員長」と書いた部分を手の甲で叩く。
 慣れたあしらいは、二年間の成果か元々の性格か。教室の生徒たちの間には、好意的な空気が広がっている。
「これ、決めるから。できたらそのことも考えながら、聞いていってね。とりあえず一月、勤めてもらいます。そうそう、宮凪果林かりんさんは骨折で今日は欠席。明日からは来るそうだけど、しばらくは不自由だから今回は外してね」
 出端でばなから骨折って、自分よりも運の悪い奴がいた、と、司は、自分は運の問題ではないのに同列に並べた。司の場合は、自業自得と言う。
 宮凪の名前が挙がったときにいくらか反応を見せた者らは、同じ中学だったのだろう。一之瀬中学は東雲高校に近いからか、出身者は結構な人数がいる。
 そうして出席番号順に自己紹介が終わり、委員長副委員長が選出されて配布物を使いながらの学校生活の説明、懇親合宿の話が終わると、お開きとなった。
 プリントを適当にかばんに放り込んでいると、前の席からひょこひょこと、猫毛の頭が近付いてくる。二つに分けてまとめた毛先が、肩の上で跳ねて愛らしい。
「沖田さん、部活見学していく?」
「え、もう受け付けてるの?」
「うん。毎年恒例だって、先輩たちのお出迎え」
 言わるままに廊下をのぞいてみると、開放感でにぎやかになっているのかと思っていたそこには、ユニフォーム姿でチラシをく一団がいた。廊下には一人一個を割り振られたスチール製のロッカーが並べられているせいで狭いのに、こうなっては、すれ違うことも難しい。
 これ押しのけて進めってのか、とうっかり呟くと、隣でルナが笑った。笑い上戸じょうごなのかも知れない。
「どこかの部の人つかまえて、見学したいっていったら花道作ってくれるよ。それがいやなら、自力なの。どうする?」
「うーん。図書室行きたいから、突っ切ってく。えーと…アイチさん? は?」
「沖田さんって、名前覚えるの苦手?」
「や、字面じづら見たら覚えるんだけど。高校って名札なくて不便」
 顔と名前を一致させるのも苦手だから、小中の名札の有り難さが、今になって身に染みる。
 ルナはまた笑って、手持ち式の制かばんを、持ちにくそうに移動させた。合皮製のかばんは、かばんそのものが無駄に重い。勝手に改造できないように、底には鉄板が入っているということだから尚更だ。
 鉄板入りの情報はルナからのもので、よく知ってるなと言ったら、笑顔だけ返された。いちいち面白い。
「ルナでいいよ、まだ覚えやすいでしょ。突っ切るなら、後ろついていっていい?」
「どーぞ。あ、司で、というか好きに呼んで」
「うん、ありがとう」
 声が笑っている。肩をすくめた司は、溜息とともに、扉に向かった。
 人を押しのけて歩くのは、こつさえつかめばなんとかなった。勧誘をしている人たちが狙い目だ。二年三年の先輩方は、あくまで勧誘が目的なのだから、拒否を前面に押し出せば、割合あっさりと退いてくれる。引き際を心得ているということか。むしろ邪魔なのは、混乱している一年生の方だった。
 だから、なるべく先輩方のいるあたりを選んで進む方がいくらかましだ。
 そうやってどうにか廊下を抜け出して、やはり人は多いが広くなった分余裕のある一般教室棟と特別教室棟とをつなぐ渡り廊下も越えれば、突き当りの角部屋が図書室だ。
 なんとかもぐりこんだ司は、ぐったりとして息を吐いた。図書室の引き戸は開けっ放しだが、さすがにここまで勧誘の波はやってきていない。隣では、ルナが今にも膝をつきそうで、とりあえず閲覧室のパイプ椅子に座ろうと促した。
 図書室は、入った突き当たりにカウンターがあり、その手前は左手側が新着図書やお勧め本のコーナー、右手側が文庫コーナーになっていて、閲覧室はカウンターを横切った左手側、新着図書と雑誌の棚の裏だった。長机が二客一組で八組並べてあり、それぞれに六つの椅子が配置されている。
 近くの一脚を引いてまずはルナを座らせ、司自身もその横を引く。入学式の後だけあって、他に生徒の姿はない。閉まっていて不思議のないくらいだ。
「進学校ってもっと、部活には不熱心なイメージあったんだけど」
「そう…?」
 ルナの返事が素っ気無いのは、まだへばっているからだ。精神的に疲れはしたが、身体的には問題のない司は、肩をすくめた。
「まあ、いいことだけど。でもあれはさすがに、やりすぎじゃない? 取り締まれよ、生徒会か教師」
 あはは、と力ない笑い声が返る。笑わせようと思ったわけではないのだが、どこまでも、笑い上戸は健在らしい。
 机に突っ伏すルナを見やって、司は立ち上がった。言葉もなく見つめる眼に、軽く手を振る。
「ちょっと書庫、見てくる」
「…やすんでるねー」
 じゃあかばんよろしく、ととりあえず言って、席を立った。よろしくも何も、誰もいない。
 書架は閲覧室とは逆位置にあり、こちらは、文庫棚の裏だ。スチールの棚が並ぶのは安っぽいが、公立高校なら仕方ないか、と、市立図書館とは比べ物にならない狭さの空間に足を踏み入れる。
 背を見せる本はほとんどが古びていて、ところどころ、カバーが破けていたりもする。それでも、中学校よりは揃ってるかな、と司はつぶやいた。
 とりあえず歴史関係の書棚の前をふらふらとしていたら、反対側には準備室でもあるのか、図鑑や地図といった大判ばかりを収めた棚の中にぽかりと、ドアとドアノブがあった。
 不意にそこが開き、白衣を羽織った諒が姿を見せる。その奥を覗き込むとこちらも書棚があり、どうも、納まりきらない本の安置場所のようだ。いっそ壁を潰して書架を広げたらいいのに、とは司の独り言だ。
「遅かったな」
 不意にかけられた声に、驚くこともなく視線だけ向ける。そこには、朝と変わらず白衣と伊達眼鏡のコスプレじみた格好の諒がいた。
「歓迎があってね。それと、今閲覧室に人がいるから」
「いつの間に。さっきまで誰もいなかったのに?」
「成り行きで一緒に来た」
 へえ、と一瞬意外そうなかおをして、にやりと笑う。
 その変化が気に喰わず、司は、むっと顔をしかめた。それが諒の思う壺とわかるからこそ、余計に気に喰わない。
「友達百人できるかな、だな」
 いちいち節をつける諒を睨みつけると、大袈裟な動きで肩をすくめて見せた。そうすると、ホストというよりも三枚目を意識した役者のようだ。
 人付き合いが得意ではないとの自覚はあるが、からかわれると腹が立つ。
 そもそも人ではないはずの諒の方が、社会人としても集団に紛れるのがうまい。そんなところまで、少し苛立つ。逆恨みとわかっているから、口にこそしないが。
 司の感情を知ってか知らずか、しかしまあ、と、諒は手を広げた。
「人がいるなら手早く済ますか。呼び出しかかったぞ」
「また? なんか最近、間隔縮まってない?」
「さもありなん。このご時世だ」
 ひらりと手を振ると、諒は、司の肩に手を置いた。何、と首をかしげる司に笑いかけ、くるりと背を向けさせる。
「さー、帰った帰った。閉めるぞー」
「え、まだろくに本見てないのに!」
 慌てて首をひねるが、完璧な営業用の笑顔に遭遇する。大きな手に押され、司の努力も空しく、押し戻されてしまった。
「明日は実力試験だろ。さっさと帰れー」
 そのまま閲覧室まで押して行かれ、大分回復した様子のルナと顔を合わせた。ルナはぽかんと、諒を見上げている。
「はい、君も。またのお越しを。明日も開けてるからねー」
 二人揃って押し出され、廊下に取り残された。ぴしゃりと閉められた扉の上部に嵌っているのは曇りガラスで、中の様子は窺い知れない。
 帰り道、ルナはぽつりと、委員会決め揉めるかもしれないねー、と言った。
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