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中編
第二幕1
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窓の外を、散った落ち葉が風に巻き上げられて飛んでいく。風は、それなりに冷たいようだ。
「猫屋」の調理場の換気扇が、外から回される。だが、店内にその冷たさは無縁だった。
紅茶の湯気に当たりながら、彰はセイギを見返した。その仕草は、小学生にしか見えない外見を裏切り、随分と大人びている。
「ゆかり。部屋を変えた方がいい?」
「え?」
突然の展開に、何も考えずにみかんパイを食べていたゆかりは、ついていけなかった。自分が話しかけた途端に入ってきた真理に腹を立てることもなく、それどころか忘れ掛けてさえいた。
癖のあるセミロングの髪を揺らして、首を傾げる。
「話を聞きたいから」
「あっ、そうでしたね」
ようやく思い出したゆかりを見て、彰とロクダイが苦笑する。
店に慣れたのか、初めはびくびくしていたゆかりも、本来の調子を取り戻したらしく、のんびりとしている。少し、呑気すぎる気もするが。
ゆかりは、手を組んで少しの間考えた。傍から見ていると、祈っているかのようだ。
「ええと…どこでもいいです。話、ちゃんと聴いてもらえるなら。仕事、頼んだら…引き受けてくれますよね?」
「多分ね」
彰とロクダイが頷く。セイギは、真理に気を遣ってか肯きはしないが、真っ直ぐにゆかりを見ていた。
ゆかりは、もう一度思い出してみた。映画を見ているように、くっきりと思い出せる。
「私、死んだんです。電車に轢かれて。それなのにまだここにいるから…成仏、させて欲しいんです。お金は払えないけど…お皿洗いとか、成仏するまで働きます。だから…」
「何言ってるの。ちょっと、大丈夫?」
突然、真理が立ちあがる。混乱したままゆかりの話を聞くともなしに聞いていたのだが、つい声をあげてしまった。
ゆかりがおかしくなっているのかと思ったのだ。
「幽霊なんていないわよ。わかってるでしょ?」
「います。私がここにいるんだから、いるんです」
「ちょっと…」
「わかりました。お引き受けします」
説得を期待したのに、彰があっさりと言ったことに、真理は呆気に取られた。見てみると、セイギもロクダイも、全く動揺していない。
こういったことに慣れているのだろうかと、真理は取り敢えず黙ることにした。黙って座ると、苦笑したようなセイギと目が合った。
彰は、真理の行動を特に気にした様子もなかった。ゆかりに向けて、笑みを浮かべる。
「お金はいらないよ。まあ、そっちが本業みたいなものだからね」
「本業、ですか?」
「うん」
頷いて、彰は椅子の上に立ち上がった。すかさず、ロクダイがテーブルを埃のかぶらないところに移動させる。
「ある時は怪しい喫茶店。またある時は不気味な雑貨屋。またまたある時は、謎の何でも屋。しかしてその実態は――」
「その名も虚しい、幽霊たちの迷子センター」
「決め台詞を! おまけに、虚しいって何、虚しいって!」
普段とは逆に、彰が見下ろしてセイギにくいかかる。
振りまでつけて熱弁した彰にとって、最後の台詞を、しかも淡々と言われては立場がない。慣れているロクダイは、一人悠々とお茶を飲んでいた。
ゆかりが一人、慌てたように二人を見比べる。
「だって虚しいだろ。迷子センターだぜ。子どもだけじゃないんだしさあ、もっとこう、『必殺! 仕事人!』とか」
「それ、意味違うし」
「でもさあ…」
「ちょっと! 何よそれ、なんなのよ、この店! ふざけるんじゃないわよ!」
「ふざけてないよ」
「どこがよ! こんな店、来るんじゃなかった!」
何を怒ってるんだろうと、真理はどこかで思った。自分の冷静な部分が、どうしてこんな事で怒っているのかと、訝っている。
ただ、喫茶店で近くに座っていただけの人だ。どうなろうと関係ないはずだ。それに対する店の反応も、気にすることはない。店を出れば、自分とは関係がなくなる。それなのに。
「帰るわ。いくら」
「金は取らないって言っただろ。それに財布持ってないだろ、どうやって払うんだよ」
セイギの言葉に、激昂していた真理の顔色が変わる。財布がないという事を、話した覚えはない。真理は、怯えた瞳でセイギを見た。
だがセイギは、冷静にそれを見返した。
「本当に覚えてないのか?」
「猫屋」の調理場の換気扇が、外から回される。だが、店内にその冷たさは無縁だった。
紅茶の湯気に当たりながら、彰はセイギを見返した。その仕草は、小学生にしか見えない外見を裏切り、随分と大人びている。
「ゆかり。部屋を変えた方がいい?」
「え?」
突然の展開に、何も考えずにみかんパイを食べていたゆかりは、ついていけなかった。自分が話しかけた途端に入ってきた真理に腹を立てることもなく、それどころか忘れ掛けてさえいた。
癖のあるセミロングの髪を揺らして、首を傾げる。
「話を聞きたいから」
「あっ、そうでしたね」
ようやく思い出したゆかりを見て、彰とロクダイが苦笑する。
店に慣れたのか、初めはびくびくしていたゆかりも、本来の調子を取り戻したらしく、のんびりとしている。少し、呑気すぎる気もするが。
ゆかりは、手を組んで少しの間考えた。傍から見ていると、祈っているかのようだ。
「ええと…どこでもいいです。話、ちゃんと聴いてもらえるなら。仕事、頼んだら…引き受けてくれますよね?」
「多分ね」
彰とロクダイが頷く。セイギは、真理に気を遣ってか肯きはしないが、真っ直ぐにゆかりを見ていた。
ゆかりは、もう一度思い出してみた。映画を見ているように、くっきりと思い出せる。
「私、死んだんです。電車に轢かれて。それなのにまだここにいるから…成仏、させて欲しいんです。お金は払えないけど…お皿洗いとか、成仏するまで働きます。だから…」
「何言ってるの。ちょっと、大丈夫?」
突然、真理が立ちあがる。混乱したままゆかりの話を聞くともなしに聞いていたのだが、つい声をあげてしまった。
ゆかりがおかしくなっているのかと思ったのだ。
「幽霊なんていないわよ。わかってるでしょ?」
「います。私がここにいるんだから、いるんです」
「ちょっと…」
「わかりました。お引き受けします」
説得を期待したのに、彰があっさりと言ったことに、真理は呆気に取られた。見てみると、セイギもロクダイも、全く動揺していない。
こういったことに慣れているのだろうかと、真理は取り敢えず黙ることにした。黙って座ると、苦笑したようなセイギと目が合った。
彰は、真理の行動を特に気にした様子もなかった。ゆかりに向けて、笑みを浮かべる。
「お金はいらないよ。まあ、そっちが本業みたいなものだからね」
「本業、ですか?」
「うん」
頷いて、彰は椅子の上に立ち上がった。すかさず、ロクダイがテーブルを埃のかぶらないところに移動させる。
「ある時は怪しい喫茶店。またある時は不気味な雑貨屋。またまたある時は、謎の何でも屋。しかしてその実態は――」
「その名も虚しい、幽霊たちの迷子センター」
「決め台詞を! おまけに、虚しいって何、虚しいって!」
普段とは逆に、彰が見下ろしてセイギにくいかかる。
振りまでつけて熱弁した彰にとって、最後の台詞を、しかも淡々と言われては立場がない。慣れているロクダイは、一人悠々とお茶を飲んでいた。
ゆかりが一人、慌てたように二人を見比べる。
「だって虚しいだろ。迷子センターだぜ。子どもだけじゃないんだしさあ、もっとこう、『必殺! 仕事人!』とか」
「それ、意味違うし」
「でもさあ…」
「ちょっと! 何よそれ、なんなのよ、この店! ふざけるんじゃないわよ!」
「ふざけてないよ」
「どこがよ! こんな店、来るんじゃなかった!」
何を怒ってるんだろうと、真理はどこかで思った。自分の冷静な部分が、どうしてこんな事で怒っているのかと、訝っている。
ただ、喫茶店で近くに座っていただけの人だ。どうなろうと関係ないはずだ。それに対する店の反応も、気にすることはない。店を出れば、自分とは関係がなくなる。それなのに。
「帰るわ。いくら」
「金は取らないって言っただろ。それに財布持ってないだろ、どうやって払うんだよ」
セイギの言葉に、激昂していた真理の顔色が変わる。財布がないという事を、話した覚えはない。真理は、怯えた瞳でセイギを見た。
だがセイギは、冷静にそれを見返した。
「本当に覚えてないのか?」
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