月夜の猫屋

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
24 / 73
短編

闇の中

しおりを挟む
 闇の中を歩いていた。
 真っ暗なのに、何故か周りが見える。ひょっとすると、これは闇ではなくて、ただ黒いだけなのかもしれない。
 随分歩いた気がするけど、周囲の景色は変わらないし、あまり疲れた感じもしない。時間か疲労の感覚がマヒしたのかもしれない。
 昨日は、全くいつも通りだった。それが、目が覚めてみるとこんなところにいた。どうしてなのか、ここはどこなのか。答えの出ない問いが、ぐるぐると頭の中を回っている。
 現実離れしていて、もう半ばどうでもいい。何故か、夢だとは思えないでいる。
「冗談じゃないわよ。あたしが何したって言うのよ」
 まだ、何一つやってないのに。
 どこを向いても闇の色しかなくて、他には誰もいなくて―――恐い。
香奈かなちゃん?」
 髪の長い女の子がいた。あたしと同い年か少し下くらい。闇色にきらめく瞳が、異様に美しい。
末永すえなが香奈ちゃんよね?」
「…うん」
 誰だろう。さっきまで、誰でもいいから会いたいと思っていたのに、今は「誰か」がいることが恐い。
「良かった。間違えたらどうしようかと思っちゃった。さあ、行こう」
「…どこに?」
 そう訊くと、彼女は哀しそうなカオをした。いつも見る、あの大嫌いなカオ。彼女が何か言いかけるのをさえぎって言う。
「あたし、死んだの?」
 こたえは無かった。表情が消えている。何かをこらえるように。こまやかな偽善に、ウンザリする。
 死んだのは、あなたじゃない。可哀想なんて思われるだけ、みじめになる。
「気にしないでよ。わかってたんだから」
 わかってた。ずっと病院で過ごして、「生きてるのが奇跡」だなんて言われて、みんなから気の毒がられて。本当は、目が覚めてからずっと、ここは「死後の世界」なんじゃないかと思ってた。
「それで、どこに行けばいいの」
「…いいの?」
「何が。死んだこと? 今更あがいたからって、どうにかなるの? ならないよね。『死にたくない』って叫んだからって、助かるわけ無いんだから」
 意外に声が響いた。でも、ほとんど気にならなかった。それよりも、苛立ちのほうが強い。わかりもしないのに、親切ぶったことを言わないで。
 少しして、静けさが戻った。
「早くしてよ。こんなところになんていたくないわ」
「本当に?」
 見上げた彼女の瞳には、本物の闇が映っていた。全てを吸い込むような、底無しの空間。恐いのに、目が離せない。ひきつけられる。
「ねえ、だったら私に頂戴ちょうだい。いらないんでしょう。ね?」
 平坦な声に、恐怖が増す。それでも、逃げる気にはなれなかった。そう。どうせ、死んだんだし。何をあげてもいいんじゃない?
「駄目だよ、ミサキ。それをしたら自分じゃいられなくなる」
 声が聞こえた。声の主は、自然な動きであたしと彼女の間に割りった。少年のような風貌ふうぼうに、哀しげな空気を漂わせながら。
「久しぶりね、アキラ。こんな風に再開なんてしたくなかったわ」
「あたしもだよ。やめなよ。まだ、今なら…間に合うよ」
「嫌よ。もう無理なの。長すぎたわ」
 不思議な光景だった。彼女は、後からきた少女よりも幼いのに、大人びて見えた。
 一体、何が起きているのかがわからない。
「アキラ、そこを退きなさい。その子は放棄したのよ。だから、私がもらうの」
「それでも、駄目だよ」
「だったら、止めなさい。その為に来たんでしょう」
「……そうだね」
 アキラと呼ばれた人の台詞セリフは、さばさばとした感じなのに、そうは聞こえなかった。まるで、泣いているみたいで。
 次の瞬間には、彼女たちは動いていた。
 どこからか出した長い棒で何度か打ち合い、最終的には、アキラという少女の棒が、ミサキという少女をつらぬいた。それが、ひどくながく思えた。 
「ありがとう、アキラ」
 ミサキという少女は、そう言って消えた。
「殺した、の……?」
「うん」
 恐かった。あたしも死んだんだから関係ないと、そう思いながらも、どうしようもなく恐くて、駆け出した。
 わからない。どうしてありがとうなんて言えるの。殺されたのに。それも、親しかっただろう人に殺されたのに。あたしは嫌だ。恐い。まだ、死にたくない―――。
「うん。頑張ってね」
 そんな声が聞こえた気がした。
 気付くとあたしは、いつも通りに病院のベッドに寝ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

器用貧乏の底辺冒険者~俺だけ使える『ステータスボード』で最強になる!~

夢・風魔
ファンタジー
*タイトル少し変更しました。 全ての能力が平均的で、これと言って突出したところもない主人公。 適正職も見つからず、未だに見習いから職業を決められずにいる。 パーティーでは荷物持ち兼、交代要員。 全ての見習い職業の「初期スキル」を使えるがそれだけ。 ある日、新しく発見されたダンジョンにパーティーメンバーと潜るとモンスターハウスに遭遇してパーティー決壊の危機に。 パーティーリーダーの裏切りによって囮にされたロイドは、仲間たちにも見捨てられひとりダンジョン内を必死に逃げ惑う。 突然地面が陥没し、そこでロイドは『ステータスボード』を手に入れた。 ロイドのステータスはオール25。 彼にはユニークスキルが備わっていた。 ステータスが強制的に平均化される、ユニークスキルが……。 ステータスボードを手に入れてからロイドの人生は一変する。 LVUPで付与されるポイントを使ってステータスUP、スキル獲得。 不器用大富豪と蔑まれてきたロイドは、ひとりで前衛後衛支援の全てをこなす 最強の冒険者として称えられるようになる・・・かも? 【過度なざまぁはありませんが、結果的にはそうなる・・みたいな?】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...