月夜の猫屋

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
19 / 73
短編

最後の言葉

しおりを挟む
 みつるは、何をぼんやりとしているのか、車が向って来ている道路を渡ろうとした。私は、急いで走り、そのまま充を蹴飛ばした。
 充がいた方の歩道に着いてもしばらく、動悸どうきがおさまらなかった。下手をしたら、私もかれていただろう。
「何考えてんのよ。死んじゃうでしょ!」
真理まり?」
「そうよ! 生きてるわね? 死んだりしてないでしょうね」
「う、うん、まだ生きてる。死んだ覚えはない」
 私の従兄妹いとこの高槻充はどこか抜けていて、私はいつも怒鳴りつけていた。でも、だからってこんな時まで……こんな時? こんな時って、どういう意味だろう。
 …まあ、いいか。大切なことだったらきっと、そのうち思い出すだろう。とにかく、こんなところで突っ立っていても意味がない。
「いつまでそうやってるのよ。ずっと座ってるつもり?」
「あ…いや、なあ…」
「何よ?」
 幼なじみだったこともあって、割と短気な私も、充に限ってはこののんびりとしたところにも慣れているつもりだった。もっとも、あくまで「比較的」に過ぎないけれど。
「う、うん、いや、あの、」
「はっきりしなさいよ! ずっとそんなだったら、私帰るわよ」
「……足、捻挫したみたいなんだ」
「さっきので?」
「うん」
「どじなんだから。まあ、下手したら足どころじゃなかったんだから、まだマシかもね。立てる?」
「うん」
 前に部活で捻挫したから、きっとくじきやすくなってるんだと、充は言い訳じみたことを言った。
 そう言えば、あの時は…中学最後の試合の最中だった。四回表の攻撃側。二塁への滑り込みで足をひねり、その後勝ち抜いていった試合にも、出ることが出来なかった。
 なんだか随分と懐かしい気がする。まだ、ほんの二、三年前のことなのに。
「真理、肩貸してくれないか?」
「え? あ、ああ、どうぞ。歩けるの?」
「まあ、とりあえず」
 口調は軽いけれど、どうも違う気がする。充はいつも、一人で我慢をするのだから。あの試合の時もそうだった。
 試しに充が手をかけている肩を引くと、体重をかけていない、捻挫した方の足が大きく空を切り、しりもちをつきかけた。
「仕方ないわね。家まで一緒に行くわ。それと、もっと体重かけても大丈夫よ」
「ありがとう、なんだけどさ、もっとマシな確かめかたなかったのかよ」
「例えば?」
「直接俺に聞くとか」
「そんな無駄なこと、思いつかなかったわ」
「あっそ」
 顔は見えないけど、きっとふてくされたような表情をしているだろう。その様子が幼く見えることに、未だ本人は気付いていなかった。
「…なあ、真理?」
「何?」
「俺、お前が好きだ」
「は?」
 冗談かと思ってすぐ横の顔を見ると、至って真面目だった。
「ちょっと待ってよ、何よ、突然」
 混乱して、ついつい支えていた体を離してしまった。ところが充は、そのまま我慢する風でもなく立っている。 
「充、足…」
「ごめん、嘘ついた。こうでもしなきゃ、もう会えないと思ったから」
「何言ってるのよ。いつでも………あ」
 思い出した。
 私、もう死んでたんだ。
 それを、充に…別れを言いたかったから、ここに連れて来てもらったんだ。そっか。
「足、怪我してないなら大丈夫よね。じゃあね」
「待てよ、真理。俺、本当に…」
「充。ちゃんと過去形にしてよね。じゃなきゃ、安心して成仏できないじゃない。私も…好きだったわ」
 そのまま、一度も振り向かないで歩いていった。どこをどう歩いたのかもわからなくなった頃に、その人が表れた。異様に似合った着流しが、妙に可笑おかしい。
「もういいのか」
「ええ。ありがとう、わがままを聞いてくれて」
「礼は要らぬよ。わしらにはこれくらいしか出来んから」
「いいの、ありがとうって言いたいの。行きましょ」
 馬鹿馬鹿しいほどに、ドラマみたいな終り方。相変わらず、夜なのに空が明るい。いつもは嫌いな風景が、今はそうでもなかった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

私の部屋で兄と不倫相手の女が寝ていた。

ほったげな
恋愛
私が家に帰ってきたら、私の部屋のベッドで兄と不倫相手の女が寝ていた。私は不倫の証拠を見つけ、両親と兄嫁に話すと…?!

処理中です...