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進路 2008/7/23
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「だからって殺されるわけじゃないし」
へらりと笑って見せると、渋い顔をされた。それは、物騒な言葉を使ったからというわけではないだろう。
加藤俊哉。制服姿のままのんびりとハンバーガーやポテトを食べているが、実は、殺人稼業をこなしていたりする。
通りの窓ガラスに面したカウンター席で俊哉の隣に座る諒一も、多分同業者だ。多分、というのは、俊哉が必要なものを受け取ったり依頼を受けたりといった補佐をしてもらったことしかないためだ。
やり手の若手経営者じみた諒一は、こちらもハンバーガーを齧りながら顔をしかめた。
「そんな成績で、どんな大学に行けるっていうんだ」
「大学?」
「行かないつもりか? 要望としては、いくつか上がってるんだが」
そう言って挙げた名は俊哉ですら聞いたことのある有名大学ばかりで、高校を隠れ蓑としてしか使っていない俊哉の偏差値では、間違ってもひっかからない。
今度は逆に俊哉が顔をしかめると、諒一は、冷たく見える笑みを返した。
「高校生の肩書きより自由が利くぞ、大学生は。難関ともなれば、結構な身分保障にもなる」
俊哉の眉間の皺が取れないのに気付いてか、くくっと、押し殺すようにして笑い声をもらす。
「そう言う諒一さんは、さぞかし立派なところを出たんだろうね」
「まあな」
余裕たっぷりに切り返され、むっつりとジンジャーエールをすする。食べ尽くしてしまった。
もっと買って来ようかと迷っていると、まだ半分以上が残るポテトが差し出された。遠慮なく、受け取ることにする。
「大体、要望って何。俺がどこの誰でいようと、やることさえやったら関係ないだろ。学費出してくれるとでも?」
「そのくらいは稼いでるだろ」
「自腹なら余計、学費払えば入れてくれるところでいいって」
ふうん、と、諒一は鼻で笑った。そういった仕草が似合うのだから、見ていて厭になる。そういえば、噂は本当だろうか。
「さっき挙げたうちのどれかに通うなら、公立との差額分くらいは出してくれるらしいが?」
「…いや、今更無理。勉強なんか無理」
「見てやろうか? 勿論有料だが」
「諒一さん、本業教師のバイトでホストのときにスカウトされたって本当?」
おや、と言いたげに諒一の眉が動いた。事実であれば、さぞかし稼いだだろうと思う。しかし、教師は似合わない。
「半分当たりで半分はずれだな。本業は塾講師で、今も、そこの塾からの斡旋を受けて家庭教師業を満喫中だ」
「塾講師とホストって活動時間被ってない?」
「さてな。どうする? 見てほしいなら、一人分くらい時間調整してやるぞ」
俊哉は、ふいと視線を逸らした。窓ガラスには、俊哉と似たような制服の少年少女が、それぞれの話に盛り上がっている。そこに混じるスーツ姿は、営業マンの休憩だろうか。
そんな、ありふれたなごやかな人たち。俊哉と諒一の会話にしても、何も知らなければ、ただの進路相談に聞こえるだろう。
のどかすぎて平和すぎて――眩暈がしそうだ。
「いいけどそれ、うちでやるの?」
「まさか。毒蛇の巣に潜り込むほど、俺は自殺願望なんぞ持ってないぞ。ファミレスか図書館の自習室でも借りればいいだろう」
込み上げていた殺意が、不意と凪ぐ。それができるからこそ、諒一は俊哉の補佐をやってのける。
「そのわりによく、平気で一緒にご飯食べたりできるね」
「人目のあるところではとりあえず保身が働くくらいには打算があるだろ、お前は」
彼は、俊哉が無感情に無感動に人を殺めることを、その対象に己も入っていることを、知っている。知っていることを、隠そうともせずにむしろ、見せ付ける。
そのことが、俊哉を落ち着かせる。まるでそれは、鏡を見せられたメデューサのように。
「じゃあ、頼もうかな。センセイ?」
「わざわざ呼び方変えなくていいぞ。そうと決まったら、今までのテストとノート、一通り見せるように。よろしくな、新米生徒」
にっと、二人の人殺しは笑った。
へらりと笑って見せると、渋い顔をされた。それは、物騒な言葉を使ったからというわけではないだろう。
加藤俊哉。制服姿のままのんびりとハンバーガーやポテトを食べているが、実は、殺人稼業をこなしていたりする。
通りの窓ガラスに面したカウンター席で俊哉の隣に座る諒一も、多分同業者だ。多分、というのは、俊哉が必要なものを受け取ったり依頼を受けたりといった補佐をしてもらったことしかないためだ。
やり手の若手経営者じみた諒一は、こちらもハンバーガーを齧りながら顔をしかめた。
「そんな成績で、どんな大学に行けるっていうんだ」
「大学?」
「行かないつもりか? 要望としては、いくつか上がってるんだが」
そう言って挙げた名は俊哉ですら聞いたことのある有名大学ばかりで、高校を隠れ蓑としてしか使っていない俊哉の偏差値では、間違ってもひっかからない。
今度は逆に俊哉が顔をしかめると、諒一は、冷たく見える笑みを返した。
「高校生の肩書きより自由が利くぞ、大学生は。難関ともなれば、結構な身分保障にもなる」
俊哉の眉間の皺が取れないのに気付いてか、くくっと、押し殺すようにして笑い声をもらす。
「そう言う諒一さんは、さぞかし立派なところを出たんだろうね」
「まあな」
余裕たっぷりに切り返され、むっつりとジンジャーエールをすする。食べ尽くしてしまった。
もっと買って来ようかと迷っていると、まだ半分以上が残るポテトが差し出された。遠慮なく、受け取ることにする。
「大体、要望って何。俺がどこの誰でいようと、やることさえやったら関係ないだろ。学費出してくれるとでも?」
「そのくらいは稼いでるだろ」
「自腹なら余計、学費払えば入れてくれるところでいいって」
ふうん、と、諒一は鼻で笑った。そういった仕草が似合うのだから、見ていて厭になる。そういえば、噂は本当だろうか。
「さっき挙げたうちのどれかに通うなら、公立との差額分くらいは出してくれるらしいが?」
「…いや、今更無理。勉強なんか無理」
「見てやろうか? 勿論有料だが」
「諒一さん、本業教師のバイトでホストのときにスカウトされたって本当?」
おや、と言いたげに諒一の眉が動いた。事実であれば、さぞかし稼いだだろうと思う。しかし、教師は似合わない。
「半分当たりで半分はずれだな。本業は塾講師で、今も、そこの塾からの斡旋を受けて家庭教師業を満喫中だ」
「塾講師とホストって活動時間被ってない?」
「さてな。どうする? 見てほしいなら、一人分くらい時間調整してやるぞ」
俊哉は、ふいと視線を逸らした。窓ガラスには、俊哉と似たような制服の少年少女が、それぞれの話に盛り上がっている。そこに混じるスーツ姿は、営業マンの休憩だろうか。
そんな、ありふれたなごやかな人たち。俊哉と諒一の会話にしても、何も知らなければ、ただの進路相談に聞こえるだろう。
のどかすぎて平和すぎて――眩暈がしそうだ。
「いいけどそれ、うちでやるの?」
「まさか。毒蛇の巣に潜り込むほど、俺は自殺願望なんぞ持ってないぞ。ファミレスか図書館の自習室でも借りればいいだろう」
込み上げていた殺意が、不意と凪ぐ。それができるからこそ、諒一は俊哉の補佐をやってのける。
「そのわりによく、平気で一緒にご飯食べたりできるね」
「人目のあるところではとりあえず保身が働くくらいには打算があるだろ、お前は」
彼は、俊哉が無感情に無感動に人を殺めることを、その対象に己も入っていることを、知っている。知っていることを、隠そうともせずにむしろ、見せ付ける。
そのことが、俊哉を落ち着かせる。まるでそれは、鏡を見せられたメデューサのように。
「じゃあ、頼もうかな。センセイ?」
「わざわざ呼び方変えなくていいぞ。そうと決まったら、今までのテストとノート、一通り見せるように。よろしくな、新米生徒」
にっと、二人の人殺しは笑った。
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