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2006/8/15
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迎え火も送り火も、一体何時どうやって焚けばいいのか知らない。仏壇には、何を何時供えればいいのか。あの鳴らすやつは、何と呼べばいいのか。
何も知らないままに、僕らは盆を迎えた。
「ある地域ではね、引っ越したりすると、はじめてのお盆のときには、前の家から新しい家まで、迎え火を持って歩くそうよ。そうやって、案内するんですって」
「へぇ。でもまあ、僕らは、ずっとここだし」
「まあ、そうだけど」
苦笑めいた反応に、うっかりと勢い付いてしまう。
「大体、冠婚葬祭はどれを取っても、生きてる人のためのものなんだよ。葬式だって、極論を言えば残された側の自己満足でしかない。だから、重荷になったり義務だと思う時点で、何か違ってるんだよ」
相手は、ただ、淋しげにうっすらと微笑んだ。
こんなときに、言うべき言葉ではなかったかもしれないと、思う。それほどに――義母は、その「自己満足」を必要としているように見えた。
でも、口にした言葉は取り戻せない。
あの一瞬、手を伸ばして父を掴めなかったのと同じように。
全く同じ何かを、やり直したり、取り戻したりすることは不可能だ。そんなことくらいは、十分すぎるほどに知っている。後悔なんて、何の役にも立ちはしない。
「そうと知っていても…こういう機会があるのは、正直、助かるわね」
「……うん」
それが、本来の宗教行事の役目だと思うよ。心のうちでだけ、僕は呟いた。肯くだけで、十分だった。
束の間死者の立ち戻る国に、僕らは、暮らしているのだから。
何も知らないままに、僕らは盆を迎えた。
「ある地域ではね、引っ越したりすると、はじめてのお盆のときには、前の家から新しい家まで、迎え火を持って歩くそうよ。そうやって、案内するんですって」
「へぇ。でもまあ、僕らは、ずっとここだし」
「まあ、そうだけど」
苦笑めいた反応に、うっかりと勢い付いてしまう。
「大体、冠婚葬祭はどれを取っても、生きてる人のためのものなんだよ。葬式だって、極論を言えば残された側の自己満足でしかない。だから、重荷になったり義務だと思う時点で、何か違ってるんだよ」
相手は、ただ、淋しげにうっすらと微笑んだ。
こんなときに、言うべき言葉ではなかったかもしれないと、思う。それほどに――義母は、その「自己満足」を必要としているように見えた。
でも、口にした言葉は取り戻せない。
あの一瞬、手を伸ばして父を掴めなかったのと同じように。
全く同じ何かを、やり直したり、取り戻したりすることは不可能だ。そんなことくらいは、十分すぎるほどに知っている。後悔なんて、何の役にも立ちはしない。
「そうと知っていても…こういう機会があるのは、正直、助かるわね」
「……うん」
それが、本来の宗教行事の役目だと思うよ。心のうちでだけ、僕は呟いた。肯くだけで、十分だった。
束の間死者の立ち戻る国に、僕らは、暮らしているのだから。
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