地球と地球儀の距離

来条恵夢

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薬局 2005/2/16

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 薄汚い店だな、と、三弥ミツヤは、早くも入ったことを後悔していた。
 風邪薬くらい、どこで買っても同じと思ったのだが、間違っていただろうか。市販品でも、消費期限が切れているかも知れない。
 やめるか、と、忍ばせ気味だった足を止めて、身をひるがえそうとする。そこに、声がかかった。

「おや、いらっしゃい」
「――」

 しまった、逃げられない。

 渋々と顔を上げると、白衣を着て眼鏡をかけた、いかにもな店員が、にこりと、嘘臭い笑顔で迎えた。まだ若く、大学生くらいに見える。しかし、三弥を見て、少しばかり意外そうに目が開かれた。

「何がお入り用で?」
「風邪薬が、ほしいんですけど。ありますか?」
「風邪薬、ですか。あまりおすすめできませんねえ」

 薬屋のくせに、妙なことを言う。三弥は、思わず眉をひそめた。
 店員は、それに応えて軽く肩をすくめる。

「症状が楽になった気はするけど、結局のところ、治る時間は変わりませんからねえ。どうせなら、漢方でも飲んで体質改善を目指す方がおすすめですね」

 効く保証はないけど、と付け加えられた呟きも、しっかりと耳に届く。

「…じゃあ、漢方、ください」
「置いてないよ」
「――は?」

 店員の嘘臭い笑みが、チェシャネコの笑いのように見える。一体、どこに誘導しようというのか。

「それにしても、お客さん、物好きだねえ。こんな小さな店、見つけるだけならともかく入って薬買おうとするなんて」
「だってここ、薬屋だろ」
「間違ってはないけどね。ただ、用途が限られていてね。病気用の薬品は置いていないよ。残念だったね」
「ありか、そんなの?」

 薬屋と看板を出しておきながら、病院の処方箋に応じてしか薬を出していない、とでも言うならまだしも、なんだそれは。
 三弥は、思い切り胡乱うろんな視線を向けた。それでも、店員はみを崩さない。ますます猫っぽい。

「迷い込んだんだよ、君は。一応、間違えないように小さく看板は出していたけど、いやあ、一般客が来るのは、実に久しぶりだね」

 大丈夫かこいつは。その言葉は呑み込んで、ちらりと、出口に視線を向ける。逃げ道は確保しておきたい。

「ここは、殺し絡みの専門店でね。主製品は、毒薬。だから、君には必要ないと思うよ。わかった?」
「…」
「疑ってるね? まあ、どうでもいいけどね。信じて警察駆け込んでも、無視してこのまま帰っても、お好きなように」

 にやにやと笑う店員に、背を向ける。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
 三弥の背に、思いのほか重い声がかけられた。

「死にたくなったらまた来なよ、そのときは売ってやる」

 誰がと、言い切ることはできなかった。それは、毒にも似た感情なのかも知れない。 
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