地球と地球儀の距離

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
24 / 95

贖罪 2003/10/23

しおりを挟む
「…やあ。やっと来たんだね。…待ってたんだよ」

 柔らかく、果敢なげに笑う青年を、少女はただ見返した。その瞳は、感情がないようにさえ見えるだろう。
 しかし、少女の瞳は常に怒りをたたえている。狂気を秘めている。だからこそ、かえって感情がないように見える。

「…私も、お前に会いたかった」

 少女の声は、低くさびているようでいて、どこか甘い。
 青年は、哀しそうに晴れやかに、笑った。
 風が二人の間を抜け、それぞれに羽織っているマントと、長い髪を揺らして行く。

「ずっと、ずっと待ってた。君が来てくれるのを。君が、僕を裁きに来てくれるのを」
「私は、裁いたりしない」
「…僕を殺せるのは、君だけだから。それが、裁きになる」

 少女は、真っ直ぐに青年を見た。
 この男は妹の直接のかたきだと、何度目かも判らない声が、胸中で響く。だから、刀をふるえと声がささやきかける。それは、自分の声だった。
 だが、と少女は考える。それでは、自分も同罪だ。彼に頼んだのは、自分なのだから。
 そうして、少女は、揺るぎ無い答を導き出す。繰り返し、繰り返された解答式。少女は、半ば無意識に腰に履いた剣に手を添えて、逆の手を差し出した。

「死神。あの過去を悔いるなら、私と一緒に来るんだ。私に罪を憶えるというのならば、この手を取れ。――私は、神々を斬りに行く」

 青年は、恐怖にか眼を見開いた。今にも叫び出しそうな表情は、見たことがあった。もう、十年以上は前のことになる。

 少女には、一人の妹がいた。妹はほんの数日しか生きなかったが、確かに、いた。父は既になく、母の命を譲り受けて、その子供は確かに生まれた。
 少女は、生まれたばかりの妹が祝福を授かるよう、神会へと足を運んだ。小さな小さな妹を大切に抱きかかえて、まだ小さな足を一生懸命に動かして。
 しかし神会には、神々はいなかった。いたのは、少女と変わらないほどの、まだ小さな男の子だった。濡れたように黒い瞳と髪を、珍しいと思った。  

『あなたは?』
『僕…は…今、生まれたばかりの…。君は? 君は…何をしに、ここに?』
『いもうとが生まれたの。だから、祝福をもらいにきたの。しあわせになるように、神様に祝福をもらいにきたの』
『僕も…神だよ』
『ほんとうに? じゃあ、この子に祝福をあげてくれる?』
『うん』

 知らなかったのだ。少女も、少年も。少年は己が、少女は彼が、死神だとは知らなかった。
 死神の祝福は――死。
 幼子は、短い生を終えた。誰も考えもしなかった理由で、母を追ってってしまった。

『まあ、なんてこと! 人のがいるわよ』
『どういうことだ。ここは封じたはずだろう?! 生まれたばかりなら、まだ祝福を受けずにどこにもその位置の定まっていないものならともかく、何故あんな子供が?』
『――神殺しの児だわ』 
『では、あの児が』
『忌まわしい死神を――!』
『あの児が!』
『…でも、今はまだ早い』

 神々の囁く声が聞こえ、次の瞬間には、少女は息絶えた妹を抱いたまま、神会の外にいた。神々から正式に話を受けたのはいつだったか、妹と母の亡骸なきがらをどうやってとむらったのか、そのあたりの記憶はあやふやだ。
 とにかく少女は、そのときに多くのものを失ったのだ。

 少女は、凍りついたような青年を見て、初めて感情のようなものを見せた。皮肉げに、片頬を歪める。

「八つ当たりだろうという自覚はある。神々が正しいのかもしれない。だが私は、決して納得はしない。…何かを恨まなければ、私は壊れていた。いや…うに、壊れているのかもしれないな。あの日に」

 青年は、はっとして少女を見つめた。
 少女は、しかし最早もはや、再び感情を押し込めてしまっていた。

「どうする」
「――君が、望むなら。僕の全ては、君のために」

 ふわりと立ち上がった青年の背には、髪と瞳と同じ、濡れたように黒い、大きな翼があった。両手で包み込むようにして、少女の手をとる。

「いこう」

 少女を優しく抱きしめて、青年は飛び立った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女装男子は百合乙女の夢を見るか? ✿【男の娘の女子校生活】学園一の美少女に付きまとわれて幼なじみの貞操が危なくなった。

千石杏香
ライト文芸
✿【好きな人が百合なら女の子になるしかない】 男子中学生・上原一冴(うえはら・かずさ)は陰キャでボッチだ。ある日のこと、学園一の美少女・鈴宮蘭(すずみや・らん)が女子とキスしているところを目撃する。蘭は同性愛者なのか――。こっそりと妹の制服を借りて始めた女装。鏡に映った自分は女子そのものだった。しかし、幼なじみ・東條菊花(とうじょう・きっか)に現場を取り押さえられる。 菊花に嵌められた一冴は、中学卒業後に女子校へ進学することが決まる。三年間、女子高生の「いちご」として生活し、女子寮で暮らさなければならない。 「女が女を好きになるはずがない」 女子しかいない学校で、男子だとバレていないなら、一冴は誰にも盗られない――そんな思惑を巡らせる菊花。 しかし女子寮には、「いちご」の正体が一冴だと知らない蘭がいた。それこそが修羅場の始まりだった。

めんどくさい女との付き合いかた

みららぐ
ライト文芸
学校内で一番モテる主人公、月岡永久(つきおかとわ)。17歳。 彼には校内に可愛い彼女、竹原明乃(たけはらあきの)が存在するが、彼女はめんどくさい女で有名だった。 「もちろん私が大事よね?ねぇ?」 「永久くんのスマホは私のスマホ」 「女との会話禁止。一生禁止」 …こんなイキすぎた彼女だけど、何故か離れられない高校生のラブストーリーをご覧あれ。

リトライ;リバース;リサイクル

四十九院紙縞
ライト文芸
まだ寒さの残る4月の深夜、「俺」は大量殺人現場で目を覚ました。状況証拠は「俺」自身が犯人だと物語っていたが、「俺」はこの場で目を覚ます以前の記憶を失っており、確証は持てない。そこに新たに姿を現したのは、死神を連想させる大鎌を携えた少女だった。少女は「俺」に向かい、「やっと見つけた――殺人鬼!」と言い放つ。結果、「俺」は「業務妨害の殺人鬼」として拘束され、地下牢に幽閉されてしまうのだった。 「これは平々凡々な、どこにでもある恋の話だ。 とある少年が、とある少女に恋をした。そんな話。 きっと、ずっと忘れられないものになる。」 【※一部文字化けがありますが、お使いの端末は正常です】

Supreme love  至上の恋~  愛おしいあなたへ

雪乃
ライト文芸
朝比奈 美琴(あさひな みこと)現在18歳看護大学の一回生。 今まで生まれた年齢=彼氏なし。 そんな彼女には幼い頃より心に秘めた想い人がいる。 朝比奈  柾(あさひな まさき)現在32歳アメリカの大学病院で勤務医として働いている美琴の従兄であり、彼女の初恋の相手。 何時も一緒だった。 美琴の傍には必ず柾が傍にいた。 彼女にとってそれは永遠に続くものだと信じていたのにっ、何故か突如柾が25歳の時突然の決別が訪れたのだ。 美琴へ何も告げずに柾はひっそりと渡米してしまった。 そうして一度も好きと告白も出来ないまま、美琴の初恋の時間は時を刻むのを止めた。 それから五年後の春――――桜舞い散る中に柾は突然美琴の前へと帰ってきた。 美琴の知らない柾を知る、彼の婚約者だと名乗る女性を伴って……。 然もあり得ない事に片岡 龍太郎と言うイケメンを美琴の伴侶として連れ帰ってきたのである。 初恋は実らないと言われていますが美琴と柾の関係はどうなるのでしょう。 突如現れた婚約者に恋愛経験がないばかりに振り回されるままの美琴。 18年間初恋を引き摺ったまま終止符を打つのか、それとも美琴には柾とは違う新たな恋の相手が見つかるのでしょうか。 初恋をあらゆる意味で拗らせた切ないお話です。 色々な視点を織り交ぜて進めていきます。 追伸、このあまびえは妹が手作りしたものです。 無事完結出来るのと、皆様の幸せ🍀を願って……みたいな感じです。

おじいちゃんの遺影

チゲン
ライト文芸
 死んだ祖父が夢枕に立って、交際間近の男性にあれこれケチをつけてくる。だったらご要望通り、吟味してもらおうじゃないの。と、彼を家に招待するのだが、そこに予期せぬ来客が現れて……。  2018年執筆(書き下ろし)。  小説投稿サイト『小説家になろう』にて同時掲載中。

オオヘビさま

柿ノ木コジロー
ライト文芸
他には言えない理由で分け入っていった山の奥、大きな木のウロの中でぼくは、この世ならざる存在と出あった。

最後の想い出を、君と。

青花美来
ライト文芸
その一ヶ月は、私にとっては宝物のようなものだった。

彼女と僕の、終わりを告げる物語

木風 麦
ライト文芸
 ずっと一緒にいると約束した人がいた。  だけどその人は治ることない病気にかかって死んでしまった。  「僕」はその人がいない生活が受け付けられずにいた。

処理中です...