地球と地球儀の距離

来条恵夢

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  2003/2/27

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 空を、飛んでいた。
 ばたばたとうるさいくらいに服がはためいていた。ズボンもシャツも、すそが広くて風が入る。その上、上着は風がなくても邪魔なくらいに布地が多いし、どうも少し大き目らしい。
 でもそれも気にならない、むしろ楽しいくらいに気持ち良かった。

『でも、どうやって?』

 ――へ?

『翼があっても人の体なんて浮かべられないのに、それもなしでどうやって飛べるのさ? 人は飛べる動物じゃないだろ?』

 それは耳によくなじむ声で、すとんと僕の中に落ちてきた。 

『人間がそれだけで飛ぶなんて無理だろ』

 言われなきゃ、気づかなかったのに。
 次の瞬間には僕は、飛び方を忘れて深い空を落ちていった。それはもう、絶望的な恐怖だった。――言われなきゃ、気付かなかったのに。


「―――――っ!」

 こげ茶から薄茶まで揃った木張りの天井が目に映っていたけど、しばらくはそれが何なのか判らなかった。時間がってようやく、それが自分の部屋の見慣れた天井だと気付いた。

「…部屋?」

 なんだ、夢じゃないか。なんだ。
 汗をぬぐおうと体を起こして、時計を見る。針は止まっていた。

 …これから三十分間のことを、僕はよく覚えていない。
 顔を洗って服を着替えてかばんを掴んで自転車に乗って全力疾走、というのは少なくともしたはずだし、お腹の状態から多少なりとも何か食べたはずだけど、まったく覚えていない。
 気付くと、チャイムと同時に息も絶え絶えに学校の自分の机に座っていた。ちらりと教壇を見ると、まだ若い生物の先生が苦笑していた、気がする。
 そして欠席者ゼロの授業が始まった。
 生物の教科書を机の中から――持って帰らず、学校においているからかばんからではなく――引っ張り出していると、黒板の前では先生が「今日の小噺こばなし」を話し始めている。

 「今日の小噺」。
 落語を始めるわけではないのだけど、何故かそう呼ばれている。ひょっとしたら、本人が言い出したのかもしれない。実際、落語のまくらのような、授業の導入部だ。
 生徒から聞かれたことを話すこともあるし、その日の新聞の話題や芸能ニュース、先生の昔話のときもある。それが何故か、生物の話につながる。オチは判っているのに、その移り変わっていく部分が好きで、生物だけは出るように決めた。
 同志は多い。

 そして、熱心に先生の声を聞きながら、頭のどこかで僕は今朝の夢を思い出そうとしていた。でも夢は、起きた瞬間からひどはやせていく。
 空白の三十分の間に、ほとんど消え去ってしまっていた。
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