15 / 95
2003/2/27
しおりを挟む
空を、飛んでいた。
ばたばたとうるさいくらいに服がはためいていた。ズボンもシャツも、裾が広くて風が入る。その上、上着は風がなくても邪魔なくらいに布地が多いし、どうも少し大き目らしい。
でもそれも気にならない、むしろ楽しいくらいに気持ち良かった。
『でも、どうやって?』
――へ?
『翼があっても人の体なんて浮かべられないのに、それもなしでどうやって飛べるのさ? 人は飛べる動物じゃないだろ?』
それは耳によくなじむ声で、すとんと僕の中に落ちてきた。
『人間がそれだけで飛ぶなんて無理だろ』
言われなきゃ、気づかなかったのに。
次の瞬間には僕は、飛び方を忘れて深い空を落ちていった。それはもう、絶望的な恐怖だった。――言われなきゃ、気付かなかったのに。
「―――――っ!」
こげ茶から薄茶まで揃った木張りの天井が目に映っていたけど、しばらくはそれが何なのか判らなかった。時間が経ってようやく、それが自分の部屋の見慣れた天井だと気付いた。
「…部屋?」
なんだ、夢じゃないか。なんだ。
汗を拭おうと体を起こして、時計を見る。針は止まっていた。
…これから三十分間のことを、僕はよく覚えていない。
顔を洗って服を着替えてかばんを掴んで自転車に乗って全力疾走、というのは少なくともしたはずだし、お腹の状態から多少なりとも何か食べたはずだけど、まったく覚えていない。
気付くと、チャイムと同時に息も絶え絶えに学校の自分の机に座っていた。ちらりと教壇を見ると、まだ若い生物の先生が苦笑していた、気がする。
そして欠席者ゼロの授業が始まった。
生物の教科書を机の中から――持って帰らず、学校においているからかばんからではなく――引っ張り出していると、黒板の前では先生が「今日の小噺」を話し始めている。
「今日の小噺」。
落語を始めるわけではないのだけど、何故かそう呼ばれている。ひょっとしたら、本人が言い出したのかもしれない。実際、落語のまくらのような、授業の導入部だ。
生徒から聞かれたことを話すこともあるし、その日の新聞の話題や芸能ニュース、先生の昔話のときもある。それが何故か、生物の話につながる。オチは判っているのに、その移り変わっていく部分が好きで、生物だけは出るように決めた。
同志は多い。
そして、熱心に先生の声を聞きながら、頭のどこかで僕は今朝の夢を思い出そうとしていた。でも夢は、起きた瞬間から酷く速く褪せていく。
空白の三十分の間に、ほとんど消え去ってしまっていた。
ばたばたとうるさいくらいに服がはためいていた。ズボンもシャツも、裾が広くて風が入る。その上、上着は風がなくても邪魔なくらいに布地が多いし、どうも少し大き目らしい。
でもそれも気にならない、むしろ楽しいくらいに気持ち良かった。
『でも、どうやって?』
――へ?
『翼があっても人の体なんて浮かべられないのに、それもなしでどうやって飛べるのさ? 人は飛べる動物じゃないだろ?』
それは耳によくなじむ声で、すとんと僕の中に落ちてきた。
『人間がそれだけで飛ぶなんて無理だろ』
言われなきゃ、気づかなかったのに。
次の瞬間には僕は、飛び方を忘れて深い空を落ちていった。それはもう、絶望的な恐怖だった。――言われなきゃ、気付かなかったのに。
「―――――っ!」
こげ茶から薄茶まで揃った木張りの天井が目に映っていたけど、しばらくはそれが何なのか判らなかった。時間が経ってようやく、それが自分の部屋の見慣れた天井だと気付いた。
「…部屋?」
なんだ、夢じゃないか。なんだ。
汗を拭おうと体を起こして、時計を見る。針は止まっていた。
…これから三十分間のことを、僕はよく覚えていない。
顔を洗って服を着替えてかばんを掴んで自転車に乗って全力疾走、というのは少なくともしたはずだし、お腹の状態から多少なりとも何か食べたはずだけど、まったく覚えていない。
気付くと、チャイムと同時に息も絶え絶えに学校の自分の机に座っていた。ちらりと教壇を見ると、まだ若い生物の先生が苦笑していた、気がする。
そして欠席者ゼロの授業が始まった。
生物の教科書を机の中から――持って帰らず、学校においているからかばんからではなく――引っ張り出していると、黒板の前では先生が「今日の小噺」を話し始めている。
「今日の小噺」。
落語を始めるわけではないのだけど、何故かそう呼ばれている。ひょっとしたら、本人が言い出したのかもしれない。実際、落語のまくらのような、授業の導入部だ。
生徒から聞かれたことを話すこともあるし、その日の新聞の話題や芸能ニュース、先生の昔話のときもある。それが何故か、生物の話につながる。オチは判っているのに、その移り変わっていく部分が好きで、生物だけは出るように決めた。
同志は多い。
そして、熱心に先生の声を聞きながら、頭のどこかで僕は今朝の夢を思い出そうとしていた。でも夢は、起きた瞬間から酷く速く褪せていく。
空白の三十分の間に、ほとんど消え去ってしまっていた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる