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闇に呼べば 2003/1/30
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暗い、闇。
原始の闇に似たそれは、密やかに息づいていた。その存在を知る者はなく、だが、誰もがそれに繋がっている。
例えば心の奥深くだとか、夢の端だとか、意識下の共有意識だとか。
そこに、闇は潜む。
じっと、誰かの声がかけられるのを待っている。
* * *
(やだ。何あれ。知らない。知らない。知らない…!)
柚木は、耳を両手でふさいだ。きつく、決して音が聞こえないように。何が起きているか、わからないように。目をつぶった。しっかりと、何も見えないように。
けれど、本当は知っている。柚木の中から出てきた、黒い影のようなものが手当たり次第に全てを破壊していっていることを。
教室は、おびただしい血と物と化した生徒たちが転がっている。机も椅子もばらばらに蹴散らされ、それどころか窓や戸も歪んでいる。
音がしないのは、影が他へ移り、そしてこの場所には柚木以外に生き残っているものがいないからだった。
(知らない! あたしじゃない…違う…)
強く考えるほどに、違う声が聞こえる。
――だって「あれ」は、あたしの中から出てきた。あたしはいっつも思ってた。誰も要らないって。みんな、みんないなくなればいいんだって。だって――
誰からも必要とされなくて、居場所もなくて。
「友達」も「仲間」も、ひょっとしたら「家族」だって、いなかった。特にいじめられているわけでもなく、殊更に冷たくされたり虐待されているわけでもないのに、柚木は独りだった。
だから――
(…あたし、の、せい…?)
「ユズキ?」
痙攣したように体を竦め、時間をかけて手を下ろし、目を開けた。
ゆっくりと顔を上げると、漆黒の髪に瞳、上から下まで黒い服を着て、手袋まで黒い、顔だけが白い人が立っていた。
声からも風貌からも、男か女かも判らない。
「だ…れ……?」
「君が呼んだんだろう? ボクは声がしたから来ただけだ」
「呼んだ…?」
少年――だと、柚木は判断した。中学生くらいか――は、特に興味もなさそうな表情のまま、頷いた。
「呼んだだろう? 闇に。だから来たんだ。ボクもあいつも」
「…あいつ」
それが影だと、根拠もなく柚木は確信していた。
少年は、それには頷かず、感情もなく教室を見渡した。柚木は、床に座り込んだまま、震える体をどうにか押さえた。
「殺しに来たの? あたしも。呼んだって、望んだってこと? 知らない、あたしは知らない! どうして…どうして…」
最後はすすり泣きに変わっていった声を、少年はひどく冷静に聞いていた。
表情は、冷淡というよりは感情を知らないように見える。
「君はボクを呼んだ。だからもう、泣かなくていい。これは全て終わったんだから。――また、会えるかもしれないね」
「な…に…」
ゆっくりと、蜜が落ちるようにゆっくりと、柚木は眠りに落ちていった。そこにあるのは、紛うこと無き闇だった。
「起きれば、元通りだから」
声は、柚木には届かない。
* * *
「ボクたちは何なんだろうねえ?」
闇の中で、「少年」は言った。闇の中には沢山の「少年」と「同じ」者がいて、「常識」で考えるならば、到底存立していられるような状態ではなかった。
闇の中で、問いに様々な応えが返る。
途切れることのないそれは、唐突に止んだ。
「――呼んでる」
呼ばれたものは静かに、闇を離れた。
離れたものは、闇の一部だった。
それは、原始の闇に似ていた。
原始の闇に似たそれは、密やかに息づいていた。その存在を知る者はなく、だが、誰もがそれに繋がっている。
例えば心の奥深くだとか、夢の端だとか、意識下の共有意識だとか。
そこに、闇は潜む。
じっと、誰かの声がかけられるのを待っている。
* * *
(やだ。何あれ。知らない。知らない。知らない…!)
柚木は、耳を両手でふさいだ。きつく、決して音が聞こえないように。何が起きているか、わからないように。目をつぶった。しっかりと、何も見えないように。
けれど、本当は知っている。柚木の中から出てきた、黒い影のようなものが手当たり次第に全てを破壊していっていることを。
教室は、おびただしい血と物と化した生徒たちが転がっている。机も椅子もばらばらに蹴散らされ、それどころか窓や戸も歪んでいる。
音がしないのは、影が他へ移り、そしてこの場所には柚木以外に生き残っているものがいないからだった。
(知らない! あたしじゃない…違う…)
強く考えるほどに、違う声が聞こえる。
――だって「あれ」は、あたしの中から出てきた。あたしはいっつも思ってた。誰も要らないって。みんな、みんないなくなればいいんだって。だって――
誰からも必要とされなくて、居場所もなくて。
「友達」も「仲間」も、ひょっとしたら「家族」だって、いなかった。特にいじめられているわけでもなく、殊更に冷たくされたり虐待されているわけでもないのに、柚木は独りだった。
だから――
(…あたし、の、せい…?)
「ユズキ?」
痙攣したように体を竦め、時間をかけて手を下ろし、目を開けた。
ゆっくりと顔を上げると、漆黒の髪に瞳、上から下まで黒い服を着て、手袋まで黒い、顔だけが白い人が立っていた。
声からも風貌からも、男か女かも判らない。
「だ…れ……?」
「君が呼んだんだろう? ボクは声がしたから来ただけだ」
「呼んだ…?」
少年――だと、柚木は判断した。中学生くらいか――は、特に興味もなさそうな表情のまま、頷いた。
「呼んだだろう? 闇に。だから来たんだ。ボクもあいつも」
「…あいつ」
それが影だと、根拠もなく柚木は確信していた。
少年は、それには頷かず、感情もなく教室を見渡した。柚木は、床に座り込んだまま、震える体をどうにか押さえた。
「殺しに来たの? あたしも。呼んだって、望んだってこと? 知らない、あたしは知らない! どうして…どうして…」
最後はすすり泣きに変わっていった声を、少年はひどく冷静に聞いていた。
表情は、冷淡というよりは感情を知らないように見える。
「君はボクを呼んだ。だからもう、泣かなくていい。これは全て終わったんだから。――また、会えるかもしれないね」
「な…に…」
ゆっくりと、蜜が落ちるようにゆっくりと、柚木は眠りに落ちていった。そこにあるのは、紛うこと無き闇だった。
「起きれば、元通りだから」
声は、柚木には届かない。
* * *
「ボクたちは何なんだろうねえ?」
闇の中で、「少年」は言った。闇の中には沢山の「少年」と「同じ」者がいて、「常識」で考えるならば、到底存立していられるような状態ではなかった。
闇の中で、問いに様々な応えが返る。
途切れることのないそれは、唐突に止んだ。
「――呼んでる」
呼ばれたものは静かに、闇を離れた。
離れたものは、闇の一部だった。
それは、原始の闇に似ていた。
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