地球と地球儀の距離

来条恵夢

文字の大きさ
上 下
13 / 95

平和な国 2003/1/11

しおりを挟む
「あーあー、日本て国は平和だよなー」

 見かけよりも低い声で、「少女」は呟いた。右肘をついてあごを乗せ、左手はクリームソーダのストローをもてあそぶ。
 ふう、と溜息をついて、ストローに口をつける。
 暖房のよく効いたところなので、冬にも関わらず冷たいものがおいしい。子供向けなのか女の子向けなのか、やたらと派手に飾り付けられたアイスクリームをつつく。
 うんざりとしたかおで自分のはいているプリーツスカートをちらりと見る。はあ、と深く溜息をついた。

「何でこんなカッコ」 

 加藤俊哉カトウトシヤ。れっきとした、高校生男子である。
 しかし今は、近くの高校の女子セーラー服を着ている。線の細い体つきや顔から少し見たくらいではばれないだろうが、万が一ばれたら、変態、とでも叫ばれかねない。

「ま、いいけどね」

 新しく入ってきた客に視線を向け、ストローから手を離す。左手は、即座にかばんの下を探った。手のひらに収まるくらいの黒い塊を取り出す。

 小型消音銃、ってほんとかよ?

 違えば、すぐに俊哉はつかまるだろうか。いや、逃げ切れる自信はある。――じゃあ、いいか。
 さすがに飲みかけのジュースをどうにかするのは無理だろうが、どうせ指紋もDNAも警察には記録されていない。この先に何かへまをしない限りは大丈夫だろう。
 頬杖をついたまま、俊哉はさっき入ってきた客に銃口を向けた。そちらには一度、短く視線を向けただけ。

「…っ」

 店内にかかっている曲がひときわ大きくなったところで、引き金を引く。
 標的のうめきも小さな銃の音も、どうにかそれに隠れた。その際も頬杖はついたままで、銃はほとんど手のひらに隠れている。反動にも、微動もしなかった。

「あっつー」

 言って、ストローを持つ。撃ったことで熱を帯びている銃は、かばんの中に入れた。

 俊哉がその店を出たのは、きっちりクリームソーダを飲み終えてからだった。業務用の笑顔で値段を告げる店員に、目も合わさずにお金を払う。店を出たところで、「さっきの子一人でさみしー」という声が聞こえた。
 客に聞こえちゃ失格だろう。
 苦笑して、そのまま俊哉はトイレに向かった。服を着替えて、この後は諒一リョウイチと待ち合わせだ。今回の報告と、中華バイキング。諒一と食べ放題に行くのは、これで二度目だった。

「あ、涼一さんだ」

 どうせ俊哉のかばんについている盗聴機で聞いていただろうのに、三軒ほど離れた店の前に諒一が立っていた。ガラスに映った顔が、目線で挨拶をする。
 俊哉は肩をすくめた。

「…この格好見に来たんだろうなあ、絶対」

 はあ、と溜息をつく。

 俊哉の標的の死が報じられたのは、翌日の新聞でのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

芽時奏一郎
ライト文芸
僕の読み切り集です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...