台風の目(仮)

来条恵夢

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霧囲

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「あー、こっちは変わんないねー、いっそ落ち着くのが何か厭だなー」
 キドニーが、無骨な顔をいくらかしかめる。腹を立てたわけではなく、何か読みが足りていないことだけはわかって気まずいのだろう。カイが仏頂面なのは、いつもといえばいつものことだ。
 とりあえずどうぞ、とシュムが手のひらを向けて示すと、ミーシャは遠慮なくコップを傾けた。こちらは、残念ながら置いておくしかないだろう。冷えても飲めるだろうが、少し残念だ。
 そうしてミーシャは、頬にかかった縮れた髪をさらりと払った。
「大事な例外が飛び込んで来てくれたのだから、色々と試さない手はないわよね。と、こういう言い方でいいのかしら?」
 にっこりと微笑む美人は、えてシュムの言いそうな言葉を選んだようだった。懐かしいやり取りが、少しくすぐったい。
 けない男二人分のしかめっ面に、シュムは、ミーシャと目を見わして肩をすくめて見せた。
「今とりあえず知りたいところは、何故こうなったのか、どうやったら元に戻せるのか、少なくとも出られる方法を、ってとこだよね。そのためには、そもそも何がどうなってるのかを知るのも探る手段の一つ。白い霧にぐるっと囲まれてる。霧の外に出られない。そこに来訪者があったわけだけど、外に出られないってのは来訪者にも適用されるのか、適用されるとして、その理由は、ここに踏み入ったせいか他の何かか。試せることは試した方がいいよね? そこから、何か解決につながることも見つかるかもしれないんだから」
「あ、ああ…だがそれと紅茶を呑まないのがどう関係するんだ」
「だーかーら、試してみるの。あたしたちは出られるのか。とりあえず一度、素通り状態で試してみるべきじゃない? もし出られないのが、ここで何かを摂取したせいだとすれば、なるべく元のままで試してみた方がいいでしょ。例えばここで育てたものを食べたら出られない、とか、そういうのかも知れないし。紅茶はここで作ったわけじゃないだろうけど、まあとりあえず」
「…相変わらずややこしいことを考えるな」
「キドニーは身体ばっかじゃなく頭も使うべきだと思うよ? ってことでカイ、とりあえずもう一度霧を突っ切ってみようか。比較対象に、片方だけ飲み食いしてみてもいいんだけど…あたしたちの場合、そもそもの前提が違うしまあいっか」
 人と魔物で、例えば魔物には作用しない、ということも十分に考えられる。そこで比較要素があるのだから、余計なものは増やさない方がわかりやすいだろう。
 カイがぼうっとしているのが心配ではあるが、済ませることはさっさと済ませてしまったほうがいい。
「カイ? 起きてる?」
「…ああ。行くか」
「うん…」
 さっさと立ち上がったカイにつられるように立ち上がり、シュムは、どこかぽかんと見つめるキドニーとミーティアに視線を向けると、笑って見せた。
「出られても出られなくても、戻ってくるよ。戻れないときは、外で情報収集となんとかできないか試してみる。別の空間にでも迷い込むと厄介だけど、まあ、そのときはそのときで…村の人たちとどうにか頑張って」
「あっさり言うけど、シュム…」
「らしくないなあ、ミーシャ。どうせあたしたちも巻き込まれてるんだし、ラッキー、くらいに思ってなよ。じゃなきゃ、手土産代わりってことで。片付いたらちゃんとおもてなししてね」
「…そうね。これだけのお菓子しか持ってきてくれなかったもの、そのくらいやってくれないと駄目よね」
「そういうこと」
 やや頑張って笑うミーシャに笑みを返したところで、目の前に突き出された荒れた手に目を丸くする。キドニーが、握手を求めるように右手を持ち上げていた。
 感謝と健闘をこめているというのは、わかるのだが。
「結局出られなくって歩くだけ疲れて帰ってくるかもしれないんだから、あんまり期待はしないでよ?」
「ああ。頼む」
 今生の別れのように固い握手を交わし、いつの間にか外に出てしまっているカイを追った。
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