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日常
2-1
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「へえ、俺のお仲間か」
やや強い一瞥を向けられ、キールは肩をすくめた。いつも思うが、エバンスは笑えばいいところを睨んでくる。いつか、視線で人を殺したりしないか心配だ。
「君にも鎖がわかるようにしたから、何かあったときには頼む」
「鎖? ああ、俺にかかってる術と…って、え? なんで俺?」
「居合わせただろう。閑そうだしな」
「えー。いやいいけどさ、あんた意外に横暴だよな」
ふん、と鼻で笑い飛ばされた。
そのエバンスの手の平の上に、ちんまりとある灰色の塊を見る。
昨夜、この鼠が捕らえられたところまでは一緒だったが、夜も遅いから寝ろと部屋に押し込まれ、まともな姿を見るのは今がはじめてだ。
鎧のように着込んでいた埃は全て洗い落とされ、ちゃんと鼠らしい。それにしても小さい気がするが、子どもなのかそういう種類なのかはわからない。
「よろしくな、…名前は?」
「決まったら教えてくれ。では、後は頼んだ」
「へ?」
首を傾げてエバンスを見ると、無言で鼠を肩に乗せられた。手を差し出していたのは、見せるためではなく渡そうとしていたらしい。
いやそうじゃなくて、とエバンスを追おうとしたが、目の前で戸を閉められてしまった。どうせ一日中閑なキールとは違い今日も一日こまごまと忙しく立ち回るのだろうが、それにしても、これはない。
「…なあ、これどう思うよネズ公」
『失礼よ、レディに向かって』
「…………ネズ公?」
『全く、なってないわ。彼を見習いなさいよ。爪の垢でも煎じて飲むがいいわ』
何か、鼠に文句を言われている気がする。
肩の上の鼠は、手の平を差し出すと素直にその上に乗り、目の前に持って来ると、心なし、ふんぞり返っている。ぴくぴくと、長いひげが揺れる。
「今お前、喋ったか?」
『あら』
ぱちくりと、鼠が小さな目を瞬きさせる。右眼が、失明しているのか白濁しているのが痛ましいが、左眼は黒々と光り、キールを見る。
『何あんた、あたしの言ってることわかるの?』
「おー、やっぱ喋ってんな。へえぇ、魔物の血が入ってるとそんなこともあるのか」
キール同様、この鼠にも魔物の血が流れていると聞いたのはついさっきのこと。魔物そのものではないから、この世界の鼠と魔物の間に生まれたというあたりが妥当だろう、と。
だからこそキールは「仲間」と呼び、エバンスに睨まれた。
小さな鼠は、ひくひくとひげを揺らしてキールを見た。
『違うわ。きっと、血のせいだけじゃない。だって、あたしの声はあんた以外の誰にも届かないもの』
それなら、エバンスがかけた術が副作用としてもたらしたのか。キールはそう推測したが、鼠の声に翳りを感じ取って、とりあえず椅子代わりに寝台に腰を下ろした。
やや強い一瞥を向けられ、キールは肩をすくめた。いつも思うが、エバンスは笑えばいいところを睨んでくる。いつか、視線で人を殺したりしないか心配だ。
「君にも鎖がわかるようにしたから、何かあったときには頼む」
「鎖? ああ、俺にかかってる術と…って、え? なんで俺?」
「居合わせただろう。閑そうだしな」
「えー。いやいいけどさ、あんた意外に横暴だよな」
ふん、と鼻で笑い飛ばされた。
そのエバンスの手の平の上に、ちんまりとある灰色の塊を見る。
昨夜、この鼠が捕らえられたところまでは一緒だったが、夜も遅いから寝ろと部屋に押し込まれ、まともな姿を見るのは今がはじめてだ。
鎧のように着込んでいた埃は全て洗い落とされ、ちゃんと鼠らしい。それにしても小さい気がするが、子どもなのかそういう種類なのかはわからない。
「よろしくな、…名前は?」
「決まったら教えてくれ。では、後は頼んだ」
「へ?」
首を傾げてエバンスを見ると、無言で鼠を肩に乗せられた。手を差し出していたのは、見せるためではなく渡そうとしていたらしい。
いやそうじゃなくて、とエバンスを追おうとしたが、目の前で戸を閉められてしまった。どうせ一日中閑なキールとは違い今日も一日こまごまと忙しく立ち回るのだろうが、それにしても、これはない。
「…なあ、これどう思うよネズ公」
『失礼よ、レディに向かって』
「…………ネズ公?」
『全く、なってないわ。彼を見習いなさいよ。爪の垢でも煎じて飲むがいいわ』
何か、鼠に文句を言われている気がする。
肩の上の鼠は、手の平を差し出すと素直にその上に乗り、目の前に持って来ると、心なし、ふんぞり返っている。ぴくぴくと、長いひげが揺れる。
「今お前、喋ったか?」
『あら』
ぱちくりと、鼠が小さな目を瞬きさせる。右眼が、失明しているのか白濁しているのが痛ましいが、左眼は黒々と光り、キールを見る。
『何あんた、あたしの言ってることわかるの?』
「おー、やっぱ喋ってんな。へえぇ、魔物の血が入ってるとそんなこともあるのか」
キール同様、この鼠にも魔物の血が流れていると聞いたのはついさっきのこと。魔物そのものではないから、この世界の鼠と魔物の間に生まれたというあたりが妥当だろう、と。
だからこそキールは「仲間」と呼び、エバンスに睨まれた。
小さな鼠は、ひくひくとひげを揺らしてキールを見た。
『違うわ。きっと、血のせいだけじゃない。だって、あたしの声はあんた以外の誰にも届かないもの』
それなら、エバンスがかけた術が副作用としてもたらしたのか。キールはそう推測したが、鼠の声に翳りを感じ取って、とりあえず椅子代わりに寝台に腰を下ろした。
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