台風の目(仮)

来条恵夢

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 罵声に、益々シュムの顔色が曇る。次の言葉を口にしていいものかと躊躇ためらっていると、食堂の戸を開けて、のんびりとカイが入って来た。手に、皮紙を二巻き持っている。
 ノーマンの眼が、これ以上ないくらいに見開かれた。シュムは、困ったようにカイに視線を向ける。
「ねえカイ、間違ってないんだよね? ここで違ってたら間抜けすぎるんだけど。ノーマンは召還した契約相手に乗っ取られてる、で合ってるんだよね?」
「ああ。予想以上にあほらしいことになってるけどな」
「は?」
 うんざりとした声音に、シュムの困惑が深まる。手っ取り早く、皮紙を手渡した。
 この世界には存在しない言語の綴られたそれは、一枚には別々の筆跡と名の二つの署名があり、一枚は一つしかない。契約が完了している二つの署名入りのものにざっと目を通したシュムは、うわ、と声を漏らした。残る一枚も読み終えると、やや同情のこもった様子で、ノーマンを見た。
「何をどうやったら、人の体に同化するなんてことになるの? てっきりそれ、化けてると思ったら生身なんだね。そのせいで使える力も制限されちゃって…人になりたかったの?」
 どうもノーマン、乗っ取られる前ではなくマリアの実の叔父の方は、マリアの両親を亡き者にするために今ノーマンとなっているものとの契約を望んだようだった。
 それは、予想していた。召還した魔導師がひどい三流だったのか、契約書が現ノーマンのいいように書かれていることに気付かず、今に至ったのだと推測していた。それは、外れていないようだ。
 ところが、その契約書を読んでみると、生命を全て譲り受けるとすればいいところを、存在全てを譲り受けるとしてしまっている。つまり、現ノーマンは、元ノーマンになってしまった。今目の前にいるのは、人と悪魔の融合体という、中途半端なものになってしまっている。
 そしてもう一枚の未使用の契約書は真っ当に、生命を譲り受けるもの。
 カイとシュムの視線の先で、ノーマンは苛立たしげに首を振った。
「手違いだ、返せ!」
「質問に答えて。あなた、今は何がしたいの?」
 カイは、シュムから契約書を受け取ってノーマンから遠ざけた。中年男の顔が歪む。
「力を得て、元の姿に戻るんだ! 返せ!」
「うーん、ごめん、むざむざ依頼人死なせるわけにはいかないから。て言うかさ、力欲しいだけなら、相続の契約書とかに紛れさせてとっととサインもらえばよかったんじゃない? こんな回りくどいことする必要、どこに?」
「あ」
「…気付かなかったんだ」
 はあ、と落ちた溜息は、ふたつあった。
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