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胎動
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「理解はできているのよ。名前を変えても、あなたの気持ちが変わらないということくらい。だけど、不安なの。淋しくて、こわいの」
「どういう…ことですか?」
兄のことを言っているのか、養子入りを拒んだ彼女自身のことを言っているのか、エバンスには判断がつかなかった。それとも、同じことなのだろうか。
アンジーは、お茶の入ったカップをエバンスに勧めた。受け取ると、いつの間にか冷えていた指先に、じわりと温もりが戻る。
「あなたが、あまりにも未練を見せてくれないから。大切だと思っていてくれるのか、わからなくて。それでも、兄弟としてきっちりつながっていれば、なんとなく大丈夫のような気がするの。あなたが名乗る度に、同じ姓を言う度に、近い存在なのだと思える。それにね」
くすりと、いたずらっぽい笑みを見せる。どきりとしたエバンスは、慌ててお茶を覗き込んだ。
「ついさっき、対立候補を追い出したからこんなムチャを通そうとするんだろう、なんて当てこすりをされたようなの。そのくらい、いつもなら笑って流すのに、少し疲れているのね。違うんだって大声で言いたくなったのよ。子どもみたいね」
今のエバンスの倍ほども生きている、陰謀渦巻く宮中でさえ頼れるあの兄が、アンジーにかかっては子どもだ。凄い人だと、改めて思う。
「だからといって、あなたが従う義務もないのよ。あれは、あの人のわがままだから」
「義姉上も…」
「アンジーです。私が養子に入ることを拒んでいるのも、ただのわがまま」
うっかりと口を滑らせてしまいそうになった言葉を、アンジーは間違えることなく受け取り、微笑んで答える。
何故と訊きたかったが、それは失礼のような気がして、エバンスは、ひたすらにお茶に映る頼りない自分の顔を見つめた。
「少し、昔話をするわね」
にこりと笑い、アンジーは背筋を伸ばした。懐かしむように、遠くを見る。
「姉がいるの。九つだったかしら、離れているのは。だけど姉は、特殊な体質で十一歳から体の成長が止まってしまったの。私に成長を抜かされて、泣いていた。…私も、それを知って泣いたわ。何もできなくて。姉は、私の前では笑っているの。大好きなのに、姉を泣かせるのは私だと思うと、とても辛かった。姉はやがて家を出てしまって、今は、いろいろなところを旅しているの。だから私は、姉に会いたくてお店で働いていたの。家には、帰ってこようとはしなかったから」
するすると、流れるように言葉が出てくる。
エバンスは、内容の全てを理解することはできなかったが、アンジーが姉を好きだということはわかった。
「お姉さんと繋がる名前を、だから、簡単に変えたくはないの。お姉さんが迷惑だと思っても、私は、あの人の妹だということが嬉しいの」
微笑むアンジーに、エバンスは何かを言おうとした。ところがその前に、開け放っていた扉が、わざわざ勢いよく叩きつけられた。再び駆け込んできた兄の姿に、目を丸くする。
「いいかっ、お前が名を変えるって言い張るなら、俺は泣くからなっ!」
「どういう…ことですか?」
兄のことを言っているのか、養子入りを拒んだ彼女自身のことを言っているのか、エバンスには判断がつかなかった。それとも、同じことなのだろうか。
アンジーは、お茶の入ったカップをエバンスに勧めた。受け取ると、いつの間にか冷えていた指先に、じわりと温もりが戻る。
「あなたが、あまりにも未練を見せてくれないから。大切だと思っていてくれるのか、わからなくて。それでも、兄弟としてきっちりつながっていれば、なんとなく大丈夫のような気がするの。あなたが名乗る度に、同じ姓を言う度に、近い存在なのだと思える。それにね」
くすりと、いたずらっぽい笑みを見せる。どきりとしたエバンスは、慌ててお茶を覗き込んだ。
「ついさっき、対立候補を追い出したからこんなムチャを通そうとするんだろう、なんて当てこすりをされたようなの。そのくらい、いつもなら笑って流すのに、少し疲れているのね。違うんだって大声で言いたくなったのよ。子どもみたいね」
今のエバンスの倍ほども生きている、陰謀渦巻く宮中でさえ頼れるあの兄が、アンジーにかかっては子どもだ。凄い人だと、改めて思う。
「だからといって、あなたが従う義務もないのよ。あれは、あの人のわがままだから」
「義姉上も…」
「アンジーです。私が養子に入ることを拒んでいるのも、ただのわがまま」
うっかりと口を滑らせてしまいそうになった言葉を、アンジーは間違えることなく受け取り、微笑んで答える。
何故と訊きたかったが、それは失礼のような気がして、エバンスは、ひたすらにお茶に映る頼りない自分の顔を見つめた。
「少し、昔話をするわね」
にこりと笑い、アンジーは背筋を伸ばした。懐かしむように、遠くを見る。
「姉がいるの。九つだったかしら、離れているのは。だけど姉は、特殊な体質で十一歳から体の成長が止まってしまったの。私に成長を抜かされて、泣いていた。…私も、それを知って泣いたわ。何もできなくて。姉は、私の前では笑っているの。大好きなのに、姉を泣かせるのは私だと思うと、とても辛かった。姉はやがて家を出てしまって、今は、いろいろなところを旅しているの。だから私は、姉に会いたくてお店で働いていたの。家には、帰ってこようとはしなかったから」
するすると、流れるように言葉が出てくる。
エバンスは、内容の全てを理解することはできなかったが、アンジーが姉を好きだということはわかった。
「お姉さんと繋がる名前を、だから、簡単に変えたくはないの。お姉さんが迷惑だと思っても、私は、あの人の妹だということが嬉しいの」
微笑むアンジーに、エバンスは何かを言おうとした。ところがその前に、開け放っていた扉が、わざわざ勢いよく叩きつけられた。再び駆け込んできた兄の姿に、目を丸くする。
「いいかっ、お前が名を変えるって言い張るなら、俺は泣くからなっ!」
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