台風の目(仮)

来条恵夢

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「うわ、いきなりか」 
 空間を越えるのと同時に横に跳んで、シュムは半ばぼやき、半ば叫んだ。まだ名残の燐光を放っている魔法陣の中央は、黒くぐれている。よけていなければどうなったかは、考えるまでもない。 
 片膝をついた体勢で、シュムは、自分を笑って見ている男を睨みつけた。これと言って特徴がないこと、それが特徴と言えば言えた。 
 シュムが今いる場所は、元の世界とは、おそらく質そのものが違う。それは、言われなくても空気の感覚や雰囲気でわかった。
 肌がざわつく。気温は高く、湿気も高くてむしむしするほどなのに、寒気すらした。何より、感覚としてしか言えないが――空気の、密度が違う。 
 人のものと大差ない建物の作りに、逆に違和感を感じさせられる。今いる部屋の中でわかる違いと言えば、妙に天井が高いことくらいか。これは偶然なのか、どちらかがどちらかに倣ったものなのだろうか。 
「…後で観光でもして帰ろうかな」 
 呟く口調は、本気とも冗談ともとれない。シュム自身、どうなのかよくわからない。 
 ハーネット家の別荘には、アルの姿はなかった。そして、四男は殺されていた。
 少なくともこれでアルの契約は切れたと、冷静になろうとしたシュムは考えた。その死に同情することはなかったが、もろさに呆然とする。そんなことは知っているはずなのに、慣れることがない。 
 即座に、黒い魔法陣の痕跡を頼りに自分用の扉を開けたシュムだが、その意味は十分にわかっているつもりだった。 
 過去にも、魔法陣を使って異界へと行った者がいないわけではない。しかしその中に、生きて帰って来た者はない。向こうからだと術が発動しないのか、魔物にやられたのかは、生還者がいない以上わからない。 
 そして、この男がシュム自身に来させたかった意味も、わかる。 
 黒い魔法陣の姿が実体でなかったことから考えても、それだけの能力がなかったのだろう。あるいは、この世界からの干渉はそれが精一杯なのか。どちらにしても、シュムが来ない限り手の出しようがなかったのだ。 
「まさか、本当に来るとはね」 
「呼んだのはそっちだろう。文句を言われる筋合いはない」 
「文句など言ってはいないさ。歓迎しよう」 
 自ら罠にかかった蝶を見るとき、蜘蛛はこんな表情をするのだろうか。
 シュムはそんなことを思い浮かべてしまってから、ぞっとしないなと、打ち消した。想像を膨らませて、敵を必要以上に恐れることほど馬鹿なことはない。 
 嬉しくないことに、体力はまだ完全には回復していない。むしろ、正式な魔法陣では無理だと判断して独自の方で描いたために、より消耗している。 
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