57 / 63
57.
しおりを挟む
「やったわ。こうして少しずつ彼の方の近くに……。分かっているわ。あの婚姻は仕方のないものだったのだもの。すぐに私を選んでくれるはずだわ」
その言葉を聞く者は誰もいない。
王城の与えられた一室で彼女はうっそりと微笑み、今日届けられた木箱の蓋を開ける。
その中には生家の心配りあふれる品々と、彼女が頼んだ品が綺麗に仕分けられて入っている。
一つの袋を取り出して中身を小さな小袋に分け入れると、衣装棚の中の衣類の下へと隠し、一つを袖口へと入れ込んだ。
戸を閉じて「ふふっ」と可憐な笑みを溢すと女は部屋から出て行った。
クリスティーナは辟易していた。
「クリスティーナ、今日は絵画の飾られている回廊に行こう。市井の競技会で優勝を勝ち取った作品が増えるのだ」
「そうですか、それはご一緒したいですわ」
休憩のたびに誘われるのは良い。
少々趣味に没頭したい時間が削られるだけなのでまだ何とか我慢できるのだが、こうもバカップルよろしく一部の隙もなく密着して練り歩くと言うのは地味に精神を削っていく。
睦言の如く顔を寄せ合い小声で囁き合うのも実に面倒くさいものである。
この上を行こうと思うと、「ダーリン❤︎」「ハニー⭐︎」なのか?いや、古いか?などと迷走させながらアシェリードとの時間を過ごしていた。
しかしそろそろそれも終いであろう時期が来たのだ。
「アシェリード様、調査は……」
「あぁ、ある程度は。一部だけだったようだ」
「そう……じゃそろそろ?」
「そうだな」
心底ホッとしながらクリスティーナは絵画の飾られていた回廊を抜けて、王妃の執務室近くの部屋に入る。
「まだ春は遠いが陽が温かで良いな。クリスティーナ、お茶にしようか」
「はい。貴女、準備をお願いね」
「はい」
一旦部屋を下り近くにある給湯室へと下がった彼女を見送り、クリスティーナは隣に座るアシェリードへと微笑んだ。
お湯を取りに行き、ティーワゴンを引いて戻った彼女は、再び室内に足を踏み入れた。
仲睦まじそうに話す国王夫妻を横目に、慣れた手つきでお茶の準備をする。
もう数度行った。慣れつつあるが緊張を強いられる行為だ。女は慎重に不自然さが出ないように温められたポットの蓋を開けて茶葉を入れる時に、袖口に仕込んだ細長い袋の口を開けてサラサラと同じような葉を入れて蒸らす。
ここだけクリアできれば、後は茶器などの準備だけで済む。
僅かに片端の口角が上がるのを見た者は居ないのだろう。
十分に蒸らした茶葉を使い、熱い紅茶を淹れると毒見役がチェックを行い、楽しく談笑する夫婦の前へと置くことができる。
自然な動作で全てを行うと、クリスティーナが「ありがとう」と言って、お気に入りだと言うティースプーンをほんの少し砂糖を入れた後にくるくるとカップの中で躍らせる。
にっこりと微笑んだクリスティーナは、そのティースプーンを楽しげに見つめると、音もなく置いた。
「 捕 縛 」
一瞬何を言って居るか分からずに、視線を向けた瞬間だった。
女は強い衝撃を受け、気がつけば絨毯の上にうつ伏せで抑えられ、後ろ手に拘束されていた。
「なっっ、なにをっっ!」
混乱する頭をどうにかあげると、背後には近衛騎士が拘束を行なっているのが見えた。ハッハと短くなる息で絨毯に顔を擦りながら方向を変えると、この国の女性のトップの座に座る王妃が立ち上がりその美貌を凍らせる様な凍てついた瞳で女を見下ろしていた。
「さて、証拠は揃っていてよ?ハイデリシア」
その言葉を聞く者は誰もいない。
王城の与えられた一室で彼女はうっそりと微笑み、今日届けられた木箱の蓋を開ける。
その中には生家の心配りあふれる品々と、彼女が頼んだ品が綺麗に仕分けられて入っている。
一つの袋を取り出して中身を小さな小袋に分け入れると、衣装棚の中の衣類の下へと隠し、一つを袖口へと入れ込んだ。
戸を閉じて「ふふっ」と可憐な笑みを溢すと女は部屋から出て行った。
クリスティーナは辟易していた。
「クリスティーナ、今日は絵画の飾られている回廊に行こう。市井の競技会で優勝を勝ち取った作品が増えるのだ」
「そうですか、それはご一緒したいですわ」
休憩のたびに誘われるのは良い。
少々趣味に没頭したい時間が削られるだけなのでまだ何とか我慢できるのだが、こうもバカップルよろしく一部の隙もなく密着して練り歩くと言うのは地味に精神を削っていく。
睦言の如く顔を寄せ合い小声で囁き合うのも実に面倒くさいものである。
この上を行こうと思うと、「ダーリン❤︎」「ハニー⭐︎」なのか?いや、古いか?などと迷走させながらアシェリードとの時間を過ごしていた。
しかしそろそろそれも終いであろう時期が来たのだ。
「アシェリード様、調査は……」
「あぁ、ある程度は。一部だけだったようだ」
「そう……じゃそろそろ?」
「そうだな」
心底ホッとしながらクリスティーナは絵画の飾られていた回廊を抜けて、王妃の執務室近くの部屋に入る。
「まだ春は遠いが陽が温かで良いな。クリスティーナ、お茶にしようか」
「はい。貴女、準備をお願いね」
「はい」
一旦部屋を下り近くにある給湯室へと下がった彼女を見送り、クリスティーナは隣に座るアシェリードへと微笑んだ。
お湯を取りに行き、ティーワゴンを引いて戻った彼女は、再び室内に足を踏み入れた。
仲睦まじそうに話す国王夫妻を横目に、慣れた手つきでお茶の準備をする。
もう数度行った。慣れつつあるが緊張を強いられる行為だ。女は慎重に不自然さが出ないように温められたポットの蓋を開けて茶葉を入れる時に、袖口に仕込んだ細長い袋の口を開けてサラサラと同じような葉を入れて蒸らす。
ここだけクリアできれば、後は茶器などの準備だけで済む。
僅かに片端の口角が上がるのを見た者は居ないのだろう。
十分に蒸らした茶葉を使い、熱い紅茶を淹れると毒見役がチェックを行い、楽しく談笑する夫婦の前へと置くことができる。
自然な動作で全てを行うと、クリスティーナが「ありがとう」と言って、お気に入りだと言うティースプーンをほんの少し砂糖を入れた後にくるくるとカップの中で躍らせる。
にっこりと微笑んだクリスティーナは、そのティースプーンを楽しげに見つめると、音もなく置いた。
「 捕 縛 」
一瞬何を言って居るか分からずに、視線を向けた瞬間だった。
女は強い衝撃を受け、気がつけば絨毯の上にうつ伏せで抑えられ、後ろ手に拘束されていた。
「なっっ、なにをっっ!」
混乱する頭をどうにかあげると、背後には近衛騎士が拘束を行なっているのが見えた。ハッハと短くなる息で絨毯に顔を擦りながら方向を変えると、この国の女性のトップの座に座る王妃が立ち上がりその美貌を凍らせる様な凍てついた瞳で女を見下ろしていた。
「さて、証拠は揃っていてよ?ハイデリシア」
26
お気に入りに追加
2,751
あなたにおすすめの小説




愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。
嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。
イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。
娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる