転生令嬢の危機回避術の結果について。

ユウキ

文字の大きさ
上 下
56 / 63

56.

しおりを挟む

スティラと共に上着を脱いで手を洗ったスノウは、その後ろについて暖炉の前の人集りへと足を進めた。

皆、温かな笑顔で輪の中心に目を向けている。その輪にスティラが入って行き、話し始める。
輪の外側でポツンと所在なさげにスノウが留まり、ラケルが「スノウ?」と心配げな顔を向ける。


「あ、スノウ!見てみて赤ちゃんだよー!」
「ちっちゃい赤ちゃんが来たよー」


ロブとナットがスノウに気付いて声をかけると、みんなが一斉にスノウを見た。


「スノウもこっち来いよ」
「見てみて~」


暖かく迎え入れてくれる言葉に、不安はスッと小さくなっていった。足を一歩踏み出したところで、切り裂く様な声が響いた。


「まぁぁぁぁ!!まぁまぁまぁまぁ!」


その者は、口元に手を当てながらも大きく目を開いてスノウを見つめていた。
びくりと肩を跳ねさせたスノウは、思わずぬいぐるみをキュッと抱きしめる。


「どうしたのその子!スティラさんの子?!」


スティラは呆れながら「馬鹿タレ」と返して大きな声をあげた人物に紹介する。


「訳あって預かってる子だよ。スノウ。そのお世話しているラケルとテディ。暫くうちに居るからね。スノウ、これが兄弟達の母親マーヤと父親のエーブラさね」


紹介されたマーヤとエーブラは愕然としたように目を大きく見開き、口はポッカリと開けてスノウを見つめていた。
スノウは不安になりながらも片手で髪をくしゃっと掴む。


「あ、あの。スノウ……です。初めまし、て」


なんとか挨拶の言葉を口にすると、マーヤとエーブラは何事かを呟き始めた。


「母さん、スノウは一緒に薬草摘みに行くんだよ~」
「仲良しなんだよ~」


強張った顔に気付いたのか、ロブとナットがスノウの横に並んで笑いかける。少しホッとしたスノウが表情を和らげると、「ぎゃっ」という変な音が聞こえた。


「マーヤ落ち着け」
「おおおお落ち着いていられますかっ!こぉぉんな可愛い子がいるなんてー!」
「ま、マーヤ、他所様の子供だからっ」
「あのぬいぐるみどう言うこと?可愛いんだけど、白いセーターがワンピースってすんごく可愛い~~!」

「う、うん。ごめんねスノウちゃん、うちのやつ、念願の娘が生まれなくてさ。娘渇望症真っ最中なんだ」
「?は、い……?」


興奮冷めやらぬといった様相で顔を真っ赤にして興奮する、栗毛の髪を編み込んで片側に流したマーヤを抑えるようにがっしりと抱きこむ体格のいい金茶の髪のエーブラに、「やれやれ」と呟いたスティラがマーヤの背をパシリと叩いた。


「荒い鼻息をお止めっ!スノウが怖がってるだろ」
「あらやだ、ふふふ。ごめんなさいねスノウちゃん」
「すまん、スノウちゃん。ヨロシクな」


スノウは目を瞬かせて、2人へとコックリと頷き返す。


「さぁスノウもこっちに来な」


スティラに声をかけられ、マーヤに「見てあげて」と微笑まれて促され、スノウは緊張も程よく解れた状態で話の中心へと足を進めた。

そこには籠に入れられ布に包まった小さな赤子が収まっていて、周りから覗き込まれる顔に反応してか「あー」と口を開けたりしている。


「わぁ……」


初めて生まれたばかりの赤子を見たスノウは、まじまじとその存在を見つめた。

柔らかそうな頬、二重なのが見て取れるぱっちりとした目と灰色がかった瞳。小さな鼻と唇。髪の毛はまだふわふわとしたものが少ししか無い。お包みから出た小さな手が宙を彷徨い、焦点の合わない瞳があちこちへと動く。

スノウが背を優しく押されて一層近くから覗き込むと、赤子はスノウの影を捉えたのかスノウへと目が向けられた。

何処か恐れてしまいそうな、触れてはいけない気がしていたスノウは小さく息を飲んで身を引こうとした時だった。


「あー、あー」


サラリと肩から溢れて近くで揺れた黒髪が目についたのか、赤子はそれを掴んで満足そうな声をあげた。


「あ、あのっ」
「ふふ、気に入っちゃったのかしらね~。まだハッキリとは見えてないんだけど、スノウちゃんの髪は気に入ったみたいよ」
「気に……?」


マーヤに聞き返そうとした時、ツンっと掴んだ髪を楽しげに揺らしている赤子を目に入れスノウはじんわりと胸の真ん中が暖かくなっていくのを感じた。
ここに居ても良いんだと言われているようで、スノウは嬉しくて自然と涙が込み上げてきてしまう。

それを溢さないように、必死に笑顔を作って落ちないように頑張ったのだった。
しおりを挟む
感想 97

あなたにおすすめの小説

巻き戻ったから切れてみた

こもろう
恋愛
昔からの恋人を隠していた婚約者に断罪された私。気がついたら巻き戻っていたからブチ切れた! 軽~く読み飛ばし推奨です。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。 嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。 イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。 娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

処理中です...