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城内で見つけるたび目で追って、休憩中に内緒で薔薇の迷路に挑戦して。2人の短い時間を積み重ねた。
彼女が笑って怒って泣いて。色んな感情を見せて教えてくれた。極彩色の世界が彼女から広がっていった。そうして過ごしたある日、想いを彼女から告げられた。
「ごめんなさい、こんな事言っちゃダメだってわかってる。貴方には婚約者が居るのだもの。けど……私…………貴方を愛してるのっ」
涙を浮かべて切ない想いを吐露して、胸に縋り付く彼女に初めてアシェリードは胸の中に宿る想いに名前がついた気がした。
あぁ、自分もいつからか彼女を愛していたのだと。
こんなにも愛しい。
初めて心の自由を教えてくれた彼女と共に歩んでいけたら……そう思った。
だから初めての我儘を叶えるべく、自分のために根回しをした。最後に最難関であると思われた婚約者であったエリザベートと公爵家の説得は、拍子抜けするほどあっさりと承諾されてしまい、逆に何か有るのではないかと疑心暗鬼に陥るほどだった。
父を説得して、元老院を一人一人説得して頭も下げた。駆けずり回ってやっと婚約者として彼女と笑い合える日が来た─── 筈だった。
何が間違っていたのだろうか。
彼女に教養と正しい振る舞いを求めた事だったのか?
いつまでも終わりが見えてこない、最低限まで下げた王妃教育?
花の盛りの終わりが近くなっても、婚姻が認められなかった事?
偶には息抜きがしたいとせがむ彼女に、南の商人を呼び寄せ宝飾品を選ばせた事?
あぁ、違う、違う。
(我儘を言ったことか……)
アシェリードの敬愛する父が亡くなった矢先、これ幸いと攻めてこようと不穏な動きを見せる東の隣国との緊張状態も重なり、皆が疲弊していた中の出来事だった。
何故だと責め立て細首を締めてしまいたい激情を、城の奥深くに閉じ込め目に入れない事でなんとか押さえ込んだ。
調査と処分は保安部の統括者に判断を任せることで目を背け、先ずは国内の安定化を図るべく仕事に埋没した。
彼女の処遇が決まっても目を背け続けて、安定化を、隣国との新たな条約締結を、日々の膨大な公務を優先させた。
そして子供をどうするかの判断を後回しにし続けてきた。
── 幼い子供だ
(分かっている)
── どんな子であれ慈しみ育てるべき子供だ
(そんな事は分かっている!)
『……どう処分しましょう、陛下』
険しい顔をした父の代からの重鎮の言葉が耳を掠める。あの時アシェリードは目を背けた為、保留となっていた。
──裏切りの証
──初めて愛した人の忘れ形見となった子供
どう判断すれば良いか、自由を知ってしまった心では答えが出せなかった。
今になっても二の足を踏み続けているのは、クリスティーナの言う通り「うじうじ」していると言われても仕方ないのかもしれない。
何せ子供はもう5歳になるらしい。いい加減決断するべき時だ。
自嘲の笑みを口の端に乗せたアシェリードは、回顧する頭を緩く振って現実へと目を向ける。
それにしてもと、アシェリードは思う。
「…………ミクダリハンって何だ?」
きっと突きつけられるくらいなのだから、恐ろしい物なのだろうか。まずは冷静に何が起こっているかを見て判断しなければ。
国王の顔を被り直したアシェリードは、執務室に向かうべく侍従に声をかけた。
彼女が笑って怒って泣いて。色んな感情を見せて教えてくれた。極彩色の世界が彼女から広がっていった。そうして過ごしたある日、想いを彼女から告げられた。
「ごめんなさい、こんな事言っちゃダメだってわかってる。貴方には婚約者が居るのだもの。けど……私…………貴方を愛してるのっ」
涙を浮かべて切ない想いを吐露して、胸に縋り付く彼女に初めてアシェリードは胸の中に宿る想いに名前がついた気がした。
あぁ、自分もいつからか彼女を愛していたのだと。
こんなにも愛しい。
初めて心の自由を教えてくれた彼女と共に歩んでいけたら……そう思った。
だから初めての我儘を叶えるべく、自分のために根回しをした。最後に最難関であると思われた婚約者であったエリザベートと公爵家の説得は、拍子抜けするほどあっさりと承諾されてしまい、逆に何か有るのではないかと疑心暗鬼に陥るほどだった。
父を説得して、元老院を一人一人説得して頭も下げた。駆けずり回ってやっと婚約者として彼女と笑い合える日が来た─── 筈だった。
何が間違っていたのだろうか。
彼女に教養と正しい振る舞いを求めた事だったのか?
いつまでも終わりが見えてこない、最低限まで下げた王妃教育?
花の盛りの終わりが近くなっても、婚姻が認められなかった事?
偶には息抜きがしたいとせがむ彼女に、南の商人を呼び寄せ宝飾品を選ばせた事?
あぁ、違う、違う。
(我儘を言ったことか……)
アシェリードの敬愛する父が亡くなった矢先、これ幸いと攻めてこようと不穏な動きを見せる東の隣国との緊張状態も重なり、皆が疲弊していた中の出来事だった。
何故だと責め立て細首を締めてしまいたい激情を、城の奥深くに閉じ込め目に入れない事でなんとか押さえ込んだ。
調査と処分は保安部の統括者に判断を任せることで目を背け、先ずは国内の安定化を図るべく仕事に埋没した。
彼女の処遇が決まっても目を背け続けて、安定化を、隣国との新たな条約締結を、日々の膨大な公務を優先させた。
そして子供をどうするかの判断を後回しにし続けてきた。
── 幼い子供だ
(分かっている)
── どんな子であれ慈しみ育てるべき子供だ
(そんな事は分かっている!)
『……どう処分しましょう、陛下』
険しい顔をした父の代からの重鎮の言葉が耳を掠める。あの時アシェリードは目を背けた為、保留となっていた。
──裏切りの証
──初めて愛した人の忘れ形見となった子供
どう判断すれば良いか、自由を知ってしまった心では答えが出せなかった。
今になっても二の足を踏み続けているのは、クリスティーナの言う通り「うじうじ」していると言われても仕方ないのかもしれない。
何せ子供はもう5歳になるらしい。いい加減決断するべき時だ。
自嘲の笑みを口の端に乗せたアシェリードは、回顧する頭を緩く振って現実へと目を向ける。
それにしてもと、アシェリードは思う。
「…………ミクダリハンって何だ?」
きっと突きつけられるくらいなのだから、恐ろしい物なのだろうか。まずは冷静に何が起こっているかを見て判断しなければ。
国王の顔を被り直したアシェリードは、執務室に向かうべく侍従に声をかけた。
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