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しおりを挟む盛況な夜会の裏側で。
「アトリ様、ミラ様から所用を頼みたいから少し来てくれと言付けられたと下級侍女が」
「ミラ様が?言付けられたと言う者は何方かしら」
「伝言を言うと持ち場に戻らなければならないのでと言って行かれました」
「そう……」
アトリは迷いながら室内を振り返った。
新たに王妃殿下専属兼侍女長を務めるミラに呼ばれたアトリは、クリスティーナの命で王宮の備品管理と調査諸々を行った。
クリスティーナが作ったと言う備品管理表は、来客数、使用した備品と消費した個数、在庫数を使った時に該当の枠内に数字を書くだけの簡単な仕様なのに画期的な物だった。
文字と簡単な計算くらいなら下級侍女でもできるので、覚えている直近1、2ヶ月の仕入れから在庫数、接客人数を調べていったのだが……驚くほど全く数が合わない。
これは……と調べていくと出るわ出るわ、自分で使おうとくすねた者、転売した者。
もちろんスノウの周囲も入念に調べた。
購入したとされる子供用の衣服、布が見当たらない時には何と言っていいか、呆れを通り越して絶句したものだ。
わかる範囲の実行犯は重さによって処罰し、職場環境の風通しが良くなってすぐにアトリはクリスティーナが可愛がっているスノウの専属侍女となった。
国に、それも中枢である王宮に仕えている身としては、目を背けたい罪の証である子。しかし、微妙な立場で放置されている子供に同情心が湧かないでもない。
身の回りの世話をするたび、クリスティーナがスノウを愛しむ姿を見るたび、スノウが頬を染めて照れたような小さな笑顔を咲かせるたび、同情心ではない温かな思いが少しずつ宿っていく。
“子は慈しみ育てよ”
クリスティーナの姿に、教会での教えが自然と浮かぶ。
神の教えを当たり前のように体現するクリスティーナの行動は、まるで教会で慈愛の微笑みを称える女神像そのものではないか。
そう思うとクリスティーナが神々しく、光り輝いて見えた。咄嗟に片膝を折って跪き、顎下で手を組んで祈りを捧げるポーズを取る衝動を侍女の矜持が何とかギリギリで食い止めていた。
そんなクリスティーナ教(?)に片足を突っ込み中のアトリの毎日の楽しみは、クリスティーナへスノウの今日の1日の報告書の提出と、ちょっとした可愛らしいエピソードを口頭で報告すること。
キラキラとした瞳で、嬉しそうに頷き笑い声を溢すと、神々しさが一層増して浄化パワーが半端ない。仕事終わりだというのに、アトリの心はまるで湯上がり気分である。
そんなクリスティーナが毎日気にかけ、「側にいてあげてね」と直接アトリに言葉をかけるほどのスノウの側を、少しでも離れるのが躊躇われた。
「今日は警備を増やしていますし、少しの間でしたら大丈夫ですよ」
伝言を引き継いでくれた騎士が、躊躇い悩むアトリの背中を押すように声をかけてくれる。
「そうですね、緊急の擬用事でしたら困りますものね。では長引きそうなら他の侍女を遣しますので、少々席を外させていただきます」
「はい、承知いたしました」
快い返事を返した騎士に礼をして、少しの間離れるとスノウに告げた。
「申し訳ございません。呼ばれましたので少し離れますが皆居ますので、心配なさらないでください。すぐに戻ります」
「う……ん。お留守番。フィナと待ってる」
スノウはコクリと頷き、傍のうさぎのぬいぐるみを抱き寄せた。クリスティーナからもらった数日後に名付けたその名は、クリスティーナの愛称「ティナ」に似せて付けたという事はスノウの小さな秘密だが、アトリもアトリを通して報告を受けたクリスティーナも知るところである。
「はい、良い子でお待ちですとお伝えしますね」
「…………うん」
うさぎのぬいぐるみに顔を埋めてしまったスノウに優しい眼差しを向け、「失礼いたします」とアトリは部屋を下がった。
しかし、アトリはミラの元に訪れることもなく、スノウの行方不明が判明したのは夜会が終えた真夜中過ぎのことだった。
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