転生令嬢の危機回避術の結果について。

ユウキ

文字の大きさ
上 下
28 / 63

28.

しおりを挟む



盛況な夜会の裏側で。



「アトリ様、ミラ様から所用を頼みたいから少し来てくれと言付けられたと下級侍女が」

「ミラ様が?言付けられたと言う者は何方かしら」
「伝言を言うと持ち場に戻らなければならないのでと言って行かれました」

「そう……」



アトリは迷いながら室内を振り返った。


新たに王妃殿下専属兼侍女長を務めるミラに呼ばれたアトリは、クリスティーナの命で王宮の備品管理と調査諸々を行った。

クリスティーナが作ったと言う備品管理表は、来客数、使用した備品と消費した個数、在庫数を使った時に該当の枠内に数字を書くだけの簡単な仕様なのに画期的な物だった。

文字と簡単な計算くらいなら下級侍女でもできるので、覚えている直近1、2ヶ月の仕入れから在庫数、接客人数を調べていったのだが……驚くほど全く数が合わない。

これは……と調べていくと出るわ出るわ、自分で使おうとくすねた者、転売した者。

もちろんスノウの周囲も入念に調べた。

購入したとされる子供用の衣服、布が見当たらない時には何と言っていいか、呆れを通り越して絶句したものだ。

わかる範囲の実行犯は重さによって処罰し、職場環境の風通しが良くなってすぐにアトリはクリスティーナが可愛がっているスノウの専属侍女となった。

国に、それも中枢である王宮に仕えている身としては、目を背けたい罪の証である子。しかし、微妙な立場で放置されている子供に同情心が湧かないでもない。

身の回りの世話をするたび、クリスティーナがスノウを愛しむ姿を見るたび、スノウが頬を染めて照れたような小さな笑顔を咲かせるたび、同情心ではない温かな思いが少しずつ宿っていく。


 “子は慈しみ育てよ”


クリスティーナの姿に、教会での教えが自然と浮かぶ。

神の教えを当たり前のように体現するクリスティーナの行動は、まるで教会で慈愛の微笑みを称える女神像そのものではないか。

そう思うとクリスティーナが神々しく、光り輝いて見えた。咄嗟に片膝を折って跪き、顎下で手を組んで祈りを捧げるポーズを取る衝動を侍女の矜持が何とかギリギリで食い止めていた。

そんなクリスティーナ教(?)に片足を突っ込み中のアトリの毎日の楽しみは、クリスティーナへスノウの今日の1日の報告書の提出と、ちょっとした可愛らしいエピソードを口頭で報告すること。

キラキラとした瞳で、嬉しそうに頷き笑い声を溢すと、神々しさが一層増して浄化パワーが半端ない。仕事終わりだというのに、アトリの心はまるで湯上がり気分である。

そんなクリスティーナが毎日気にかけ、「側にいてあげてね」と直接アトリに言葉をかけるほどのスノウの側を、少しでも離れるのが躊躇われた。


「今日は警備を増やしていますし、少しの間でしたら大丈夫ですよ」


 伝言を引き継いでくれた騎士が、躊躇い悩むアトリの背中を押すように声をかけてくれる。





「そうですね、緊急の擬用事でしたら困りますものね。では長引きそうなら他の侍女を遣しますので、少々席を外させていただきます」
「はい、承知いたしました」


快い返事を返した騎士に礼をして、少しの間離れるとスノウに告げた。


「申し訳ございません。呼ばれましたので少し離れますが皆居ますので、心配なさらないでください。すぐに戻ります」
「う……ん。お留守番。フィナと待ってる」


スノウはコクリと頷き、傍のうさぎのぬいぐるみを抱き寄せた。クリスティーナからもらった数日後に名付けたその名は、クリスティーナの愛称「ティナ」に似せて付けたという事はスノウの小さな秘密だが、アトリもアトリを通して報告を受けたクリスティーナも知るところである。


「はい、良い子でお待ちですとお伝えしますね」
「…………うん」


うさぎのぬいぐるみに顔を埋めてしまったスノウに優しい眼差しを向け、「失礼いたします」とアトリは部屋を下がった。







しかし、アトリはミラの元に訪れることもなく、スノウの行方不明が判明したのは夜会が終えた真夜中過ぎのことだった。
しおりを挟む
感想 97

あなたにおすすめの小説

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

愛を語れない関係【完結】

迷い人
恋愛
 婚約者の魔導師ウィル・グランビルは愛すべき義妹メアリーのために、私ソフィラの全てを奪おうとした。 家族が私のために作ってくれた魔道具まで……。  そして、時が戻った。  だから、もう、何も渡すものか……そう決意した。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

十分我慢しました。もう好きに生きていいですよね。

りまり
恋愛
三人兄弟にの末っ子に生まれた私は何かと年子の姉と比べられた。 やれ、姉の方が美人で気立てもいいだとか 勉強ばかりでかわいげがないだとか、本当にうんざりです。 ここは辺境伯領に隣接する男爵家でいつ魔物に襲われるかわからないので男女ともに剣術は必需品で当たり前のように習ったのね姉は野蛮だと習わなかった。 蝶よ花よ育てられた姉と仕来りにのっとりきちんと習った私でもすべて姉が優先だ。 そんな生活もううんざりです 今回好機が訪れた兄に変わり討伐隊に参加した時に辺境伯に気に入られ、辺境伯で働くことを赦された。 これを機に私はあの家族の元を去るつもりです。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

処理中です...