7 / 63
7.
しおりを挟む
何とか顔合わせを終えたクリスティーナが部屋から下がると、アシェリードは公務の続きを熟すべく、執務室に向かう道すがらに先程のやり取りを思い出していた。
クリスティーナ・ユイマール侯爵令嬢。
アシェリードは遠目で1度見かけたことがあった。場所は王国立の植物園。
今は亡き前王妃と婚約者時代に強請られて付き合って行った先で、アシェリードが馬車から降り立った時、少し先で止まった馬車から1人で飛ぶように降り立ち、奥まった場所に向けてズンズンと進む姿を見て呆気に取られたアシェリードは、思わず馬車の家門を確かめてユイマール侯爵家の家族構成を思い浮かべる。
「末娘は変わり者って聞いたような」くらいの情報が脳裏を掠め、その横顔と後ろ姿を何ともなしに見送った。その時は前髪が鬱陶しそうな長さで顔を覆い、緑に溶け込みそうなモスグリーンの野暮ったいワンピースを着ていた。
総じてボンヤリとしか思い出せない、というかボンヤリでも記憶に残っていたことの方が奇跡と言えよう。
あれから時が経ち、現在、前王妃が亡くなり後釜に担ぎ上げられた彼女の名を耳にしたアシェリードは、特に何の感情も浮かばなかった。
野暮ったい見た目なんて王宮侍女に磨かせればそれなりに整い見栄えもするだろうし、博士号を取得したのであれば地頭も良いはず。媚を売っては絡みついてくる面倒臭い夢みがちな女性より、色々と大変なこの時期に隣にいて大人しくて邪魔にならないなら……反対する事もないか、くらいに何の思いも湧かなかったのだ。
しかし先程の彼女はどうだろう?
流石はユイマール侯爵家の一員、思わず息をするのも忘れる美しさであった。
数々の美形と言われる人物と、王子の時分から交流があり、見慣れたアシェリードでさえ息を呑むほどの美しさだった。あまりの代わり様に、アシェリードは一瞬替え玉を疑ったのだが、それは無いなと思考を切り替えた。
幼少から磨き、社交に出れば誘いも嫁の打診も引くて数多、もしかしたら最初からアシェリードの婚約者筆頭となり、隣に立っていたのは彼女だったのではないだろうか?とも思えてくる。
あの野暮ったさはあの美貌を隠すための?隠していたがために……いや、隠していたからこそ今、その功績とともに担ぎ上げられたのか……?どちらにしろ、アシェリードの隣に収められるクリスティーナに、アシェリードは俄然興味が湧いた。
「フッ、ククッ……」
「陛下?如何なされましたか?」
近衛騎士に挟まれながら、共に歩く従者がアシェリードの小声に気付き、声をかけるが彼は口端を上げて「何でもない」とだけ答える。しかし隠しきれなかった笑みが滲んだ顔に、僅かな変化にも敏感な従者や近衛騎士も気付いた。
暗く辛い話題ばかりだったここ最近、アシェリードの自然な笑みなどとんと見ていなかった皆が、心の中で歓喜の声を上げた。
『陛下に春がきたー?!新王妃様、バンザーイ!!』
王妃を辞退したいクリスティーナの知らぬ処で、新王妃様派という嬉しく無い派閥が誕生した瞬間であった。
クリスティーナ・ユイマール侯爵令嬢。
アシェリードは遠目で1度見かけたことがあった。場所は王国立の植物園。
今は亡き前王妃と婚約者時代に強請られて付き合って行った先で、アシェリードが馬車から降り立った時、少し先で止まった馬車から1人で飛ぶように降り立ち、奥まった場所に向けてズンズンと進む姿を見て呆気に取られたアシェリードは、思わず馬車の家門を確かめてユイマール侯爵家の家族構成を思い浮かべる。
「末娘は変わり者って聞いたような」くらいの情報が脳裏を掠め、その横顔と後ろ姿を何ともなしに見送った。その時は前髪が鬱陶しそうな長さで顔を覆い、緑に溶け込みそうなモスグリーンの野暮ったいワンピースを着ていた。
総じてボンヤリとしか思い出せない、というかボンヤリでも記憶に残っていたことの方が奇跡と言えよう。
あれから時が経ち、現在、前王妃が亡くなり後釜に担ぎ上げられた彼女の名を耳にしたアシェリードは、特に何の感情も浮かばなかった。
野暮ったい見た目なんて王宮侍女に磨かせればそれなりに整い見栄えもするだろうし、博士号を取得したのであれば地頭も良いはず。媚を売っては絡みついてくる面倒臭い夢みがちな女性より、色々と大変なこの時期に隣にいて大人しくて邪魔にならないなら……反対する事もないか、くらいに何の思いも湧かなかったのだ。
しかし先程の彼女はどうだろう?
流石はユイマール侯爵家の一員、思わず息をするのも忘れる美しさであった。
数々の美形と言われる人物と、王子の時分から交流があり、見慣れたアシェリードでさえ息を呑むほどの美しさだった。あまりの代わり様に、アシェリードは一瞬替え玉を疑ったのだが、それは無いなと思考を切り替えた。
幼少から磨き、社交に出れば誘いも嫁の打診も引くて数多、もしかしたら最初からアシェリードの婚約者筆頭となり、隣に立っていたのは彼女だったのではないだろうか?とも思えてくる。
あの野暮ったさはあの美貌を隠すための?隠していたがために……いや、隠していたからこそ今、その功績とともに担ぎ上げられたのか……?どちらにしろ、アシェリードの隣に収められるクリスティーナに、アシェリードは俄然興味が湧いた。
「フッ、ククッ……」
「陛下?如何なされましたか?」
近衛騎士に挟まれながら、共に歩く従者がアシェリードの小声に気付き、声をかけるが彼は口端を上げて「何でもない」とだけ答える。しかし隠しきれなかった笑みが滲んだ顔に、僅かな変化にも敏感な従者や近衛騎士も気付いた。
暗く辛い話題ばかりだったここ最近、アシェリードの自然な笑みなどとんと見ていなかった皆が、心の中で歓喜の声を上げた。
『陛下に春がきたー?!新王妃様、バンザーイ!!』
王妃を辞退したいクリスティーナの知らぬ処で、新王妃様派という嬉しく無い派閥が誕生した瞬間であった。
49
お気に入りに追加
2,751
あなたにおすすめの小説




魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
このたび聖女様の契約母となりましたが、堅物毒舌宰相閣下の溺愛はお断りいたします! と思っていたはずなのに
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
マーベル子爵とサブル侯爵の手から逃げていたイリヤは、なぜか悪女とか毒婦とか呼ばれるようになっていた。そのため、なかなか仕事も決まらない。運よく見つけた求人は家庭教師であるが、仕事先は王城である。
嬉々として王城を訪れると、本当の仕事は聖女の母親役とのこと。一か月前に聖女召喚の儀で召喚された聖女は、生後半年の赤ん坊であり、宰相クライブの養女となっていた。
イリヤは聖女マリアンヌの母親になるためクライブと(契約)結婚をしたが、結婚したその日の夜、彼はイリヤの身体を求めてきて――。
娘の聖女マリアンヌを立派な淑女に育てあげる使命に燃えている契約母イリヤと、そんな彼女が気になっている毒舌宰相クライブのちょっとずれている(契約)結婚、そして聖女マリアンヌの成長の物語。

愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる