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何とか顔合わせを終えたクリスティーナが部屋から下がると、アシェリードは公務の続きを熟すべく、執務室に向かう道すがらに先程のやり取りを思い出していた。


クリスティーナ・ユイマール侯爵令嬢。


アシェリードは遠目で1度見かけたことがあった。場所は王国立の植物園。


今は亡き前王妃と婚約者時代に強請られて付き合って行った先で、アシェリードが馬車から降り立った時、少し先で止まった馬車から1人で飛ぶように降り立ち、奥まった場所に向けてズンズンと進む姿を見て呆気に取られたアシェリードは、思わず馬車の家門を確かめてユイマール侯爵家の家族構成を思い浮かべる。

「末娘は変わり者って聞いたような」くらいの情報が脳裏を掠め、その横顔と後ろ姿を何ともなしに見送った。その時は前髪が鬱陶しそうな長さで顔を覆い、緑に溶け込みそうなモスグリーンの野暮ったいワンピースを着ていた。

総じてボンヤリとしか思い出せない、というかボンヤリでも記憶に残っていたことの方が奇跡と言えよう。


あれから時が経ち、現在、前王妃が亡くなり後釜に担ぎ上げられた彼女の名を耳にしたアシェリードは、特に何の感情も浮かばなかった。

野暮ったい見た目なんて王宮侍女に磨かせればそれなりに整い見栄えもするだろうし、博士号を取得したのであれば地頭も良いはず。媚を売っては絡みついてくる面倒臭い夢みがちな女性より、色々と大変なこの時期に隣にいて大人しくて邪魔にならないなら……反対する事もないか、くらいに何の思いも湧かなかったのだ。


しかし先程の彼女はどうだろう?


流石はユイマール侯爵家の一員、思わず息をするのも忘れる美しさであった。

数々の美形と言われる人物と、王子の時分から交流があり、見慣れたアシェリードでさえ息を呑むほどの美しさだった。あまりの代わり様に、アシェリードは一瞬替え玉を疑ったのだが、それは無いなと思考を切り替えた。

幼少から磨き、社交に出れば誘いも嫁の打診も引くて数多、もしかしたら最初からアシェリードの婚約者筆頭となり、隣に立っていたのは彼女だったのではないだろうか?とも思えてくる。


あの野暮ったさはあの美貌を隠すための?隠していたがために……いや、隠していたからこそ今、その功績とともに担ぎ上げられたのか……?どちらにしろ、アシェリードの隣に収められるクリスティーナに、アシェリードは俄然興味が湧いた。


「フッ、ククッ……」
「陛下?如何なされましたか?」


近衛騎士に挟まれながら、共に歩く従者がアシェリードの小声に気付き、声をかけるが彼は口端を上げて「何でもない」とだけ答える。しかし隠しきれなかった笑みが滲んだ顔に、僅かな変化にも敏感な従者や近衛騎士も気付いた。

暗く辛い話題ばかりだったここ最近、アシェリードの自然な笑みなどとんと見ていなかった皆が、心の中で歓喜の声を上げた。



『陛下に春がきたー?!新王妃様、バンザーイ!!』


王妃を辞退したいクリスティーナの知らぬ処で、新王妃様派という嬉しく無い派閥が誕生した瞬間であった。
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