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サイドストーリー フレディ奮闘記
伯爵夫人②
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伯爵夫人を摘み出した翌日、僕は変わらず出仕していた。
今日から2週間と6日もアマンダが居ない事が、胸に穴が開いたみたいで寂しい。
通路から覗く木々や王宮の美しい庭園、空を見上げる度に、アマンダの無事を願った。
…ついでにアデラインも。
何となく食欲の沸かない昼食時に、一緒に席に座った同僚がニヤッとした顔を向けてきた。
「フレディ、聞いたか?黒真珠が消えたって話」
「…まだ黒真珠とか言っているのか?」
中に美しい一粒種を宿したと思えない、似つかわしくない外観の黒蝶貝。誰が言い出したかは知れないが、一見そうとは思わせない蔑んだ比喩だ。
貴族界では「蝶」は慎みなく、夫や縁戚でもない男性と戯れる女性を指す。しかし黒蝶は忌避される対象だ。
誰にも相手にされないがヒラヒラと漂う様が、嘲笑と共に上の年代の貴族の間では有名だった。
そんな伯爵夫人が産んだ、黒髪が輝く美しい一粒種。伯爵夫人を指す言葉が“黒蝶”から“黒蝶貝”に変わったのは、すぐの事だった。
広まる呼び名は、美しく慎ましい黒真珠の部分だけが一人歩きしているが、正しくは
『美しいアデラインを黒蝶貝が、自慢しているわよ。大きなアマンダを産んだ事は忘れたのかしらね』
── だ。
黒真珠と聞いた後に調べた時には、余りの当て擦りに眩暈がしたものだ。
だってそうだろう?似つかわしくないというのは疑いの目が向けられている事と同義だ。
“本当にあの方の子?”と。
「まぁまぁ。それはそうと消えた黒真珠を探して、王宮の執務棟に乗り込んできたそうだ」
「執務棟ねぇ。アマンダでも探したか?」
「おお、よく分かったな!『下働きのアマンダを呼べ!連れてこい!』ってさ」
「ふぅん?で、誰か対応したのか?」
「それがさ、侍女長が朝の申し送りの関係でたまたま居合わせたらしくて。一応その場の一番偉い人って事で、皆どう対処すべきかとチラチラ指示を求めていたわけ」
然もありなん。
登城に際して予め申請は必要だ。申請も説明もなく鬼気迫る勢いで乗り込んで喚く貴族夫人を、阻むことも拘束することもせずに通した事を、寧ろ膝詰めで追求したいくらいだ。
「侍女長が、殺気もかくやの迫力で一喝してさ!静かになった相手に対して『下働きにアマンダという者も、伯爵家の人間もおりません。即刻お引き取りを。私の権限で勅命のない限り王宮への立ち入りを禁じます』ってバッサリさぁ!」
同僚は普段の侍女長を真似ているのか、背筋を伸ばして顎を引く。しかし絶対しないであろう指をビシッと指したポーズでドヤ顔を披露している。
「立ち入り禁止まで?」
「そりゃそうだよ、新人教育の一助にと作った散布図のお陰で、侍女の端から端まで認識を統一できた上に、感じる味覚の違いの議論が白熱して、生まれた地域で感じる味覚の差異に着目した接待案が大きく評価されたからなぁ。素晴らしいツールをもたらせた彼女を、自分の後継にしたいくらい気に入っているらしいぜ」
「アマンダを次の侍女長になんて、させないよ」
不穏な言葉にギラリと目を光らせた僕に、同僚は肩をすくませる。
「うぇ、そういうのは婚約してから言えよなぁ」
「うっさいなぁ。彼女の休暇が明けたら、その座を手に入れて見せるよ」
そう思って指折り数えて、彼女の帰りを待つんじゃないか。先は長そうだけど、一先ず今の話をアマンダへと認めるとするかな。
───────────
蛇足
4大真珠貝には
アコヤ貝、白蝶貝、黒蝶貝、ピンク貝があります。
水質によって色味は干渉色含め多少変わります。
アコヤは純白ですが、干渉色(透明な薄い膜)がピンクや緑のもある。
白蝶貝はシルバー、クリーム、ゴールド。干渉色はアコヤと似ています。
ピンク貝 珍しく巻貝から出る、赤珊瑚の様な濃いピンク色。丸くはないがとても希少
今回作中で黒蝶貝を当て擦りで使いましたが、黒蝶真珠はとても人気が高く、中でもピーコックグリーンと呼ばれる孔雀の羽を思わせる干渉色のを纏うものは、最高級とされています。
今日から2週間と6日もアマンダが居ない事が、胸に穴が開いたみたいで寂しい。
通路から覗く木々や王宮の美しい庭園、空を見上げる度に、アマンダの無事を願った。
…ついでにアデラインも。
何となく食欲の沸かない昼食時に、一緒に席に座った同僚がニヤッとした顔を向けてきた。
「フレディ、聞いたか?黒真珠が消えたって話」
「…まだ黒真珠とか言っているのか?」
中に美しい一粒種を宿したと思えない、似つかわしくない外観の黒蝶貝。誰が言い出したかは知れないが、一見そうとは思わせない蔑んだ比喩だ。
貴族界では「蝶」は慎みなく、夫や縁戚でもない男性と戯れる女性を指す。しかし黒蝶は忌避される対象だ。
誰にも相手にされないがヒラヒラと漂う様が、嘲笑と共に上の年代の貴族の間では有名だった。
そんな伯爵夫人が産んだ、黒髪が輝く美しい一粒種。伯爵夫人を指す言葉が“黒蝶”から“黒蝶貝”に変わったのは、すぐの事だった。
広まる呼び名は、美しく慎ましい黒真珠の部分だけが一人歩きしているが、正しくは
『美しいアデラインを黒蝶貝が、自慢しているわよ。大きなアマンダを産んだ事は忘れたのかしらね』
── だ。
黒真珠と聞いた後に調べた時には、余りの当て擦りに眩暈がしたものだ。
だってそうだろう?似つかわしくないというのは疑いの目が向けられている事と同義だ。
“本当にあの方の子?”と。
「まぁまぁ。それはそうと消えた黒真珠を探して、王宮の執務棟に乗り込んできたそうだ」
「執務棟ねぇ。アマンダでも探したか?」
「おお、よく分かったな!『下働きのアマンダを呼べ!連れてこい!』ってさ」
「ふぅん?で、誰か対応したのか?」
「それがさ、侍女長が朝の申し送りの関係でたまたま居合わせたらしくて。一応その場の一番偉い人って事で、皆どう対処すべきかとチラチラ指示を求めていたわけ」
然もありなん。
登城に際して予め申請は必要だ。申請も説明もなく鬼気迫る勢いで乗り込んで喚く貴族夫人を、阻むことも拘束することもせずに通した事を、寧ろ膝詰めで追求したいくらいだ。
「侍女長が、殺気もかくやの迫力で一喝してさ!静かになった相手に対して『下働きにアマンダという者も、伯爵家の人間もおりません。即刻お引き取りを。私の権限で勅命のない限り王宮への立ち入りを禁じます』ってバッサリさぁ!」
同僚は普段の侍女長を真似ているのか、背筋を伸ばして顎を引く。しかし絶対しないであろう指をビシッと指したポーズでドヤ顔を披露している。
「立ち入り禁止まで?」
「そりゃそうだよ、新人教育の一助にと作った散布図のお陰で、侍女の端から端まで認識を統一できた上に、感じる味覚の違いの議論が白熱して、生まれた地域で感じる味覚の差異に着目した接待案が大きく評価されたからなぁ。素晴らしいツールをもたらせた彼女を、自分の後継にしたいくらい気に入っているらしいぜ」
「アマンダを次の侍女長になんて、させないよ」
不穏な言葉にギラリと目を光らせた僕に、同僚は肩をすくませる。
「うぇ、そういうのは婚約してから言えよなぁ」
「うっさいなぁ。彼女の休暇が明けたら、その座を手に入れて見せるよ」
そう思って指折り数えて、彼女の帰りを待つんじゃないか。先は長そうだけど、一先ず今の話をアマンダへと認めるとするかな。
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蛇足
4大真珠貝には
アコヤ貝、白蝶貝、黒蝶貝、ピンク貝があります。
水質によって色味は干渉色含め多少変わります。
アコヤは純白ですが、干渉色(透明な薄い膜)がピンクや緑のもある。
白蝶貝はシルバー、クリーム、ゴールド。干渉色はアコヤと似ています。
ピンク貝 珍しく巻貝から出る、赤珊瑚の様な濃いピンク色。丸くはないがとても希少
今回作中で黒蝶貝を当て擦りで使いましたが、黒蝶真珠はとても人気が高く、中でもピーコックグリーンと呼ばれる孔雀の羽を思わせる干渉色のを纏うものは、最高級とされています。
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