ヒトガタの命

天乃 彗

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番外編

カバンの中、ボクらの世界

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 暗くて狭いカバンの中で、二人寄り添う夜。痛くて、悲しくて、淋しくて。じっと耐えていたあの日、ボクらを救い出したのは。


 * * *


 狭い鞄の中、彼らはひっそりと会話をしていた。男は、酔って眠ってしまっている。

「ねぇ、マペ」
「どうしたの、パペ」

 パペは向き合ったマペを見つめながら、話を切り出す。ずっと、気になっていたことがあった。きっと、マペも同じように感じていた。

「……サラ、どうしてるかな」
「うん、どうしてるかな」

 悲しい目をした、女の子。二人だけだった世界に、初めて足を踏み入れた、女の子。真っ暗で、苦しかった鞄の中から出してくれた、ただ一人の女の子。

「追い出すみたいになっちゃったから」
「うん、申し訳なかったね」
「泣いてたよね、あの子」
「うん、泣いてた」
「ボクらのことで、泣いてくれたのかな」
「……」

 マペは答えなかった。言い切れる自信がなかったのだろう。それは、パペも同じだ。本当にそうだったのか、それはわからない。

「気付いた? あの子、次の日も見に来てたよ」
「気付いた。遠くから、……悲しそうな目で」
「同情かな」
「同情かな」

 動く瞳は宙を見る。でも、あの目は、そんなものじゃないように見えた。そう信じたいだけかもしれないが。

「……でも、同情でもいいや」
「同情でもいいよね」
「初めて、ボクらの『声』を聞いてくれた」
「初めて、ボクらの『言葉』を聞いてくれた」

 お互いに、クスリと笑い合った。
 そうだ。初めてだったのだ。彼らの声を聞ける人は。

 彼らの声は彼らにしか聞けなくて、それが当たり前だった。悲しくなんてなかったし、それで満足だった。
 でも。

「……元気でやっているといいね」
「……いつか幸せがくるといいね」
「幸せ、くるよ」
「元気で、やってるよ」

 世界は、二人だけのものじゃなかった。それに気付いたとき、救われた気がしたから。

 たった一瞬だったけれど、彼らの世界は少しだけ広がった。あの少女は、自分たちなんかよりたくさんの影を背負っていた。彼女は、そう簡単にその影を取り払うことはできないだろう。彼女が元気で暮らすこと、幸せに暮らすこと、それはきっと、少なくとも今すぐには、すごくすごく難しいこと。それがただの希望にすぎないとしても、二人は笑った。

「「きっとね」」

 あの瞳が、いつか光を灯すようにと。ウソつき人形の本音は、誰にも聞こえることはなく──夜空にひっそりと吸い込まれていった。
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